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040.『青銅の蛇・ネフシュタン』

 僕は捉われた仲間たちの元に駆け寄り、高熱を帯びた剣を振るってスライムの拘束から解き放った。


「すげぇな、その剣。どうなってんだ?」

「なんか思いついちゃった。弁当を温めるのと同じ仕組なんだ」

「へえ、やるじゃねえか」


 じゅうじゅうと音を上げる銅剣に目をやりながら、本体から切り離されて液状に変化したスライムの中からベイゼルが立ち上がる。

 イオはブーツを引っくり返して、底に溜まった液体を流し出していた。


「よぅし、今のうちにズラかろうぜ」

「ちょっと待って。時間稼ぎにデュセリオが闘っているんだ」

「だったら”撤収だ”って声掛けて逃げんぞ」

「駄目だよ。騎士団の人たちも助けないと」

「はあ? 貸しこそあっても、助ける義理なんて無ぇだろうが!?」


 頭上から落ちてくる雷のような声に、思わず身が固くなる。

 全身に鳥肌が立ち、脇の下を変な汗が伝う。


「あの……あのさ、ベイゼル……」

「あぁ? 声小せえって毎回言ってんだろうが!」


 イラつく怒声に背筋がビビンッと伸び上がる。

 大声に震えあがって、僕はいつもここで心が折れてしまう。逃げてしまう。


 ――――それで良いのか? ずっと逃げ回って、いつだって誰かの助けを待っていて、僕は本当にそれで良いのか?


 『大岩喰らい(ロックバイター)』に立ち向かうロレッタの姿を思い出すんだ。

 絶体絶命の危機を前にしても彼女は決して逃げようとしなかっただろ。


「何とか言えよ」


 苛立たしげなベイゼルの目が僕を急き立てる。

 だけど、「ベイゼルの言う通りだよね」なんて逃げ言葉は、噛み砕いて飲み込んでやった。


「ルフナ、いい加減にしてさっさと逃げ――――」

「だっ、だったら姫を連れて逃げればいいだろ!!」


 震える声は抑えきれなかったけど、ベイゼルは鋭い目を丸くして僕を見ていた。


「僕は残って闘う! 生きている人がいるなら助けないと!」

「そんなん助けて何の得があるんだよ? そこまでして俺たちが骨を折る理由があんのか?」

「得とか理由だとか、そんなの僕には分からないよ! だけど、このまま放っといて逃げるなんて僕は嫌だ!!」


 分かってくれないベイゼルとか、今も闘っているデュセリオとか、スライムの中に閉じ込められた人たちとか、色んな事がゴッチャになって訳が分からなくなってきた。

 こんな時、ロレッタだったらどうするだろう……そうだよね、考える必要は無かったね。

 やりたい事をやる、それがロレッタの信条だ。僕は彼女のそんな性格に憧れている。


「熱く、もっと熱く……」


 集中を切らせば直ぐに冷えてしまう銅剣に熱を込め直す。だけども心が乱れているせいなのか、なかなか剣身は熱を帯びてくれない。

 焦れば焦るほど上手く集中が出来ない僕の前に、鈍い光を放つ長剣が差し出された。


「そんな安物じゃなくて、こっち使え」


 安物の剣身から顔を上げると、怒ってんだか笑ってんだか、複雑な顔をしてベイゼルが僕を睨んでた。


「鋼鉄製だ。銅よりは熱に強いだろ」


 ベイゼルが差し出してきた長剣は、無骨ながらも見るからに業物らしき一振りだ。


「高いんだぜ。溶かすなよ」

「あ、あの、良いの?」

「俺は自分の得になる事しかやらねえ主義だ」

「だったら……」

「うるせえな。話は最後まで聞けよ」


 ベイゼルは僕に向かって、ずいっと鋼の剣を寄越してきた。


「こいつでさっさと終わらして来い。そうしねえと俺も姫も帰れねえだろ」

「あ、ありがとう!」


 長剣を受け取って礼を言うと、ベイゼルはいつもみたいに大きく舌打ちをして僕に背を向けた。

 今までだったら「また不機嫌にしてしまった」なんて落ち込んでいる所だけど、僕はベイゼルの事が少しだけ分かった気がする。きっと彼は、彼なりの表現で応援してくれている。

 僕は鋼の剣を掲げ、その研ぎ澄まされた剣身に念を、熱を送り込んだ。


「……あれなに?」


 そこで呑気とも言えるイオの声が。

 僕は高熱を帯びた鋼の剣を握り締めたまま、彼女が伸ばした指先に目をやった。

 

「スライムが形を……そんな馬鹿な!?」


 双剣を手にデュセリオが闘うのは、ぶくぶくに膨れ上がった巨大なナメクジのような怪物だった。

 ”スライムは一生のうちで同じ形を取る事は無い”と『モンスター大全』に書いてあったはず。だとすると、あれはスライムでは無かったという事なのか? それに、あの意志があるような動きは何だ?


 ――――考えろ、考えるんだ。


 ひょんな思いつきで『熱剣(ヒートブレード)』という”手段”を手にしたとはいえ、相変わらず僕の最大の武器は”知識”だ。そこを勘違いしてはいけない。

 デュセリオは巨大ナメクジが吐き出した粘塊を氷の盾で防ぎ、一瞬にして凍り付いた塊を踏み台にしてナメクジの頭部へと斬りかかった。

 頭部だって? そんな高等な物がスライムにあるのか?

 熱を送り込む集中力を両目に集めて、ナメクジの頭部に熱線で穴を空けてやるくらいの気持ちで注視する。


「あれは――――『天使の欠片』!?」


 長く高く伸び上がってデュセリオの斬撃を避けたナメクジの頭部、ちょうど顔面に当る場所に虹色に輝く鉄板が埋め込まれているのが見えた。

 その大きさは『小型の円盾バックラー』ほどのサイズ。

 聖紋官見習いの僕の目が、そこに刻まれた聖紋の形を捉えた。


「B級聖紋、『青銅の蛇(ネフシュタン)』か!」

「ネフシュタン? 強ぇのか?」

「回復力というよりは、再生力って言った方が早いくらいの治癒力を持つ聖紋だよ」

「分かり易い説明、ありがとよ。ンで、どうすんのが正解だ?」


 ベイゼルは粘体に突き立っていた長槍を引っこ抜き、慣れた手つきでぐるぐると振り回した。

 その勇姿に頼もしさを感じながらも、あの肌色の粘体がスライムだとするならば、槍で突いても効果は薄いと思った。これまでの経験からすると、本体から切り離して弱体化を狙うのが正解か。

 ただ、分からないのは巨大ナメクジに埋め込まれた鉄板、『ネフシュタン』の聖紋が刻印された『天使の欠片』だ。

 あの鉄板には聖紋の力が宿っているのか? だとすると『天使の欠片』というのは……?

 だけど、あれがスライムに力を与えているのだと仮定すれば、やる事は一つだ!


「デュセリオ! 策がある!」


 孤軍奮闘するデュセリオに向かって、僕は大声を張り上げた。


「スライムに張り付いた鉄板は見える?」

「ああ、確認している」

「そこを狙おう! 姫、ベイゼル、援護をお願い!!」


 僕は仲間たちに指示を出し、真っ赤に発熱し始めたヒートブレードで粘体を斬り裂きながら駆け出した。

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