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06・『基本的に女の子には逆らわない方が良い』

 そうやって昔の事を思い出しながら文面を追っていると、横合からぬっ、と伸びて来た太い腕に、合同調査団の依頼書をむしり取られてしまった。


「ちょっと! まだ……」


 読んでる途中だろ! と、言いかけた文句を途中で飲み込んだ。

 いや、飲まざるを得なかった、と言うのが正しい。


「……まだ、何だ?」


 頭一つ分の高さから見下ろしてくる威圧的な眼力に言葉が詰まる。だが、威圧的なのは目付きだけでは無い。


 重力に逆らうようにして逆立つ金髪。

 ただでさえ凶悪な人相を、余計に悪く見せる細い眉。

 両肩を大胆にカットオフした制服から覗く、入れ墨だらけの両腕。


「ベイゼル……」

「お前は新入りの……なんだったっけ?」


 僕が一番苦手とするタイプ、強面でガラの悪い服を着て入れ墨なんて入れてる輩。それをそのまんま具現化したのが、このクラスメイトの『ベイゼル・ハイデン』だ。

 こんなチンピラみたいな輩でも入れちゃうんだから、魔法局って懐が深い。


「……ルフナだよ。ルフナ・ニルギア」

「あ? 声小せえよ」


 戦士の彫像みたいな逞しい肉体を誇示するように、ベイゼルは太い腕を組んだ。その筋肉で盛り上がった肩には、入れ墨で誇張された雷の聖紋が刻まれている。

 

 ――――全身を帯電させて、思いのままに雷を操る聖紋『百雷神威カンナカムイ


 聖紋の等級はロレッタの『魔弾の射手』と同じBランク。こんな時にも冷静に分析してしまう己の性分(サガ)が憎い。


「何でお前みたいな素人が、こんな所をウロチョロしてんだよ」

「き、君には関係無いだろ」

「あ? だから声が小せえっ、()ってんだよ」


 凄んだ声に身が竦む。幼い頃、こうして頭の上から怒鳴られ続けたせいで背の高い男性が苦手だ。


「ぼ、僕は……」

「もっとハッキリ喋れよ。お前みたいなのを見てるとイライラしてくんだよ」


 ヴゥン、と低い音と共にベイゼルの聖紋が光った。

 まっ、まさかこんな所で僕に向かって聖紋を使うつもりなのか!?


「ちょっ、止めっ!」


 パリパリと放電する剛腕が僕の肩を掴む直前、ふわり、と香る花の芳香が、僕とベイゼルの間を横切った。


「あ? ンだよ?」

「きっ、君は……」


 豊かなブロンドが舞い、短いスカートが(ひるがえ)る。

 僕とベイゼルに華麗に割って入ったのは、”姫”という渾名(あだな)が良く似合う美少女、爆裂の聖紋保持者『イオ・クオンタヴィア』だった。

 

「姫、どっから出てきた? 邪魔すんな」

「……イジメ、カッコ悪い」


 イオは口数が少ない上に、囁くような声で必要最低限の事しか言わない。

 そんな彼女は『静かなる爆裂姫(サイレント・ボマー)』とか『誤爆姫』なんて呼ばれ、『誤射っ子ロレッタ』と並び恐れられている。


「イジメじゃねえ。忠告してただけだ」

「……うそつきキライ」


 僕の目の前でBランク聖紋所持者とAランク聖紋の所持者が睨みあっている。

 見えない視線の刃を交わす二人の迫力に気圧される。当事者なのは僕だけど、仲裁に入る勇気は無い。


「おい、姫。手前ェにも一つ、忠告してやるよ」

「……なに?」

「さっき、パンツ見えたぞ」


 ぐるっ、とイオの首がこっちを向いた。

 無表情を通り越して無機質ですらあるその顔に、僕は良く出来た人形を連想した。


「……見た?」


 僕はブンブン首を振った。「白です」なんて答えたら、僕の物語はここで終わってしまう。そんな気がした。

 次にイオは、ベイゼルに向き直った。


「……見た?」

「フリルだ」


 仏頂面でベイゼルが言い切った瞬間、イオの拳がベイゼルの腹にめり込んだ。

 身体をくの字に折り曲げたベイゼルが「ぐぼろぼろっ!」みたいな、声にならない悲鳴を上げた。


「……()ぜろ」


 イオの拳に宿る『破裂の神火(イクスプロージョン)』が煌めき、一拍遅れてキィン、と金属音のような耳鳴りを感じた次の瞬間――――

 ちゅどーん!! と、恐ろしい爆発が起こり、次いで吹き付ける爆風が僕の髪を乱した。

 ようやく煙が晴れると、イオの足元にはボロ雑巾みたいに成り果てたベイゼルが転がっていた。


「な、なんて事だ……」


 『破裂の神火』の威力の話ではない。

 パンツ見られたくらいでここまでするのか。


「……ルフナ君」

「はっ、はい」

 

 少女の姿をした死神に名前を呼ばれたような、そんな気がした。


「……ベイゼルは見た目ほど悪い人じゃない」

「あ、はい」

「……ただ、君みたいなタイプが嫌いなだけ」

「うっ」


 そんなフォローにも何にもなっていない事を聞かされて、僕にどうしろと?

