011・『僕はパン屋になりたいワケでは無い』
昼時のパン屋……そこは戦場と同義である。
老若男女が相争うキリングフィールドなのである。
「はい! 食パン二斤ですね。お切り致しましょうか?」
「そちらのお客様は、ハムサンドにチーズパンをおひとつずつですね」
「黒パンはそちらの棚に御座いますよ」
僕とロレッタが住み込みでバイトしてるパン屋『パンデルセン』は、王都フォーレルムに三店舗、他にも王国各地に支店を設ける大型チェーン店だ。
びっくりするほど美味しい訳ではないけれど、立地の良さと手頃感のある価格設定がウリで、王国民なら大人から子供まで知らない者はいない繁盛店なのだ。
僕は今、その修羅場の如きパンデルセンのレジを任されていた。
「ベーコンサンド三つ、チョコワッサン二つで合わせて700モンになりますっ」
お代を間違える訳にはいかない。ただでさえ安い給料を、これ以上減らされてはたまらない。
「ハムチーサンドとプレーンベーグルですね。500モン、頂きます」
寝不足でともすればボンヤリしてしまう自分に気合いを入れる。
僕が今日、何時起きだか知ってるかい? 三時だぞ、三時。実質二時間しか寝てないの。
そりゃあ、深夜遅くまで本を読んでいた自分が悪いんだけど、僕の担当はパン生地の仕込みだ。
何だか良く知らないけど、僕が練ると生地が良く膨らんでパンの出来が良くなるらしい。だから、練って練って練りまくるのが僕の仕事であって、レジは僕の担当じゃあない。
ようやく仕込が終わってさあ寝よう、とバイトを上がろうとした時だ。
店長から「ルフナ、お前このまま昼までフロアやってくれ」などと無理難題を押し付けられ、さすがに断ろうとしたら「ロレッタちゃんを働かすのか? 怪我してんのに可哀想になぁ」なんて言われた日には、「やります」と答えるしかないだろう。
ロレッタは「ちょっと捻っちゃった」なんて強がっていたけど、実際は骨にヒビが入ってしまっていた。
フェンネム先生が言うには、杖無しで普通に歩いたりする分には一か月くらいで良いらしいけど、クエストで存分に戦えるようになるには夏休みまで掛かってしまうらしい。
怪我なんて回復の聖紋使いがチャチャっと治せるだろ? なんて、バイト仲間にも聞かれたのだけど、基本的には緊急時以外に回復魔法を使う事は王国法で禁じられている。
だいたいそんな簡単に怪我や病気が治ってしまったら、医者も薬屋もあったもんじゃないし、嫌な考え方をすれば医療の団体が暗殺者を雇って回復の聖紋使いを片っ端から始末しかねない。
ただでさえ貴重な聖紋使いと医療従事者。互いを守る為の法律と言えるだろう。
そんな訳でロレッタは今、店の裏で座って出来る作業、例えばラッピングとか伝票整理に精を出している。
「次のお客様、こちらのレジへどうぞ」
眠気の最大の敵ってルーチンワークなんだよね。僕は今、その最大の敵と戦っている所だ。
さっきも食パン六枚切を八枚切にしてしまったり、お釣りを間違えそうになったり……何か、眠気が覚めるようなアイディアは無いだろうか。
何でも良いから刺激的な物は無いかと店内を見渡していると、芋を洗うような混雑の中に一際目を引く客を見つけた。
「なんか、インパクトのあるお客さんがいる……」
僕の隣でバイト仲間が呟いた。
目を奪う縦巻きロールの見事な赤髪。そして、他を押しのけるボリューミーな体格。
華やかな衣装からすると若い女性だと思われるが、その背の高さと横幅の広さは確かにインパクトに満ち溢れている。
「うおっ、こっちに来たぞ」
そりゃ来るだろう。ここはレジだ。
狼狽えるバイト仲間に心の中でツッコミを入れたが、トレーの上に置かれた大量のパンの山に今度は僕が狼狽えてしまった。
「え? ええっと、全てお買い上げ、で宜しいですか?」
動揺する余りに変な事を口走ってしまった。
お買い上げしないパンを大量にレジに持ってくるヤツはいないだろう。いたとしたら、そいつは単なる営業妨害だ。
変な事を言って客を怒らせていないだろうか? 恐る恐る様子を窺うと、盛り上がった頬肉のせいで糸の様に細まった目が僕を見下ろしていた。怒っているんだか笑っているんだか、その糸目から感情は読み取れない。
「ああ、宜しく頼む」
凛とした威圧感のある女性の声に、動揺の上に動揺が重なる。
危うく「店内でお召し上がりですか?」と口走りかけてしまうところだった。
これだけの量を店内でお召し上がりになられた日には、きっと多くの人が何かのイベントと勘違いするに違いない。
「しょっ、少々お待ちください」
山盛りのパンを仕訳でもするようにバイト仲間と手分けして計算すると、なかなかインパクトのある数字が弾き出された。
「全部で8700モンになります」
僕がここでバイトして、一人のお客様から頂いた最高金額の記録が大幅に更新された。これは当分の間、破られる事の無い金字塔になるに違いない。
せっせとパンを袋詰めしていると、女性の手が伸びてきてレジの上にお金を置いた。
へえ、長手袋なんてしてるんだ。日焼けの時期でもあるまいし。
何となく不思議に思った僕の目が、手袋の甲に小さく刺繍された紋章に釘付けになった。
逆十字に聖鎖の紋章……
この女性は――――!?




