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寒露の子守歌  作者: 岡田 暁生
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第四章 日差し

 雀宮駅を発車し、終点の宇都宮まで残り僅かとなった頃、隆司は鉛筆と白紙を取り出すなり、車窓に映る田園風景を描き始めた。生き物の気配が薄くなったが、何か趣深いものを探し出そうと、頭をひねり始めた。

 「もう行っちゃうんだね」

 隆司の後ろに腰かけていた、小学生らしき弟が、呟いた。

 「ああ」

 高校生の兄は、大きなため息をついて、言った。

 「ほら、見て。随分昔のことだけど、宇都宮の操車場、お兄ちゃん、自転車で連れて来てくれたよね」

 車窓には、確かに先ほどの田園風景とは違って、大きな操車場が映っていた。貨物、貨車機関車、トラック、人が忙しく働いていた。

 「そんなこともあったか」

 頭を掻きむしる音が聞こえた。弟に対する申し訳なさが窺われた。

 「あの頃は、僕、少し我儘だったから、随分迷惑をかけていたね」

 弟の声が何故か、少しばかり暗くなった。

 「そうだったかな」

 兄は、今度はだるそうな返事をした。

 「今は、少しはいい子になったでしょう」

 再び声が暗くなった。きっと悲しげな表情を浮かべているのだと、感じた。

 「ねえ、いい子になったでしょう」

 兄からの返事が途絶えたので、何回か繰り返した。その度に声の張りが無くなっていった。

 「そうだな」

 兄は、勢いよく本のページをめくって、視線をそらした。

  宇都宮到着まで、あと二、三分とのアナウンスが入った。隆司は、列車を降りるための準備に取り掛かかった。兄弟の会話をもう少し聞いてみたい気がしたが、すっかり途絶えてしまい、空調の音と、車輪の軋む音のみが響いていた。

 「じゃあね」

 弟は、そう呟いて一足早く、ドアの方へ向かった。夕暮れの木漏れ日が、上手い具合に彼を包み込んでいた。

 「きれい」

 弟は、腕を挙げて、太陽に向かって振り始めた。

 宇都宮駅六番線ホームは、サラリーマン風の男性や、買い物帰りの女性などで多少混雑していた。隆司が降りるなり、一目散に十人くらいの客が乗り込んだ。熱海行きと書かれた掲示板を眺めて、遥か幼いころの記憶を紡ぎ出そうとした。

 

 「たかちゃん、ほら、海だよ。泳ごうよ」

 「僕は、磯部の観察の方がいいんだ」

 小学生の頃は、夏休みになると、家族そろって片瀬の家に遊びに行くことになっていて、一か月の滞在の間、大半を海辺で過ごしていた。隆司は泳ぎが苦手で、姉に一緒に泳ごうと誘われてもよい気がしなかった。

 「ほら、捕まえた。私がついているから」

 それでも、姉が無理やり隆司を引っ張るので、隆司も最初は仕方なく泳いでいたが、年を経るにつれ、段々と上達していった。

 

 「あの日の輝きと、同じだ」

 先ほど弟を包んでいた日差しの鮮やかさは、かつて隆司と姉の間に存在した少しのわだかまりを取っ払おうと努力していた姉の目の輝きと似ている気がした。

 「熱海行き、なのか」

 隆司は、同じ文言を二度ばかり呟いた。そして、もう一度電光掲示板をしっかりと見つめた。


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