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08・『魔弾の射手・フライクーゲル』

 *


 馬車から降りると、そこは事前に調べていた通りに痩せた麦畑しかなかった。

 薙ぎ倒された若い麦を調べると、確かに獣が畑に踏み入った痕跡を見つけた。


「二匹……いや、これは三匹か」

「どうして分かるの?」

「足跡を辿ればね。ほらそこ」

 

 交錯するイノシシの足跡を指差してみせた。


「ルフナっ凄いっ!」

「本で読んだ事があるだけだよ」


 野生動物に関する本で得た知識を披露してみたものの、魔物退治が専門のハンター協会が請け負ったのだから、今回のターゲットは単なる野生のイノシシでは無いはずだ。気を引き締めなくてはいけない。

 ただ、足跡の大きさや歩幅から見ると、そんなに大きなイノシシでは無いようだ。


「とりあえず依頼主に会っておこうよ」

「うん、そうだね」


 ロレッタの提案に従って、僕らは荒らされた麦畑を後にした。




 村人たちが住む粗末な家屋に比べて、村長の家はなかなか立派だった。家と呼ぶよりは屋敷と呼んだ方がしっくりくる。お手伝いの女性もいて、なんだか想像していたイメージと違う。


「もしかして、ここって教会なのかな?」


 通された応接室には、逆十字に縛りつけられた聖鎖天使の像があった。

 教会嫌いになりつつあるロレッタが、天使像を見て顔を(しか)めた。


「これはこれは、御足労いただきありがとうございます」


 迎えてくれた村長は血色も肉付きも良くて、依頼書から勝手に抱いていた”貧しい村の村長さん”のイメージをこれまた裏切ってきた。


「快く依頼を受けていただき、まことに感謝致しております」


 歓迎の礼を述べてくれているものの、ジロジロと僕らを眺める無遠慮な視線は余り気分の良いものでは無い。どうも僕らが若いのを気にしているようだった。


「お二人とも、また随分とお若いのですな」


 村長の視線が、ショートパンツから伸びたロレッタの生足に集中している。だけど彼女は、そんなねちっこい視線を意にも介さずに言い返した。


「我々は魔法局から正式に派遣されてきております。ご不満がおありでしたら、このまま失礼させていただきますが宜しいですか?」


 ロレッタの毅然とした態度に驚いたのは僕だけでは無かったようだ。

 村長は汗を拭き拭き、「これは失言でした」と平身低頭して非礼を詫びた。


「謝罪は不要です。時間が惜しいので、早速依頼に取り掛かります」

「それでは道に明るい者を呼びましょう。誰か、チャセを呼んでおくれ」

 

 案内人が来るまでの間、僕は村長に「ここは教会なのですか?」と尋ねてみた。


「ええ、そうです。私がこの教会の司祭も兼ねております」

「それなら王都の大聖鎖堂からイノシシ駆除の人員を送って貰えば良かったんじゃないですか?」

「聖鎖の騎士様をですか? そんな恐れ多い事は出来ませんよ」

「でも、聖鎖騎士団は魔物に困っている信者の為にあるんじゃないですか?」

「こ、これは難しい事を仰られますな」


 村長が再び汗を拭き始めると、良く日に焼けた少年が応接室に入ってきた。


「司祭様、お呼びですか?」

「おお、チャセ。お前がイノシシを見た所まで、こちらのお二人をお連れしなさい。失礼の無いようにな」


 十歳そこそこだろうか、チャセと呼ばれた男の子は「じゃあ、付いてきて」と不機嫌さを隠さずに答え、つかつかと部屋を出て行ってしまった。


「なんか感じ悪いなぁ」

「そういう年頃なのよ。ルフナもそんな時期、あったでしょ?」

 

 僕たちは村長に一礼して、チャセ少年の後を追った。


 

 *



 岩山の道無き道を登りながら、ロレッタは頻りにチャセ少年に話しかけていた。しかし、子供に好かれやすいロレッタでも、少年の頑な心を開くのは容易ではないようだ。


「学校は行ってるの?」

「たまに」

「友だちはいっぱいいる?」

「あんまり」

「遊びは何が好き?」

「別に」

「お姉さんはねぇ、おはじき得意だよ」


 二人の盛り上がらない会話を耳にしながら、僕はどうも釈然としない気持ちを抱えて歩いていた。

 

