013・『悪巧みの闇墜ち勇者』
「すまない。恥ずかしい所を見せた」
「んんっ? 何の事?」
嘯く僕の前で、デュセリオはシャツの袖で目元を擦っていた。
「この年になると故郷が懐かしくてな」
「ははは……歴戦の勇者か」
我ながら良い突っ込みが入ったと思ったが、デュセリオは小さく笑っただけだった。
「それが強ち嘘でも無いんだ」
「嘘じゃないって、どういう意味?」
「ダージリアは俺の幼馴染なんだ。だから、つい懐かしくて」
「え? でもダージリア・ブラッサムって……」
歌巫女こと『ダージリア・ブラッサム』は、前王セイローンの弟にして天使教の教主『マスカテル・ブラッサム』の一人娘だと、雑誌か何かで読んだ事がある。デュセリオがそんな殿上人と幼馴染とは……
「父がセイローン王の近衛兵だった頃があってね。それで、年が近かった俺がダージリアの遊び相手に選ばれた。そういう事さ」
「そうだったんだ……」
もう魔法局に来て、そしてデュセリオと仲良くなって三か月も経つのに初めて聞く話だ。
「だが前王が亡くなられた後、近衛隊は解散して父も職を解かれた。新たな任務は北部辺境の監督官だったから、教会都市から引っ越したっきりダージリアとも会っていない。いや、違うな……」
それに、こんなにも饒舌なデュセリオも初めてだ。歌巫女ダージリアの歌には、人を素直にさせる魔力があるのかも知れない。
「二年ほど前だったか。コンサートの警備をしていた時に擦れ違ったんだ。ダージリアが微笑んでくれたような気がしたが……ははっ、これではまるでアイドルに恋焦がれるファンみたいだ」
「そんな事は無いよ。きっとダージリアさんはデュセリオに気が付いたんだ」
「お前……思っていたよりも良い奴だな」
「思っていたより、って何だよ」
「まあ、細かい事は気にするな」
「まったく……でもさ、別に励ましてるつもりなんて無いよ。僕は本気でそう思ってるんだ」
大真面目に言い切ってみせると、デュセリオは少し驚いたような顔をして僕を見返してきた。
デュセリオがどう思っているか知らないけど、例えいま、ロレッタと何年、何十年と離れ離れになったとしても、僕は彼女を一目で見分ける自信がある。幼馴染って、そういうものだと信じている。
「なあ、ルフナ。恥掻きついでに、もう一つ聞いてくれないか?」
「僕で良ければ喜んで」
「ありがとう。何だか久しぶりに人と本音で話している気がするよ」
僕は何だか最近似たようなシチュエーションにあったような気がするよ。
でも、誰かに頼りにされている、というのはそんなに悪い気はしないな。
僕が続きを促すと、デュセリオは頬を掻きながらポツポツと話し始めた。
「俺、魔法局を卒業したら、教会都市に帰って聖鎖騎士の試験を受けようと思っているんだ」
「へえ、デュセリオくらいの能力があったら、今すぐにでも採用されると思うけど」
「いや、そんなに簡単な話じゃないんだよ。聖鎖騎士というのは」
デュセリオが語る話の内容は僕にとっては驚きの連続だった。
彼は二年前まで聖鎖騎士の見習いをしていたのだけど本採用には至らなかったので、もう一度基礎からやり直そうと魔法局に来たのだと言う。
さすがにその事実には驚いた。Aクラスの聖紋保持者でも採用されないなんて、聖鎖騎士団とはどれだけレベルが高い集団なのだろうか。
「特記するような実績が無い場合は、生まれ育ちが物を言うんだ」
「生まれ育ち?」
「平たく言えば身分だな」
「身分なんて能力の優劣には関係無いと思うんだけど」
「この時代、そういう訳にも行かないんだ。聖鎖騎士は平時には護教護法を旨とするエリート組織だからな。それに、俺のこの聖紋は聖鎖騎士向きでは無くてね」
デュセリオは額の聖紋を指差しながら自嘲気味に笑った。
「父は剣の腕をセイローン王に認められて近衛を務めていただけで実際の身分は下級武官だったし、聖鎖騎士には俺の『永久氷楔』みたいな聖紋よりも、もっと騎士らしい聖紋が求められているんだ」
実際の所、歴代勇者は聖鎖騎士団の出身者が多い。前王セイローンもその一人だ。
