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021・『不良少年と少女騎士』

「あ、あの……ちょっと訊いても良いかな?」


 僕は無い勇気を振り絞って「姫とは昔からの知り合い?」と、ベイゼルに訊いてみた。


「……知り合い、か」


 僕の質問にベイゼルは少し口ごもって、さっきからずっとブランケットの端をイジイジしているイオに目配せした。

 多分、二人は事前に何らかの打ち合わせをしていたのだろう。

 ブランケットを手にしたままイオが小さく頷くと、ベイゼルは意を決したように口を開いた。


「悪いが姫は長く話す事が出来ない身体だ。だから代わりに俺が話をさせてもらう」


 長く話す事が出来ない? どういう意味だろう。

 僕が抱いた疑問はデュセリオが代弁してくれた。


「失礼を承知で訊くが、イオはそういった類の病気なのか?」


 デュセリオはようやく腰の痛みが和らいだようだ。

 彼は普段と変わらない冷静な口調でベイゼルに訊いてから、ふとイオに目を移した。

 僕もその視線に釣られて、見えない箱に納まっているかのように座るイオに注目した。


 長く話す事が出来ない身体。

 そういった類の病気。


 僕がまだニルギア孤児院にいた頃、親兄弟を強盗に殺害され、命からがら逃げのびた少年が保護されてきたのを覚えている。

 ロレッタと二人して、どうにか少年を励まそうと話しかけてはみたものの、彼はネジの切れかけたゼンマイ人形のように緩慢な動作で返事をするだけだった。


 いま、僕の前に姿勢良く座っているイオと記憶に残る少年とは、どこか重なる部分がある。


「それは順を追って話そう。俺はあまり気が進まなかったんだが、姫がどうしても、ってな」


 イオの首がカクン、と縦に揺れた。

 それは馬車の揺れには関係無くて、彼女なりの強い意思表示なのだと思う。


「……長くてつまんねぇ話になるぜ」


 ぶっきらぼうに、だけど真剣な面持ちでベイゼルは語り始めた。


「あの日、俺は姫に拾われたんだ。あのクソみてぇな掃き溜めからな――――」


 ベイゼルが歩み、イオと共に生きてきた道。

 それは数奇でいて悲しい絆の物語だった。





 教会都市からほど近い、今では名前も忘れられた宿屋街でベイゼルは生まれた。

 王都フォーレルムと教会都市テトラ・テ・マを結ぶ街道にしがみ付くように存在していた小さな宿屋街は、巡礼者や旅人たちでそれなりには賑わっていたという。

 だが、冬が長く続いたある年の事だ。多くの人々が訪れ利用していた宿屋の街に性質(たち)の悪い疫病が発生した。

 壊滅的な被害を(こうむ)った宿屋街は焼却の火でもって地図の上から消され、ベイゼルの一家も散り散りとなった。

 

「物心付いた頃には、教会都市の辛気くせぇ孤児院で暮らしてたんだ」


 親から(はぐ)れたのか、それとも捨てられたのかさえも分からない。

 まだ幼いかったベイゼルは聖鎖教会が支援する施設に保護され、少年と呼ばれる年頃までそこで育った。

 だが、少年は持ち前の反骨心で孤児院から逃げ出しては不良少年の集団に潜り込み、発現しかけていた雷撃の魔力でもって、瞬く間にそこのリーダーに納まった。

 当初はせいぜい十数人ほどの悪餓鬼グループに過ぎなかった集まりは、ベイゼルの強さに魅かれた少年たちでもって何時(いつ)しか百人を超える規模にまで膨れ上がったという。


「そんときゃ得意絶頂だったんだ。オレ無敵、オレ最強ってな」


 だが、暴行・恐喝・強盗等々の悪事を散々に働いていたベイゼル一味は、不逞集団撲滅の命を受けた一人の少女騎士の襲撃を受けて一夜の内に壊滅するという憂き目に遭う。


 戦闘なんて行為は殆ど行われなかった。

 そこに吹き荒れたのは一方的な暴力の嵐。

 仲間と思っていた不良少年たちは、少女騎士の前に一目散に逃走した。

 それでもベイゼルは破壊神の権化の如く立ちはだかる少女に闘いを挑み、一瞬で負けた。

 ただの一撃で地に這いつくばったベイゼルの頭を踏み躙り、少女は宣告した。


「私は従者を求めている。従うなら生かしてやる」


 その言葉にベイゼルは、それこそ雷に撃たれた様な衝撃を受けた。

 負け知らずだった自分を拳一つで完膚なきまで叩きのめした圧倒的な戦闘能力と、その可憐にして凛とした姿に強く惹かれ、ベイゼルは一も二も無く少女の足元に平伏した。


 そして少年は、己が従うべき女主人を敬愛をもって”姫”と呼ぶことに決めた。

 その少女こそが史上最年少の聖鎖騎士にして大貴族の令嬢『イオ・クオンタヴィア』だった。


 クオンタヴィア家の従僕として屋敷に迎え入れられたベイゼルは、従者としての諸事全般に加えてイオの護衛者として戦闘技術を徹底的に叩き込まれた。

 堅苦しい屋敷での生活は辛く厳しい日々の連続だったが、使用人とはいえ一人の人間として扱われる事と、積み重ねた努力が必ず認められる環境にベイゼル少年は満足していた。


「姫には兄貴がいるんだ。ルフナ、お前みたいに本ばっか読んでる変人だがな」


 大聖鎖堂で聖紋官を務めるイオの兄は、休日には日がな一日ごろごろして本ばかり読んでいるか、部屋に籠っては骨董品を愛でて過ごしている学者肌の変人だった。

 イオとは違って聖紋も持たない貧弱な男に従うのは不満だったが、姫と崇める少女の実兄とあっては仕方が無い。


「探したよ、ベイゼル。いま暇かな? うん、良かった。暇そうだ」

「暇じゃねーですよ、フォルさん。この格好見て分かりません? これから庭で芝刈りだっての」

「ああ、それは楽しそうだね。じゃあ僕も手伝っちゃおうかな」


 ところがこのイオの兄、『フォルシオン・クオンタヴィア』なる人物は、表向きこそ大貴族の子息らしく世間知らずのお坊ちゃまを装っていたが、裏ではその莫大な資金力でもって人・物・情報を操る曲者だった。

 フォルシオンは様々な”裏仕事”を命じてきたが、ベイゼルはクオンタヴィア兄妹の無理難題と無茶難問に唯々諾々と従い、危険でいて慌ただしい毎日を彼なりに楽しんでいた。

 そのうちにベイゼルは『クオンタヴィアの猟犬』と呼ばれ、裏の世界では知られた存在になっていた。


「ところでベイゼル。ちょっと面白い話があるんだけど、聞いてみない?」


 表沙汰に出来ないベイゼルの仕事は大概、フォルシオンの発する何気ない一言から始まるのであった。

ベイゼルとイオとフォルの三人でスピンオフ作品が書けそうです。

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