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02・『人は変われると言うけれど』

「それにしても……」


 面倒事から逃げるようにして教室から出て行ったデュセリオの背を見送りながら、ロレッタが呟いた。


「人って変われば変わるものね」

「え? 僕は別に何も変わって無いけど」

「ルフナじゃなくて、デュセリオの話」

「ああ、そっか」

「ルフナが魔法局に来る前は、もっとツンツンしてたんだから」


 いかにも勇者っぽいルックス。そこにクールな雰囲気を身に(まと)うデュセリオは、一見すると近寄り難い存在なのかも知れない。

 だけど、おあずけ喰らった犬の様な目をして弁当を差し出すあの姿からは、そんなツンツンした姿は想像が付かない。


「きっとね、ルフナの聖紋には人の心を温かくする効果があるんだよ」

「心を温かくする聖紋、ねえ」


 読み込み過ぎて殆どのページを暗記してしまった聖紋辞典に、そんな聖紋が載っていただろうか。

 自分の掌を眺めてみると、そこには有るのか無いのか分からないくらいに薄ボヤけた痣があった。

 今のところ僕の聖紋は、人の心どころか弁当を温めるくらいの事しか出来ない。






 結局、僕とロレッタは、二人して住み込みバイトをしているパン屋の惣菜パンを昼食に食べ、二人して保健室に顔を出す事にした。


「うう、まだ寒いねえ」

 

 ロレッタの言う通り、四角く切り出した石を敷き詰めた廊下は、春だと言うのに底冷えが酷い。

 魔法局訓練科の校舎は相当に古い。正確な設立年も良く分かっていないくらいだ。なので、断熱加工なんて最新の技術が使われている筈も無い。

 ロレッタはさっきから頻りに剥き出しの足を擦っているけど、だったら校則違反を犯してまで、そんなに短いスカートを履かなければ良いのに。女の子のやる事は時々理不尽に思う。


「どうしたのルフナ?」


 『*服装の乱れは心の乱れ*』と彫られた鏡を前で足を止め、緩んだネクタイを直しているとロレッタが手元を覗き込んできた。


「なんか緊張してる?」

「ん。まあ、ね」


 ロレッタは、その黒目がちな瞳で上目遣いに見上げてきた。

 僕は心を見透かされているみたいな気がしてきて、何となく髪に手をやった。


 幼い頃からずっと一緒にいたせいか、ロレッタは僕の心の動きにやたらと悟い。


「ねえ、ロレッタ。僕の髪の毛、変じゃないかな?」

「ん? 別に普通だよ」

「ここのニキビ、目立たないかな?」

「そういう年頃だし、別に普通だよ」

「僕の着てる物、おかしくないかな?」

「制服だし、別に普通だよ」


 そう、僕はどっからどう見ても普通なんだ。背丈も普通・体格も普通・顔も普通・髪型も普通・声も普通。

 フェンネム先生に会うからって、別に意識する必要なんてない。


「変に緊張してないで、普通にしてれば良いんだよ」

「……ロレッタ、僕の心を読んだのか?」

「は? 何の話?」

「いや、別に」


 どこにでもいる量産型普通少年が映っている鏡から目を逸らし、ロレッタの全身を頭から足元まで眺めてみた。

 トレードマークの赤いニットキャップに目が行くけど、それを被っていなくてもロレッタは十分に人目を引く女の子だ。クルクルと良く動く勝気そうな瞳や、小柄ではあるけれども、その伸びやかな手足からは健康的な魅力が溢れている。

 幼馴染の僕の目から見ても、ロレッタはとても可愛いと思う。でも、仮に彼女が幼馴染じゃなかったとしたら、僕はロレッタを相手に緊張するのだろうか?


