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01・『聖紋』

 **********







「――――そして、勇者王セイローンが魔王を打ち倒してから二十年が経ち……」

 

 王国史の教科書を読み上げる先生の美声が、何とも心地良い子守唄のようにも聞こえる。僕はお腹が減ると眠くなる、そんな性質(たち)だ。


「――――それから五年後、魔王の呪いを受けたセイローン王が御隠れになり……」


 パン屋の早朝バイトのせいもあり、眠くて眠くて仕方ない。

 窓際の僕の席に降り注ぐ、春のポカポカ日差しは罪だなぁ。


「……ルフナ君」

「ふぁあ~?」

「ルフナ・ニルギア君!」

「ほわぁいっ!?」


 欠伸をした途端、いきなりフルネームで呼ばれて変な声が出てしまった。


「元気の良い返事で結構。だけど今、欠伸をしていなかったかい」

「と、とんでもございません、マロウ先生!」

「じゃあ、その目に浮かんだ涙は?」

「これは先生の朗読に心打たれて……へへっ」


 クラスメイトの間から、クスクスと笑いが漏れる。

 見ればマロウ先生も、やれやれと肩を竦めていた。


「では、先日の小論文コンクールで金賞を受賞したルフナ君に、一つ論じて貰うとするかな」

「えっ!? そんなぁ」


 好青年のお手本的なマロウ先生だが、その優しい物腰に反して意外と目付きが鋭い。

 僕はこの目に睨まれると何一つ反論出来なくなるが、女の子たちは胸が詰まったり、ぼーっとしてしまったりするらしい。多分、何かの魔法か聖紋が絡んでいるに違いない。


「ほら、あと残り五分でキレイにまとめないと、皆の昼休みが短くなるぞ」


 先生の暴挙にクラス中からブーイングが上がったが、「ルフナ早くしろよ」とか「殺すぞルフナ」と、非難の矛先は僕に向かってきた。


「わっ、分かりました! えーっと……」


 僕は剣を振り回したり魔法陣を描いたりするのは苦手だけど、史学や魔王学は得意中の得意としている。

 先日の小論文コンクールも『魔王の脅威に対する、我ら王立魔法局訓練生の心得』なんて寒々しいタイトルで金賞を貰っちゃったばかりだ。


「二十年前に王国を襲った魔王による死者・行方不明者数は、昨年に突如噴火したマグルド火山による被害者数に匹敵します。よって、百年から二百年毎に定期的に現れる魔王を、僕は自然災害と同じ視点から考えています」


 僕が喋り始めると、さっきまでブツクサと文句を言っていたクラスメイトたちが、潮が引くように一斉に静かになった。


「ですが、古い文献を紐解くと僅か五十年の間に二度も魔王が現れたという驚くべき記述が見られます。先王セイローンの活躍によって魔王は退けられましたが、いつ、また新たな魔王が現れないとも限りません」


 僕が語る間、誰も咳払い一つとしない。

 王立魔法局の訓練生は年齢こそ普通の高校生と変わりは無いけれど、その意識はとても高い。


「魔王の襲来に際し、僕らは命を懸けて闘う覚悟があります。ですが、火山噴火の犠牲者たちは、僕らに尊い教訓を遺してくれました。備えがあれば、被害は最小に抑える事が出来ます!」


 そのタイミングで授業の終りを告げるチャイムが鳴った。

 途端に静まり返っていた教室が一斉に賑やかになる。意識は高いけど、僕らの中身はやっぱり十五、六歳だ。


「良し、では授業を終了する。解散!」


 先生の締めの号令で、「お前なに喰う?」とか「学食行こうぜ」とか「メシメシメシメシ」と、クラスメイトのそれぞれが教室から出て行った。

 重責から解放されて、やれやれと机に突っ伏していると「ルフナ君、なかなか良かったよ」と、頭の上からマロウ先生の声が聞こえた。


「君は将来、弁護士とか政治家が向いているんじゃないかな?」


 顔を上げると、そこには先ほどの鋭さは一転して、人好きのする笑みを浮かべたマロウ先生が立っていた。


「冗談止めて下さいよ、先生。僕は卒業しても魔法局(ここ)に残って、聖紋学を学びたいんですから」

「そうなのかい? それは勿体ないな。それだけ弁が立てば良い論客になれるよ」

「あのう……前にも相談したじゃないですか」

「あれ? そうだっけ?」

「マロウ先生……生徒の将来を何だと思ってるんですか?」

「あはは、悪い悪い」


 マロウ先生は、手をひらひらさせて謝った。まったく……イケメンってのは得だよな。この人、何でもこんな風に笑って済まして来たんだろうな。


「ああ、そうだ。聖紋学と言えば、フェンネム先生が君の事を気にしていたよ」

「フェンネム先生が僕を、ですか?」

「魔法局には慣れたかな、ってね。君をここに連れてきた手前、彼女も思う所があるのだろう。元気な顔を見せてあげたら喜ぶよ」


 フェンネム先生の美貌を思い浮かべると、何だか気後れしてしまった。

 初めてフェンネム先生に声を掛けられた時の、余りにも先生が美人過ぎてまともな返事も出来なかった、あの息苦しさを思い出す。


「分かりました。昼飯食ったら保健室に行ってみます」

「うん、それは良いね。じゃあ、また午後の授業で」


 爽やかな春風の如く去って行ったマロウ先生と入れ替えに、春の陽気に似つかわない冷えた空気が僕の周囲に漂い始めた。この乾いた冷気は……


「ルフナ、悪い。今日もお願い出来ないか?」


 僕に向かって深々と頭を下げ、供物を捧げるようにして弁当箱を差し出してきたのは、クラスメイトのみならず訓練生の誰もが一目置く実力者『デュセリオ・ファニングス』だ。


「デュセリオ……たまにはさあ、冷えてても美味しい物でも弁当にしなよ」

 

