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018・『死亡ルートしか見えない』

 *




 夕方のバイトを終えると、僕は夕食もそこそこに自室に貯め込んだ古書を漁ってみた。


「えーっと、確かこの辺にあったような……」


 僕の部屋はベッドと机の置いてある場所以外は、その(おおよ)そが新旧入り混じった本に埋め尽くされている。この積み上がった本の山の中に、聖鎖の天使に関する宗教文書があったはずだ。


「これは……違うか。もっと古い本だったはずだけど……」


 それらしき本を掘り出しては、ざっくり目を通して積み直す。

 そんな作業を延々繰り返していると、ノックも無しにロレッタが入ってきた。


「うわ。この部屋、また本が増えたんじゃないの?」

「ロレッタ、毎回言うけどノックくらい……って、何だよその格好」

「何って、お風呂上がりですが、何か?」


 ロレッタは僕が着古してダルダルになった肌着を「スース―してて着心地が良いんだよね」などと言って、そのまんま寝間着として再利用している。

 だけど、いくら僕とロレッタが幼馴染だと言ったって、オーバーサイズな寝間着の隙間から覗くその健康的な肢体は、健全な青少年である僕にとっては目の毒以外の何物でも無い。


「あのさぁ、ロレッタだって一応、女の子なんだからさぁ」

「い・ち・お・う?」

 

 僕を見るロレッタの目が、すうっと細まった。

 さっきの保健室での騒ぎで、何となく分かった気がする。

 ロレッタは、イオが女の子扱いされているのを見て羨ましく思ったんじゃないだろうか?

 しっくりはこないけど、そう考えるのが自然だ。


「どうせ私は”一応”女の子ですよ~だ」

「まだそんな事を言ってんの? いい加減に機嫌を直しなよ」

「ふ~んだ。ルフナのばーか」


 頬を膨らませたロレッタは、まだ水気が残る髪をタオルで拭きながら僕のベッドに身を投げ出した。


「ちょっと!? ベッドカバーが濡れるだろ!」

「ねえ、ルフナ。湿布貼ってよ、しっぷー」


 そう言ってロレッタは、ベッドの上で足をパタパタさせてみせた。


「まあ貼ってと頼まれれば貼るけどさ。でも、湿布なんて自分一人でも貼れるだろ」

「自分で貼ると湿布がヨレちゃうんだよね。そーゆーこと、無い?」

「そういう事……あるね」

「でしょ」


 僕は仕方無しに作業の手を止めて、ロレッタの隣に腰を下ろした。そして、彼女が持参した湿布を受け取って、()れないように慎重に広げた。


「これってさ、なんか独特の匂いがするよね」

「湿布なんて独特な匂いがして普通じゃない?」


 保健室に降臨した女神こと、フェンネム先生お手製の薬草エキスを練り込んだこの特製湿布は、訓練生ならば誰もが一度は御世話になるマストアイテムだ。

 まあ、医療品がマストなアイテムになっている時点で、魔法局訓練科とはどんなトコなんだ、と言う話である。


「んじゃ貼るよ」

「ゆーっくりね。そーっとね。ふわーっとね」

「知るか。覚悟しろ」


 まだ少し腫れているように見える患部に狙いを定め、ひんやりした湿布を容赦無く貼り付けてやった。


「ひゃうんっ!」


 ロレッタの喉から奇妙な悲鳴が上がる。


 くくくっ……僕は男女を問わず、人の素肌に湿布を貼りつけるこの瞬間が好きだ。

 冷たさに上がる悲鳴も良いが、感情を押し殺して堪えている表情も好きだ。

 圧倒的じゃないか、この支配感。大好きだ。

 

 ひとり薄ら暗い愉悦に浸っていると、とっくに湿布の冷感に慣れたロレッタは本の山から一冊抜き出してページを捲っていた。


「保健室でイオちゃん、何て言ってたっけ? グアルディオラだっけ?」

「それは古代の名将だよ、ロレッタ」


 いったい何と勘違いしているのだろう? ロレッタの考え違いを指摘しながら、僕も手近にあった古びた書物を一冊手に取ってみた。これも違うな。


「人々に聖紋を授けた天使が、天に還りたいと願う己を戒める為に聖なる鎖で身体を縛った、って聖話は当然、知ってるよね」

「だいたい何となく触り程度くらいには」

「……その時、天使が鎖で自分の身体を縛り付けたという岩が『クォ・ヴァディスの十字』なんだ」

「あ、いま分かった。聖鎖天使の像、ってそういう事なんだね」


 ”逆十字に鎖でもって縛られた天使”は、銅像や絵画として王都の至る所で目にする事が出来る。

 単純に脳天を逆さにして縛られている構図もあれば、逆十字を抱くような姿で拘束されていたりと、作り手の解釈によってバリエーションの違いはあれど、逆十字に鎖というモチーフだけは変わらない。