「フェンネム先生の前に出るとさ、どこ見て良いのか分かんなくなっちゃうんだ」

「何それ? やらしい!」

「ち、違うって! そんなんじゃないって!」


 思わず声を荒げると、すれ違った女の子たちがチラチラと僕らを横目に通り過ぎて行った。

 お前のせいだぞ、と低い声で(たしな)めると、ロレッタは両手を合わせ、ゴメンね、と謝ってきた。


「ルフナの気持ち、分かるよ。フェンネム先生って、初めて見たら心臓止まるくらいにキレイだもんね」

「女の子のロレッタでも、そう思うんだ」

「思う思う。だって私もフェンネム先生に初めて会った時に思ったもん。こやつ、人間か!? って」

「そんな大袈裟な」

「ホントよ~、今も心臓バクバクしてるし~」


 そう言ってロレッタはケラケラ笑った。


 ――――でもね、ロレッタ。僕が緊張しているのは、そのせいだけでは無いんだよ。


 だけども僕は、フェンネム先生の在室札を見て覚悟を決めて、ドアをノックした。


「ルフナ・ニルギア、入ります」

「ロレッタ・ニルギアも入りまーす」


 ロレッタは別にふざけているのでは無い。僕らは……少しワケありなんだ。


「あら、二人で来てくれたの?」


 書き物の手を止めて、車椅子に乗った女性がこちらを振り返った。漆黒の長い髪と、真っ白な横顔のコントラストに目を奪われる。

 先生はただ振り返っただけなのに、まるで女神を描いた宗教画を眺めているみたいな気分だ。


「ちょっと待っていてね。いま、お茶を淹れますから」

「あ、先生はそのままで。僕がやります」

「ちょっ、どいてルフナ! 先生、私がやります!」

「ふふっ、良いから二人ともそこに座っていて。私の淹れるお茶は美味しいんだから」


 車椅子を器用に操りながら、先生はお茶の準備をし始めた。

 フェンネム先生は足が悪い。王室付きの医者の診療を受けたり、Aランク聖紋保持者の治癒魔法も試してみたそうだけど、今一つ効果は無かったらしい。

 ところが病弱にも見えるフェンネム先生は、意外にも魔法局特製車椅子でアクティブに活動している。先日も長い髪をなびかせながら、男子生徒を相手にラケットをブンブン振り回している姿を目撃したばかりだ。


「あ、そのカップ可愛い! 買ったんですか?」

「おいで、ロレッタ。最近覚えたお茶の淹れ方、教えてあげるから」


 額を擦り合わせるようにして、キャッキャとお茶の準備に興じる二人の姿は、まるで仲の良い姉妹のようにも見える。フェンネム先生はとても若く見えるけど、いったい何歳くらいなのだろう?


「良く来てくれたね、ルフナ君」

「あっ、は、はいっ!」


 ぼんやりと見惚れている内に、テーブルの上にはティーセット一式が用意されていた。温かな湯気の向こうにフェンネム先生の輝くような笑顔が見える。僕は「慌てるな」と、心の中で呟いてみた。


「君が魔法局に来て、三か月くらいになるかしら?」

「はい、二か月とちょっとです」

「私は一年経ちました!」

「お前、横入りしてくんなよ」


 ロレッタに文句を言うと、彼女はべーっ、と舌を出してやり返してきた。テーブルの向こうじゃなければ、ヘッドロックかましてやんのに。

 フェンネム先生はクスクス笑いながら、ティーカップに口を付けた。それだけの仕草なのに、何か……ドッキリする。


「ここにはもう慣れたかしら?」

「ロレッタもいますし、クラスメイトとか先生方も、皆が気に掛けてくれてますから……」

「それは良かったわ。君は引っ込み事案な所があると聞いていたから心配していたのよ」

「それって……ニルギア孤児院で聞いたんですか?」


 ふっ、と先生の長い睫毛が陰る。ロレッタが驚いたような、怒ったような顔をして僕を見ていた。


「魔法局に呼んでくれただけじゃなくて、住み込みのバイト先まで紹介してくれて……あの、先生には凄く感謝しているんです」

「どうしたの、ルフナ君? 難しい顔をして」

「ロレッタが魔法局に呼ばれるのは分かるんです。『魔弾の射手(フライクーゲル)』は貴重な聖紋だから。でも、でも僕は……」


 右手を強く握り締めると、じわりと拳が熱くなるのを感じる。それがまた無性に情けない。熱が籠るだけの能力なんて、いったい何の役に立つんだ。


 先生は僕をあの地獄から連れ出してくれたのに。

 僕は……僕は先生の期待に応えられない。


「君の聖紋を見せて」


 駆動音を響かせて、フェンネム先生が隣に来た。躊躇(ちゅうちょ)していると、先生は震える僕の拳の上に、そっと手を添えた。


「自分と向き合いなさい、ルフナ・ニルギア。このままだと君は、自分の事が嫌いになったままになるわ」


 強い口調とは裏腹な、その優しい手の柔らかさに、僕は固く握った拳を解した。

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