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寒露の子守歌  作者: 岡田 暁生
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第三章 兄弟

 大宮駅を出発した列車は、鉄道の町として栄えた街並みを後にして、住宅街の間を走り始めた。車窓越しに見える家々、洗濯物を取り込もうとしている女性の姿、子供と一緒に歩いている老人の姿、部屋でゆっくりテレビを見ている男性の姿の一つ一つが生き生きとしていた。隆司は、ふと自分の家族が今何をしているのか考え始めた。次第に、姉の新たな人生に関する考察がメインになったが、やはり答えが出ないのでその度に増していく悩みをまた一段階上げることになった。

 東大宮、蓮田と、比較的住宅地の多い駅を抜けて、白岡、久喜を通過し、古河のあたりまで来ると、次第に車窓に映える田園の割合が増していった。鉄道写真の撮影時に、夏の田園をモチーフにするのは、隆司にとって常套手段であったが、緑を感じない、こげ茶色に染まる田も、またモチーフになるのだと思った。

 空虚、あまりにもありふれたタイトルだけに、薄っぺらいな、と思う人もいるかと思う。稲作の時期が終わり、生命の躍動を感じがたくなる景色への移行期、動物に限ったことでなく、人間にも同じことが言えるはずだ。ただ訳もなく、この空間を好意的に捉えられるのは、僕だけだろうか。

 古河駅に到着後、一人の男子高校生が乗り込んできた。隆司の後ろの二人掛けシートにかけるなり、参考書を開き始めた。深呼吸する度に伝わってくる荒い鼻息に、少しばかり凶暴さを感じた。

 いくら時間が早いと言っても、一車両の乗客は、二人だけか。都心を駆ける時の威勢良さはどこに行ったんだろうな。田舎といったって、まだ栃木県にも入っていないじゃないか。

いや、小山、宇都宮だって、ある程度都会だというのに。

 時折、視線を車内全体に向けては、あまりにも閑散として、少し寂しげな様子に溜息をつくのだった。

 五人くらいいると、もう少し面白いんだ。かつての旅だって、最低それくらいはいたもんだ。新聞を読むおじさんがいたり、旅行中で、次にどこで乗り換えるのか分からない女性がいたり、野菜を抱えたおばあさんが、笑顔を浮かべてうたた寝していたり、とにかく考え事を一度中断して車内を見回したときに、そういう落ち着ける人がいてほしいものだ。ローカルには、ローカルな特色がある。その様子を味わえるのが、列車旅の醍醐味であろう。

 列車は、やがて栃木県に入り、野木、間々田を通過して、小山駅に到着した。隆司の後ろに腰かけていた高校生は、相変わらず勉学に勤しんでいるようで、やはり、時折荒々しい鼻息が耳に入った。隣接するホームに停車している水戸線は、やはり混雑していたが、東北線に乗車する客は一向に現れなかった。

 「お兄ちゃん」

 後ろの方から、小学生くらいの男の子の声が聞こえた。

 「おう」

 答えたのは、恐らく、高校生だった。

 「今日も、勉強、大変そう」

 「おう」

 高校生の語り口は、鼻息から思い描いた凶暴さとは正反対で、弟想いの、優しい青年なのだと、安心した。

 「学校は、順調か」

 高校生は、まるで、親のような優しさを籠めた口調で、弟に語りかけた。

 「うん、まあまあかな、少しずつ慣れて来たよ」

 「そうか、良かった」

 高校生は、すっかり安心しきったようだった。

 「お兄ちゃん、あの、もう少し僕のこと、見てほしいな」

 弟は、恥ずかしさを必死にこらえているようだった。

 「おい、そんな顔するなよ。全く、これじゃ、いつまでたっても女の子だな」

 高校生は、皮肉を込めながらも、内心では、自分のことを大切に慕ってくれる弟が可愛くてしょうがないといった口調で言った。

 「もう、からかわないでよ」

 ポン、という音が微かに響いた。弟が、高校生の足か、腕を、小学生なりに力強く叩いたように思えた。

 「すまない、本当に可愛いから」

 兄弟というものが、どれくらい仲の良いものであるべきか、隆司は真剣に考えたことがなかった。少なくとも、周りにいた人は、大抵、兄弟を鬱陶しいと感じ、仲良く出来ないものだと考えていた。隆司にとっては、その真逆で、姉との関係は、あの日の一件を除けば、極めて良好なものと言えた。

 「お兄ちゃん」

 先ほどよりも甘い口調で、弟は、高校生に言った。

 「僕のこと、もっと見てね」

 小山駅を出発した列車は、終着の宇都宮に向けて加速し始めた。車内では、隆司、高校生、弟の三人が非常に和やかな雰囲気を保ちつつ、佳境に差し掛かった昼下がりを謳歌していた。


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