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04・『死なない程度に頑張ろう』

「じゃあ……僕はいったい何をすれば良いんですか? 先生、教えて下さい」


 僕の喉から出た声は、何だか泣きそうなくらいに弱々しかった。


「魔法局で一所懸命勉強してれば、そのうち聖紋がクッキリしてくるんですか?」


 実は、幼少期に身体のどこかに聖紋が現れる例は意外に多かったりする。

 ただし、それらしき痣として終わってしまう事が殆どで、十八歳を過ぎても聖紋が十分に発現しなかった場合には、その魔力は失われてしまうんだ。


 僕の質問を黙って聞いてから、先生はもう冷えてしまったであろうお茶を口にした。


「ルフナ君、セイローン王の伝記を読んだ事はあるよね?」

「勿論です」


 常に食べる物が不足していた孤児院では、読み物だけが空腹を紛らわす唯一の手段だった。

 僕の育ったニルギア孤児院は戦乱で半壊した図書館を改装したものだったから、本だけは腐るほどあったんだ。


 飲み込むのも辛い硬いパンの代わりに物語を。

 薄くて塩の味しかしないスープの代わりに知識を。

 それこそ貪るように本を読んで、僕は生き延びてきた。


「子供向けの絵本から研究用の史料まで、片っ端から読みました」


 先代勇者『セイローン・ブラッサム』の生涯は、頭の中の本棚にきっちり納められている。


「それなら知っているでしょう? セイローン王は聖紋の発現が遅くて、十六歳にしてやっと、それらしき痣が額に浮かんだと伝えられているわ」

「その三角形の形状から、Fランク聖紋『叫び呼ぶ鏃(ファーストアロー)』と誤認されていたんですよね」

「そう。それでセイローン少年は懸命に弓の練習をしていたのだけど、一向に上達しなくて腐っていた。そんなある日、彼の生まれ育った村が魔物の群れに襲われて……」

「全く当たらない弓矢に業を煮やして、手近にあった伐採用の大斧を振り回してみたら剛力無双の大活躍!」


 語っている内にテンションが上がってきて、ついつい拳を握ってしまう。


「セイローン王の聖紋は『叫び呼ぶ鏃』では無く、純粋なる力の結晶、Sランクの聖紋『大いなる力の三角レガシィ・オブ・ストレングス』だったのだ!」


 フェンネム先生も手刀を作り、何やらそれっぽいポーズを取った。意外にノリの良い人である。


「本当、出来過ぎな話よね」


 僕と先生は、顔を見合わせて笑いあった。


「でも、物語を盛り上げる為の創作にしては、なかなか良いアイディアだと思います」

「ところが作り話とも言い切れないのよ。”危機的な状況下で発動するほど、聖紋の能力が上昇するのではないか”という仮説があるの」

「そうなんですか!?」

「ただ、それを実証するのは難しいわ。魔王亡きこの時代に命を懸けてでも倒さなくてはならない魔物はそう多くは無いし、貴重な『聖紋を継ぐもの(インヘリト)』を、わざわざ危険に晒す訳にもいかない」


 その時、ハンカチで顔を覆っていたロレッタが「分かった!!」と大きな声を上げて立ち上がった。


「いきなりどうした? 何が分かったんだよ、ロレッタ?」

「死なない程度に危ない目に遭えば良いんだよ! ルフナが!」

「お前、自分が何を口走っているのか分かってんのか? 見ろ、先生もビックリして……」


 ところが先生は、その小さな顎に手を添えて何か考え事をしているようだった。


「……悪くないアイディアね」

「ちょっ! 先生まで何を!?」

「衝突しても即死しない程度に疾走する馬車の速度は……」

「先生! 私、良い感じの崖、知ってますよ!」

「止めろ! 僕をどうするつもりだ!!」

「大丈夫。あなたの為だから」


 僕を見る二人の瞳がギラリと光る。

 ヤバいぞ、こいつらマジだ……


「と、言うのは冗談で」

 

