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寒露の子守歌  作者: 岡田 暁生
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第五章 リープ その1

 エスカレーターを上り、東北線の乗り場に向かった。四両編成の古びた車両が、特有のモーター音を響かせていた。隆司は、カメラを取り出して、先頭部にピントを合わせた。

 

 鎮座、快適さを求めるあまり、老体は次々に都落ちしていく。古いからといって、侮ることなかれ。新参者にも、この活力は感じられるだろう。

 車内は、通勤、通学の客はまばらで、大半が老人であった。隆司が腰かけたシートの隣には、年よりの男性たちが、世間話に花を咲かせていた。

 「最近、ボトルが開けられなくなりましてね」

 隆司の左隣に腰かけていた男性が、向かいに座っている、より年配とうかがえる男性に向けて話した。

 「握力が弱まっているのですな、私なんか、もう、とっくに駄目ですよ」

 男性の傍らには、古びたフィルムカメラが置かれていた。チタンの光沢具合は、想像以上であり、五、六十年前の代物とは思えなかった。

 「最近の写真は、デジタル、と言うんですか、あまりにも綺麗に映りすぎていて、面白みに欠けますな」

 「そうですね、私も、数年前からデジタル写真というものに足を踏み入れましたが、まあ、よく撮れること、携帯電話ですら、それなりに撮れるんですよ」

 年配の男性は、なるほど、と二回繰り返して、隆司の方をちらっと眺めた。隆司が腰かけた時から、肩にかけているカメラに興味を持ったようで、話してみたいと思っていた。

 「随分と立派なカメラをお使いのようですね」

 隆司は、不意に見知らぬ人から声をかけられて驚いたが、相手も写真を好んでいるようで、

話は通じるだろうと思った。

 「ありがとうございます。あなたがお持ちのカメラも相当の年代物でしょう」

 年配の男性は、褒められたことがよほど嬉しかったのか、カメラの自慢を始めた。父親がカメラ屋を営んでいて、当時ドイツから輸入された数少ないカメラで、受け継いだことが最初は重荷だと感じられたが、五十年という月日を振り返ってみると、とっくに体の一部になっていると言った。

 「生まれは、紀州でしてね。小学生の頃でしたか、父親に連れて行ってもらった白浜の景色が、それは美しいものでした。一面の白い砂と、エメラルドグリーンに染まる大海、今となっては、綺麗さをそのまま表現できるが、私らの頃は、そうもいかなかった。どうして、二色しかないのか、と嘆きました。私が写真にのめり込んだのは、あれがきっかけだったんでしょうね」

 年配の男性は、暫く目を閉じていた。数十年前の、白浜を思い描いているように見えた。

 「波の打ち付ける音、人々の声、太陽の輝き、全てが綺麗でした。目に釘着けた光景を、一枚の写真に表現するためにはどうすれば良いのかと考えるようになり、足繁く通うようになりました。その度に、撮影をしては、反省を繰り返し、何を主題にするべきかという問いに対する答えを見つけることが出来ました」

 年配の男性は、目を開けて隆司の方を眺めた。

 「季節の変化、これが一番わかりやすいんです。春、夏、秋、冬、海の様子は勿論、太陽の輝き、雲の具合、人の様子、どれをとっても違うんです」

 

 僕が考える鉄道写真のテーマにも、似たところがある。日本の豊かな四季の変化をいかに生かすか、車両の名脇役とするにはいかにすべきか。結論を下すことは出来ない。

 だからこそ、旅を続けるんだ。そう、大切な思い出を探しながら。


 「僕は、鉄道写真を撮るのですが、和歌山はいいところですね、紀勢線が駆け抜ける白浜の写真は、お気に入りの一つです」

 隆司が、年配の男性に語り終わった時、彼が俯きながら苦笑いを浮かべていることに気付いた。

 「ええ、確かに私も紀勢線の写真を何枚か撮ったことがあります。あそこは本当にいい景色ですからね」

 年配の男性は、顔を上げて隆司を眺めた。

 「あそこは、本当にいい景色です、ね」

 それは、隆司がかつて姉と別れて、旅に出ようと思い立った頃の表情に似ていた。


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