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03・『インヘリト』

「君はどう思っているの?」


 占い師が手相を読むみたいにして、先生は僕の掌をじっくり観察しながら訊いてきた。

 

「え? どう……って?」


 質問の意味を分かりかねて言葉に詰まっていると、先生は重ねて訊いてきた。


「君は聖紋学的にどう考えているのかしら?」


 先生の口調は、まるで口頭試験のそれだ。フェンネム先生は保健の先生でありながら、聖紋学の専門家『聖紋官』でもある。


「僕は……」


 毎晩寝る前に必ず目を通している聖紋辞典を、目次から思い起こして答えてみた。


「接触による発熱と小規模の発火能力から、Fランクの聖紋『小さき火球(ファイアボール)』が妥当と見立てますが、それにしては聖紋が大きく感じられます」


 僕の推測に、フェンネム先生は無言で頷いた。


「聖紋の能力と大きさから、Dランク『渦巻く火炎(ファイアストーム)』とも考えられますが、あの特徴的な渦巻き模様が見当りません」

「他には?」


 他に思いつく円形の聖紋は、防御に長けたBランクの聖紋『円卓の騎士(ラウンドテーブル)』や、雷撃を放つDランク聖紋『輝ける雷球(ボールライトニング)』があったが、それらの聖紋には発熱や発火の能力は無いし、何よりそんな高ランクの聖紋が僕なんかの手に宿っているなんて、とてもじゃないけど思えない。

 それ以上は何も思いつかなくなって黙り込んでしまった僕の掌の上を、フェンネム先生の細い指がなぞった。


「くっ、くすぐったいです、先生!?」

「ふふ、我慢して」


 先生は微笑みながら、僕の薄い聖紋をツンツン指し示した。


「ほら、ここを御覧なさい。ほら、薄く放射状のラインが見えないかしら」

「放射状のライン……?」


 先生の視力がズバ抜けているのだろうか? それとも先生ほどの聖紋官になると、目には見えない聖紋までもが見えてくるのか? 

 どんなに目を細めても僕にはこれといって何も見えなかったが、フェンネム先生は声を弾ませながら言った。


「発熱と発火能力、そして円形の聖紋から放射状に広がるライン。この条件から導き出される聖紋は何かしら?」

「それは……破壊を(もたら)す聖紋、Aランク『破裂の神火(イクスプロージョン)』です」


 自信の無さに呟くようにして答えると、固唾を飲んで見守っていたロレッタが、テーブルを叩いて立ち上がった。


「凄いよ! イクスプロージョンって、イオちゃんの聖紋と同じだよね!?」

「ちょっと待って。落ち着いてよ、ロレッタ」

「私には分かってたんだ! ルフナは只者じゃないって!」


 興奮したようにロレッタは捲し立てる。

 訓練科のクラスメイト、『イオ・クオンタヴィア』の拳に宿る聖紋、『破裂の神火』と僕の掌の薄ボンヤリは、確かに大きさこそ同じくらいだけど、いくらなんでも話が飛躍しすぎだ。


「ルフナ、凄いよ! Aランクだよ! デュセリオと、イオちゃんと同じなんだよ!」

「いい加減に落ち着けって。まだ決まった訳じゃ無いんだし」

「嬉しいよ、ルフナぁ。わだじ、嬉じいよお」


 ロレッタは目を真っ赤にして、ぐすぐすと洟を啜り上げた。

 いったい彼女は何をそんなに喜んでいるのだろう? 自分の事でも無いのに。


「ロレッタ、これを使いなさい」


 余りの惨状を見兼ねて、フェンネム先生がハンカチを差し出した。ロレッタはそれを受け取り、微塵の遠慮もなく顔面に押し当てた。


「ううぅ先生ぇ、これ良い匂いがするよう……うわぁ~ん」


 もはや何に感極まっているのか? 僕にはさっぱり分からない。


「ロレッタはね、君が魔法局に来る事が決まってから”ルフナは凄いんだ”、”とっても勇気があるんだよ”って、言って回っていたのよ」

「ンなっ!?」


 知らなかった……まさか入局前にそんな爆上げハードルが用意されていたなんて……

 そう言えば入局当日、皆が僕の聖紋を見て半笑いになったのは、そのせいだったのか。


「彼女に悪気は無いの。姉弟みたいに育った幼馴染のルフナ君を、皆に自慢したかっただけなのよ」

「いや、大丈夫です。ただビックリしただけで」

「彼女を怒らないであげてね」

「怒ったりなんてしませんよ。むしろ自分に腹が立つ、っていうか。情け無いな、っていうか? あはは……」


 フェンネム先生だけじゃなくって、ロレッタの期待まで裏切っていたのか、僕は。

 あまりの不甲斐なさに笑えてきた僕に、フェンネム先生は再び口答試験のような口調で訊ねてきた。


「ルフナ君、聖紋の発現する年齢は?」

「えっ?」

「早く答えなさい」

「えっと、稀に生後すぐに見られる者もいますが、おおよそ五歳から十八歳までです」

「今の君の年齢は?」

「たぶん、十五歳……です」

 

 僕は孤児だったから、正確な年齢は分からない。

 だけどフェンネム先生は、言葉に詰まる僕を無視して質問を続けてきた。


「未承認の聖紋が、聖紋官に正式に認定される条件は?」

「聖紋の効果が正しく発動し、聖紋が聖紋官の目視にて確認される事です」

「ならば何を迷う! ルフナ・ニルギア!!」


 いつも穏やかなフェンネム先生の口から発せられたとは思えない厳しい口調に、僕は驚きの余り身が固くなった。


「でも先生……僕の聖紋は……」

「君には見えないのか! 今はまだ不確かかもしれないけど、君の聖紋は確かに其処に在るじゃないか!」


 立ち上がりかねない勢いのフェンネム先生の力強い一言一言に、胸の奥が、腹の底が、掌が熱くなる。


「王立魔術局第一聖紋官である、このフェンネム・ファリダッドが証明する。君は紛れも無く『聖紋を継ぐもの(インヘリト)』だ」


 僕に向けられた険しい表情が、ふっと和らいだ。


「だからルフナ君、必要以上に自分を卑下しないで。まだ何も始まっていないのに、自分の事を情け無いだなんて言っては駄目よ」

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