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05・『仮説・魔王とは』



 ”気が重い”の意味が、十五歳にして初めて分かった気がする。

 ”足取りが重い”と言うのは、今の僕みたいなのを指すんだろうな。


 僕はいま、重たい足を引きずって、クエストの受付カウンターに向かっている。


 たった数時間前、フェンネム先生に「行ってきます」的な事を言った手前、今更クエストに行かないなんて、いくら何でもカッコ悪い。

 それに、ロレッタは一度決めた事は最後までやり通す、今時の子にしては珍しい面倒臭い奴だ。その決心は日にちが経ってカッチカチになった黒パンよりも固い。


「あそこか……」


 行く手に訓練生たちが集まっているのが見える。ざっ、と見て十人くらいだろうか。


「良かった。()いてる」


 今日が平日で助かった。休日前の受付カウンターは、昼時のパン屋のレジと同じくらいに混み合っている。

 そして、クエストとパンの違いはあれど、どちらも早い者勝ちという非平和的なシステムのせいで、どちらも同じくらいに殺伐としている。僕にはあの濁流に身を投じる勇気は無い。


「……まだ来てないみたいだな」


 放課後、ロレッタは「寄る所があるから先に行ってて」と、何やらウキウキした様子でどこかに行ってしまった。

 この隙に乗じて逃げるべきでは……なんて考えが頭を過ぎったが、下宿先に戻ってから自分の身に起こるであろう悲劇を想像すると、とてもじゃないが得策とは思えない。

 とりあえず僕は、ロレッタと合流するまでクエストの依頼書が貼られた掲示板を眺めて過ごす事にした。


「ふんふん、これは妥当かな……いやいや、こっちはキツイだろ」


 ざっと眺める限り、クエストの危険度が高いほど報酬も良くなるようだ。まあ、当然と言えば当然だよな。

 僕は何となく一枚の依頼書に目を通してみた。


 ***セリンボン薬局からのゴブリン退治の依頼です***


 貴重な薬草の宝庫として知られる千年森に、ゴブリンの群れが棲みついてしまいました。

 このままでは採取に向かう事も出来ず、来週にも薬草の在庫が底を突いてしまいそうです。どうか、森に棲みついたゴブリンを退治して下さい。


 ***報酬金8000モンの他、高級回復剤が五本付きます***


 ……8000モンも貰えるのか!? 

 僕の時給が700モンだから、単純に考えても二日分のバイト代に匹敵するぞ!

 しかもセリンボン印の高級回復剤は一本500モンはするから、都合10500モンの仕事、って事か! これは確かに美味しいバイトだ。


「でも待てよ……」


 ゴブリン退治か……一匹や二匹くらいなら、それなりの武器さえあれば僕でも何とかなりそうだけど、群れって何匹から先を”群れ'と言うのだろう?

 凄まじい数のゴブリンが押し寄せて来るのを思い浮かべてみたら、8000モンにオマケが付いたくらいでは、どうも割に合わない様な気がする。

 もう少し気楽にこなせそうなクエストは無いだろうか? これではロレッタ推薦『良い感じの崖』と、何ら変わりが無い。


「これは……いや、危ないな。じゃあ、これは? ダメだ、間違いなく死ぬ」


 どの依頼書を調べてみても、どれもこれもが多少なりとも命に関わる危険を孕んでいるように思えてきた。

 ……やっぱり、僕なんかが足を踏み入れて良い領域じゃないんだ。

 今からでも遅くない。ロレッタには頭を下げて謝ろう。

 だいたい僕はフェンネム先生みたいな聖紋官になりたいのであって、別に勇者になりたい訳でも無いし……

 そうしち言い訳のネタを探して掲示板に目を流していると、妙に気になる一文が目に止まった。


 ***魔王合同調査団に参加しませんか***


 文字と数字だらけの依頼書の中、僕の目にはその一文だけしか見えなくなっていた。


「魔王……」


 思わず声に出してしまっていた。


 ニルギア孤児院での生活は、立ち上がれなくなるまで働かされ、ろくな食事も貰えないまま膝を抱えて寝床に就く、その繰り返しだった。


 ――――誰のせいだ?


 ある夜の事だ。こっそり食料庫に忍び込んだのがバレて、逆さに吊るされて骨が折れるほど棒で殴られた。


 ――――誰のせいだ?


 硬い棒に叩かれる度に、皮膚が裂けて血が飛び散った。

 幼い頃のロレッタが、許しを請いて泣き叫んでいる。


 ――――誰のせいだ?


 悲鳴が上げられない様に口に突っ込まれた雑巾を噛み締めながら、僕は考えた。


 ――――誰のせいだ?


 諸悪の根源。

 純然たる悪の存在

 

 ――――悪い事は魔王のせい。


 僕が……僕たちがこんな酷い目に遭っているのは、全て魔王のせいだと考えるのが、一番簡単だった。

 だから僕は、魔王に関する本ばかりを探して読み漁ったんだ。

 

 恐るべき大悪魔の姿をした魔王。

 邪悪な三ツ首竜の姿をした魔王。

 魔法使いの老人の姿をした魔王。


 聖紋の勇者が魔王を倒す物語を読み終える度に、僕は救われる気がした。

 魔王と同じ数だけ、救いの物語はあった。だけど――――


 ――――何かがおかしい。


 何十冊目かの勇者の物語を読み終えた頃、僕の頭の中は違和感で膨れ上がっていた。


 ――――魔王の襲来には法則性があるんじゃないか?


 ある時は戦乱が極まった頃。

 ある時は疫病で王国の荒廃が極まった頃。

 ある時は邪教により人心の乱れが極まった頃。


 決まって魔王が王国に現るのは、これ以上に悪い事は無いだろう、ってくらいに混乱がピークに達したタイミングだ。

 どんなに遡って調べても、平和な時代のド真ん中に魔王が現れた記述は無い。

 こんな事は誰にも言えないけど、僕は仮説を立ててみた。


 ――――魔王は現れる時代ごとに違う姿を持ち、それぞれが別の存在に見えるが、実は同一の存在ではないだろうか。


 その日から魔王は憎しみの対象では無く、純粋な興味の対象へと変わった。そして、出来たら会って聞いてみたい。


 ――――貴方の目的は何ですか、と。

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