 そう言ってロレッタはニッコリと笑った。

 いや、良い感じの崖なんて知っている女の言う事なんて、とてもじゃないけど信用出来無い。


「そうよ。冗談に決まっているじゃない。真に受けるなんて、ルフナ君って面白い」


 フェンネム先生は口元に手を当てながら、天使のような微笑みを浮かべた。

 だが、何やら複雑な計算式を書いた紙を後ろ手に丸めたのを、僕の目は見逃してはいない。


「ルフナ、クエストだよ! クエストに行こうよ!」

「ああ、クエストね……」

 

 魔王が倒れて二十年が経ったとはいえ、王国には未だに魔物が現れる。

 屋根裏に住み着いた小さな魔獣くらいならばともかく、墓場を荒らして遺骸を貪るような怪物を相手するならば、魔法の一つも使えないと心許ないだろう。


 僕らの住む王都『フォーレルム』には、それらの魔物を狩る事を生業とする『ハンター協会』や、魔物絡みの事件を引き受ける『冒険者ギルド』などがあるが、命懸けなだけあって依頼料はかなりの高額だ。


 そこで魔法局は訓練生の実戦訓練の一環として、格安で魔物退治を請け負っている。報酬の一部は訓練生にも支給されるので、割の良いアルバイトとしても人気がある。


「でも、僕はまだクエストに行った事が無いし……」


 訓練生が単独でクエストを受注する事は固く禁じられている。

 なので、わざわざ僕みたいな足手まといを連れて危険なクエストに行こうとするような酔狂な訓練生はいない。

 ロレッタやデュセリオは、バイト代の殆どが家賃に消えてしまう僕の困窮っぷりを見兼ねてクエストに誘ってくれたりするけど、もしも僕のせいで事故でも起きたら……なんて思ってしまい、何かしらの理由を付けては断っていたんだ。


「大丈夫だよ。私が付いてるし!」

「う、うん……」

「本気の『魔弾の射手(フライクーゲル)』、その目で見たいでしょ?」

「そっ、それは勿論だけど」


 ロレッタは、デコピンみたいにして中指をビンビン弾いた。

 数ある聖紋の中でも上位に位置する『魔弾の射手』の威力を間近で見れるなんて、それだけで食パン三枚はイケる自信がある。


「じゃあ、決まりだね! 実は今朝、良い感じの依頼書を見つけたんだよね」

「い、良い感じの? ええっと、今日のバイトは確か……」

「午後は休みだよ。私、ルフナのシフトは、ぜーんぶ覚えているんだからね」

「むむうぅ……」


 幼馴染とバイト先が同じという弊害が、まさかこんな所で出るとは。

 まずいぞ……このままでは、僕のプライベートは逐一ロレッタに支配されてしまう。


 お腹が痛いとか眩暈がするとか、どうにかこうにか適当な言い訳を考えている内に、昼休みの終りを告げるチャイムが鳴り始めてしまった。


「あっ、いけない。午後の授業が始まっちゃう!」

「あら、大変。後片付けは良いから、早く教室に戻りなさい」


 慌ててクッキーを頬張り、お茶で流し込んだロレッタは、「先生ごめんなさーい!」と一声叫んで一目散に駆けて行ってしまった。


「すいません、先生。それに、あの……ありがとうございました」


 僕は残ったお茶を飲み干してから、先生に頭を下げた。


「どうしたの? 改まって」

「僕は、先生とロレッタに甘えていたんだって分かりました。二人とも……とても優しいから」

「ルフナ君。ロレッタを大切にしなさいね。甘えても良い相手なんて、大人になったらそうはいないんだから」


 そう言ってフェンネム先生は、少しだけ悲しそうな顔をした。

 何故だか僕には、そんな風に見えた。


「それからクエストに行くなら気を付けてね。帰ってきたら必ずここに報告に来ること」

「はい。物凄く心配ですけど気を付けます。戻ったら真っ先に保健室に行きます」

「約束して、ルフナ君。本当に危ないと感じたら……」


 フェンネル先生は微笑んで、そうっと僕の手に触れた。


「何があっても逃げなさい。そうしないと死んでしまうわ」

「わかりました、先生」

「ふふ、良い子ね。さ、行きなさい」


 もしも……もしも自分のお母さんが先生みたいな人だったらな。

 なぁんて大それた事を思いながら、鳴り響くチャイムに追われるようにして保健室を後にした。

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