 イオは一言も発せられない僕をしげしげと眺めてから、(おもむろ)にベイゼルの尖がった髪の毛を引っ掴んだ。

 ギャラリーが遠巻きに眺めていたが、騒ぐ者は一人もいない。

 ここではこれがデフォルトなのか? この惨状が――――!?


「……じゃあ、また」


 ピクリともしないベイゼルをズルズルと引き摺って、イオは去って行った。

 ……その正直さと勇気だけは見習おう。だけどねベイゼル、知性なき勇気は蛮勇、って言うんだよ。


「ちょっと、ルフナ。何かあったの? 凄い音が聞こえたけど」

 

 金髪ボロ雑巾を引き摺る死神少女と入れ替えに、ロレッタがやってきた。

 彼女は「そこでイオちゃんとすれ違ったんだけど……」と言い、頻りに後ろを振り返った。


「何か大っきな燃えカス引き摺ってたけど、あれ何?」

「ロレッタ……女の子が本気で怒ると恐ろしい事が起こるんだな」

「は? 何それ?」

「僕、クエスト頑張るよ」

「……? 変なルフナ」


 ロレッタは首を傾げ、不思議そうな顔をして僕を見た。

 

「ま、いいや。それよりコレ見て!」


 嬉しそうにポーチから取り出したのは、しっかりした作りの小箱だ。


「その箱がどうかしたの?」

「違う。中身!」


 ロレッタが、じゃじゃーん、と開いた箱の中には、飴玉大の赤い玉が収められていた。

 僕はその形状にピンと来た。これは多分、『魔弾の射手(フライクーゲル)』用の弾丸だ。

 彼女の能力は、その左の掌に乗る物ならば、消しゴムだろうが小石だろうが弾丸として射出する事が出来る。だが、緊急時に弾丸として使えそうな物が手に入らない場合もあるだろう。そんな時に備えて、ロレッタはポーチの中に七個の金属球を用意している。

 一度試し打ちを見せて貰った事があるが、僕が放り投げた鉄兜を遠目から貫通したのには驚いた。


「どう、何だか分かる?」

「弾丸……だよね」

「せいかーい!」

「でも、どうして赤いんだろう?」

「くふふ、教えて進ぜよう」


 ロレッタは得意げな顔をして、赤い弾丸を摘まみ上げた。


「これは魔法局武具開発部の新作、私専用の『烈火の弾丸(フレイムバレット)』なのだ!」

「フレイムバレット? これが燃えるの?」


 ロレッタが高く翳した弾丸は、いつもの金属球をただ赤く塗っただけに見える。

 それだけで発火するのなら、こんなお手軽な話は無い。


「この弾丸の中にはねぇ、炎の魔法陣が収められているのだ!」

「えぇ!? 何それ凄い!!」

「うふふふふ~凄いでしょ~」


 凄いのはお前じゃなくて開発部、とツッこみたかったけど、今は何だか女の子の機嫌を損なうのが怖い。まあ、あんな惨劇を見せられた後だ。無理も無い。


「弾丸が何かに衝突すると外殻が壊れて、中に入っている魔法陣が発動するんだって」

「そんな事が出来るんだ。魔法陣って完成した途端に発動するって習ったけど」

「そこが大変だったみたいだよ。これ一個作るのに100万モンも掛かったんだって」

「ひゃっ、100万モン!? ロレッタ、そんな大金どっから出したの!?」

「あのねえ、私が100万も持ってる訳ないでしょ。開発部が出したのよ。それでね、開発部が実戦データが欲しいんだって」

「もしかして、それがクエスト?」

「惜しい! 実に惜しいよ、ルフナ君!」


 ロレッタは、ちっちっちっと人差し指を振り、掲示板から一枚の依頼書を剥がし取った。


「ルフナ、イノシシ狩りに行こう!」

「い、イノシシ!?」

「おう、今夜は牡丹鍋だぞう」


 ロレッタは本当に垂れそうになった涎をジュルリと拭い、にんまりと笑った。

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