「天使だってホントにいるのかさえも分からないのに、そんな十字架が実在するのかな?」

「その辺の事を詳しく書いてある本があったはずなんだけど、こういう時に限って中々見つからないんだよな」

「うんうん、そういう事ってあるね。取っておいたはずのプリンが、どんなに探しても見つからなかったりして」


 難しい顔をしているロレッタに向かって「それは自分で食べたのを忘れているだけだ」と、喉まで出掛った言葉は飲み込んでおく事にした。これ以上、藪を突いたら蛇どころかドラゴンが出てくるかも知れない。


「それで、どんな本だったの?」

「挿絵が綺麗だったんだよ。印象的だったから直ぐに見つかると思っていたんだけど」

「ふーん、挿絵がねぇ。こんな感じの?」

「そうそう、そんな感じの……って、それだ!!」


 ロレッタが何となく捲っていた本こそが、正に僕が探していた宗教文書だった。


「それだよ、それ! 本当にありがとうロレッタ!」


 ようやく見つかった古書に喜びを抑えきれずに手を伸ばすと、何を思ったのか? ロレッタは自分の身体の下に本を押し込んで、その上に俯せになった。


「……何の真似だ、貴様」

「取引といこうじゃないか、ルフナ君」

「取引だと?」

「ああ、取引さ」


 ロレッタは、ぐいっと上半身を反らせて不敵に笑った。

 僕はそのしなやかな柔軟性に驚きつつも、前触れも無く視界に飛び込んできた刺激的すぎる”光景”から慌てて目を逸らした。


「ルフナ、私もクエストに連れて行くのだ」

「そっ、それは駄目だよ。怪我人はクエストに連れて行っちゃいけない決まりだろ」


 保健室で『天使の欠片』を手にしたイオから、調査クエストの同行を求められたんだ。

 デュセリオも一緒に来るのならば、詳しい話はそこでする、と。

 でも、今はそんな事よりもロレッタの……駄目だ、見たら負けだ。


「私だけ仲間外れはイヤだよ」

「仲間外れじゃないって。ロレッタは怪我をしているんだから仕方ないだろ」

「そんなのどこか外で合流すれば誰にも分からないって。ねえ、私の分の報酬は要らないから連れてってよ」

「ダメだって。それからお前の、あの……お、お前だって一応、女の子なんだから……」

「むっ、こんな時だけ女の子扱いするの?」

「ちっ、違うんだって! あの、さっきっから、その……ほらね」


 僕は極力視界に入れないようにして大胆にはだけた胸元を指差すと、ロレッタは僕の指先の延長線を辿り、着古してベロンベロンに伸びきったシャツの襟ぐりを摘まんだ。


「~~~~!!」


 声にならない悲鳴を上げてバババッと胸元を押えたかと思うと、ロレッタは耳まで真っ赤にしてベッドの上にペチャンコになってしまった。

 それからしばらくの間、彼女は顔面を枕に押しつけたまま足だけでジタバタ暴れていたが、そのうち動かなくなってしまった。


「ねえ、ロレッタ……」


 横たわる沈黙に耐えられなくなって声を掛けると、枕越しに「……見た?」と、くぐもった声が聞こえてきた。


「あ、いや……」


 なんて強烈な既視感(デジャヴ)なんだ……

 ここで素直に「思っていたよりも良い発育具合ですね」なんて答えたら、僕の物語はここで最終回だ。

 だが、もしも……もしも”見たまんまを具体的に”お答えした場合には、僕の身体は七発の弾丸でもってハチの巣にされてしまうだろう。正直者のベイゼルがどんな末路を辿ったのか決して忘れてはいけない。

 どうしよう……どっちに転んでも死亡ルートしか見えてこない。考えろ。考えるんだ、ルフナ。

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