 仕方無しに冷えた弁当箱を受け取ると、デュセリオは人懐っこい笑顔を浮かべて両手を合わせて拝んできた。でも正直、優等生なデュセリオに頼られるのは悪い気はしない。


「そんな冷たい事を言わないでくれよ。冷たいのは俺の弁当だけで十分なんだよ」

「まったくもう……中身は?」

「カラ揚げ弁当。カチカチに凍った揚げ物なんて食いたくないよな? 俺の気持ち、分かってくれるか?」

「弁当箱、横にしても大丈夫?」


 うんうん頷いて目を輝かせるデュセリオ。

 僕は冷えたなんて生易しい物では無い、まるで一晩かけて氷室に置いといたかの様に冷えきった弁当箱を掌で挟み込んだ。


「温かくなーれ、温かくなーれ」


 じっ、と集中して掌に念を送ると、凍てついた弁当箱がじんわりと温かくなってくるのを感じた。


「どうだ? 温まったか?」

「もうちょっと待って」


 普段はクールに振る舞っているクセに……なんて思いながら、ワクワクを抑え切れていないデュセリオの顔を眺めると、目が隠れるくらいに長い前髪に隠された、その額に刻まれた楔形の紋章が目に入った。


 ――――自在に氷を操る聖紋『永久氷楔エドマ


 その聖紋を宿す者は、何も無い空間からでも無数の氷槍を作り出し、吹き荒れる氷雪の嵐を自在に操ると言われている。

 彼に所持する聖紋『エドマ』は、聖紋学では最高ランクに当るAクラスに分類される。そう、デュセリオは文句無しの勇者候補なんだ。

 ただし彼は、その溢れんばかりの氷の魔力を制御しきれていない段階で、うっかりすると身の周りの物を氷漬けにしてしまう。


「なあ、ルフナ? もうそろそろ良いんじゃないか?」

「え? ああ、ごめん。考え事してた」

「いや、別にそれは良いんだけど、何かジュージューって……」

 

 デュセリオの声で我に返ると、弁当箱の隙間からモウモウと湯気が立ち上り、熱々の肉汁が滴り落ちているじゃないか!?


「うわわわわ! 温め過ぎた!?」

「お、落ち着けルフナ! それ以上加熱したら俺の、俺の大切な弁当が!!」

 

 慌てれば慌てるほどに、弁当箱は熱くなっていく。


「くそっ! こうなったら!!」


 己の弁当を守る為に、デュセリオは僕の握る弁当箱に手を伸ばした。


「ぐうぅ! 熱い、熱いぜ!」

「止めるんだデュセリオ! 君の弁当は、もう……」

「黙れルフナ! 簡単に諦めきれるか! せっかくのカラ揚げなんだぞ!!」


 熱と氷に翻弄されて、弁当箱からは異様な水蒸気が上がり始める。


「ダメだ。これ以上は弁当箱がもたない……」


 どちらが先に呻き声を漏らしたのだろう。絶望的な気持ちに打ち(ひし)がれていると、後頭部に石でもぶつけられたような衝撃が走った。


「あいたっ!」


 反射的に後ろ頭を手で摩っていると、デュセリオも額を押えて唸っていた。こんな事をするのは、あの女しかいない。


「さっきっから何やってるの? あんたら馬鹿なの?」

「あ、ロレッタちゃん」


 デュセリオの声で振り返ると、赤いニットキャップが目に入った。僕の背後に立っていたのは、幼馴染のロレッタだった。

 

「お弁当を温めるのに魔力を使ったなんて知れたら、先生に怒られるよ」

「ロレッタだって、いま魔力を使っただろ!」

「え~? 何の事かしら~?」


 白々しい顔をするロレッタの右手を掴み、中指の先に目を凝らす。その爪の上にネイルアートのように浮かぶ星の数は五つ。


「ほら! やっぱ二発使ってんじゃないか!」


 ――――掌に乗せて中指で弾いた物を、何でも破壊の弾丸にする聖紋『魔弾の射手(フライクーゲル)


 聖紋学上ではBクラスに分類される、使いようによっては非常に強力な聖紋だ。しかし、まだまだ未熟な彼女では、魔力が再充填されるまでに使える弾数は七発まで。しかも、何故か七発目は必ず誤射するという迷惑なオプションが付いている。

 そんな彼女は『誤射っ娘ロレッタ』とか『ゴシャッタちゃん』なんて通り名で恐れられているのだ。


「いーやーだー!」

「こんな事に二発も使って! 勿体ない!!」

「はーなーしーてー!」

「ロレッタは『魔弾の射手』がどれだけ貴重でカッコ良いのか、全然分かってない!」


 そうやってロレッタと揉み合っていると、デュセリオがフォークに刺した何かを突き付けてきた。


「……なに?」

「なにってお前、カラ揚げを見たことが無いのか?」

「食ってみろ、って事?」

「ああ。そうだ」

「じゃあ、いただきます」


 ロレッタの手を掴んだまま湯気を上げるカラ揚げにかぶり付くと、サクサクとした衣に包まれた鶏肉から、じんわりと肉汁が溢れ出した。


「おう、これはカラっとしつつも何てジューシーな……」

「ルフナ、こいつは俺とお前の合作だ」

「デュセリオ。君ってヤツは……」

「明日も頼む。じゃあ、二人の邪魔しちゃ悪いから」


 そう言ってデュセリオは、大事そうに弁当箱を抱えて足早に立ち去った。

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