 ――――仕事を完遂せずに撤退したハンター協会に、教会を救済に来ない聖鎖騎士団か。


 何かが噛みあっていないなぁ。

 歯に物が詰まった、あの取れそうで取れない感じに似てるなぁ。

 もうちょっとで疑問が晴れそうなのになぁ。そう思った時、チャセが歩みを止めた。


「……あそこがイノシシが泥浴びをする所だよ」

 

 チャセが指差した先には、背の低い木々の茂みが見えた。


「ありがとう。君は村に戻っていて」

 

 ロレッタが労いの言葉を掛けると、何故か少年は怒りの眼差しを僕らに向けてきた。


「お前たちもイノシシを殺しにきたのか」

「ちょっと、どうしたの?」

「悪いのは人間の方なのに!」


 バーカバーカ! イノシシに殺されちまえー! と罵声を吐いて、チャセ少年は来た道を駆け下りて行ってしまった。ロレッタは茫然と少年の背中を見送り、溜息を吐いた。


「私、何か気に障る様なこと、言ったかな……」

「そういう年頃なんだよ。ロレッタにもそんな時期、あっただろ」


 しょんぼりするロレッタの肩を叩き、僕は長剣を抜いた。


「ロレッタ、見て。あそこにイノシシがいる」


 普通な僕の視力でも、木々の根元辺りに出来た水溜りで泥浴びに興じる獣の姿が見えた。


「三匹、確かにいるね」


 ロレッタはポーチの中を探り、鋼鉄の弾丸を取り出した。


「風下に移ろう。臭いで悟られるといけない」


 これまた本で仕入れた知識を元に声を掛けると、ロレッタは緊張した面持ちでこっくり頷いた。

 剣柄を握り込み過ぎて手が痛い。緊張しているのは僕も同じだ。


「ここの辺かな」

 

 身を隠すのに丁度良い岩を見つけ、僕らは岩陰に身を潜めた。


「どうしようか?」

「本来なら近接攻撃が得意な聖紋使いが突撃して、奇襲に驚いている間に私が狙撃するんだけど」


 ロレッタは三発の弾丸を、胡桃の様にして掌の中で回した。


「その逆をやろう。私が三連射するから、その後をルフナが追撃して」

「わ、分かった」


 『魔弾の射手』の三連射をこの目で見れるなんて、乾パンをお茶無しで完食する自信がある……って、緊張の余り、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。


「私が三発目を撃ったら、止めを刺しに行って」


 ロレッタは掌に弾丸を乗せて狙いを定めた。距離はそれなりにあるが、大丈夫だろうか。

 一瞬、最悪の事態が頭を過った。外れる事は無いと言われている『魔弾の射手』だけど、果たして致命傷を与える事が出来るだろうか。もしも三頭とも軽傷で、一斉に反撃されたら……

 不安に駆られてロレッタの横顔を見ると、彼女は小さな声で何かを唱えていた。祈りの文句かと思ったけど、そうでは無かった。


「ここは私の猟場……私は狙いを外さない……ここは私の猟場……私は狙いを……」


 研ぎ澄まされていく集中力に、僕は息を飲むしかなかった。


「私の弾丸は外れない……ロレッタ・ニルギアは狙いを逸らさない……私の弾丸は外れない……ロレッタ・ニルギアは狙いを逸らさない……私の弾丸は……」


 呪文のように唱え続けるロレッタのこめかみには血管が浮かび、顎からは汗が滴り落ちた。そして、瞬きを忘れた双眸は獲物を捉え続けている。

 掌に乗った三つの弾丸を獣に向けると、ロレッタの右手が光を帯びた。


「三連掃射! 『魔弾の射手(フライクーゲル)』撃てえ――――っ!!」


 ロレッタの号令と共に、銀色の尾を靡かせて破壊の弾丸が一直線に驀進する!


「うぉおおおお!!」


 この僕がロレッタを信じないで、どこの誰が信じるってんだ!!

 僕は迷いも恐れも断ち切って、長剣を手に鋼鉄の弾丸を追った。

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