勇者セイローン・ブラッサムの額に宿っていた伝説のSクラス聖紋『大いなる力の三角』は、保持者に同調する者から少しずつ力を譲り受けるという聖紋だけど、多くの味方に支えられている者が最大の効果を発揮し得るといった点で、世界を救う勇者にこそ相応しい聖紋だ。
他にも剣舞の如き無限の戦刃を繰り出すと言われている『舞踏する勇者』の聖紋や、その剛腕に捉われた者に逃れる術は無いと伝えられる『完全なる把握』の聖紋など、語り継がれる聖鎖の勇者たちの身には物理的かつ近接戦闘に特化した聖紋が宿っていた。
「デュセリオの『永久氷楔』でも厳しいのか……」
「ああ。だからクエストで実績を上げて、少しでも査定の足しにしたいと思っている」
「そうか、だからデュセリオは難度の高いクエストにばかり挑戦しているんだね」
難度の低いクエストばかりに付き合って貰っている身としては、どうにも気が引けてきた。
「聖鎖騎士にさえ成れればどんなに身分が低くても、またダージリアの前に立てるんだ」
熱っぽく語るデュセリオの表情は、今まで見た事が無いくらいに生き生きとしていた。それはクラスメイトの誰とも変わらない、僕と同じ年代の少年と同じ顔だ。
「まあ、向こうは俺の事なんて、これっぽっちも覚えていないかも知れないけどな」
「だから、そんなこと無いって」
「でも、それでも良いんだ。約束さえ果たす事が出来れば」
「約束……どんな?」
「引っ越す前にダージリアと約束したんだ。必ず君に会いに行く、ってね」
「叶うと良いね。いや、デュセリオなら必ず叶えられるよ」
そうかな、と少し耳を赤くして、デュセリオは照れ笑いを浮かべた。
……また僕は、自分の幼さを思い知らされた気がする。聖紋官になりたいとか、魔王に会って話がしたいとか。
「そうだ。聖鎖騎士と言えば、最近気になる事があるんだ」
デュセリオは何かを思い出したように膝を打ち、晴天の空を見上げた。
「気になる事?」
「ああ。どういう訳だか遺跡絡みのクエストに行くと、妙に聖鎖騎士と出くわすんだ」
「そんなの、たまたま行き先が被ってるだけじゃないの?」
「いや、それは有り得ない。騎士見習いは別として、聖鎖騎士は討伐依頼でしか出動しない決まりがある」
「実は遺跡に凄い魔物が潜んでいるとの秘密情報を掴んでいるとか?」
「それも無いな。特別危険な魔物が出るとは思えない廃教会にも、何の用があるんだか聖鎖騎士がほっつき歩いていたりするんだ」
バイト先に現れた、あの大柄な女性騎士を思い出す。特に武装しているようにも見えず、普段着で過ごしていた所を見ると、もしかしたら休暇で遊びに来ているだけだったりはしないだろうか? 王都フォーレルム・春のパン屋巡りツアーとか?
「ルフナ。お前、知っているか?」
呼ばれて顔を上げると、デュセリオは何か難しい顔をしていた。
「うちのクラスのイオ・クォンタヴィアが元は聖鎖騎士だった事を」
「え! 姫が!?」
今度こそ本気でビックリした。あの白いフリルの……いや、早いトコ記憶から消さないと爆殺される。
確かにあの爆裂の聖紋『破裂の神火』は、聖鎖騎士に相応しい破壊の力だ。瞼を閉じれば、未だにベイゼルの無残な姿が浮かび上がってくる。
「クォンタヴィア家は教会都市でも有数の大貴族だ。そんな名家のお嬢様が聖鎖騎士を辞してまで魔法局に入局するなんて、何か妙だと思わないか?」
「まあ、確かに……」
でも、『静かなる爆裂姫』とも渾名されるイオと会話をした事なんて数えるほどしかないし、あの感じだとすんなり話が通じる相手とも思えない(僕の一方的な印象だが)。
ただ、今も一緒に昼食を取っているくらいにロレッタとは仲が良いみたいだから、折を見てロレッタに聞いてみるのが一番か。
だが、僕が進言するよりも先に、デュセリオが口を開いた。
「なあ、ルフナ。俺に良い考えがある」
「何だよデュセリオ……その”良いこと思いついちゃった”顔は?」
「この後ってさ、午後いっぱい校庭で戦闘訓練だよな」
デュセリオは闇に染まった勇者のように、全身から悪巧みのオーラを発散させつつ立ち上がった。




