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第1話「コーヒー喫茶みそしる、開店です」

 ようやくここまで来た。


 重苦しい緊張と空気の中、僕はそう思った。誰も彼もが口を開く事が出来ずにいた。


 松明の明かりで照らされた、禍々しいデザインの扉の向こうには、宿敵がいる。この旅の目的にして終着点。そして、この旅における最大の難関。

 誰もがそれを意識して、扉の向こうからでも解るその存在感を前に、理性を保つのがやっとだった。

 騎士の青年は、何度も腰にした剣の柄を触っているし、妙齢の剣士の女性は何度も手の汗を自分のズボンで拭っている。唯一の回復職である王女は杖を握りしめて、目を閉じ、何度も深呼吸していた。常に冷静沈着で、無口な魔法使いの少女は、その小さな肩を震わせながら、気丈にも扉を睨みつけている。

 これじゃダメだ。全員が、萎縮している。

 何か、声をかけないと。普段役に立てない僕が、こんな時くらいは。

 しかし、そんな思いと裏腹に、僕の喉はカラカラに乾き、声を出せずにいた。仲間の背を叩いたり、肩を叩いて励まそうにも、手と足は震え、申し訳程度に持った剣と小盾を、今にも取り落としそうだった。

 そんな僕の頭に、ポン、と大きな手が乗せられる。こちらに来てからは剣を否応無く毎日振り、皮の厚くなった、固くて暖かな手。こっちでも向こうでも、僕をずっと育ててくれた慣れ親しんだ父の手。

 勇者と呼ばれ、ここまで何度も共に死線を潜ってきた父は、かつてない緊張に包まれているパーティに向かって、声をかけた。


「んじゃま、さっさと済ませて早く帰って風呂に入って、飯でも食って一息つきますか。魔王くらい、ちゃちゃーっとやっつけてさ。俺、いい加減風呂に入りたいのよね。大事なことだから二回いっとくけどさ」


 さらには、俺ちょっと今臭ってない? 汗くさい上に加齢臭がする勇者ってビジュアル的にヒドくない? なんて言っている。いつも通りの姿。そこには気負いもなく、焦りもない。その双肩に、世界の命運がかかっているなんておくびにも出さない姿。

 いつもと変わらない勇者の姿に、仲間たちが平静を取り戻していく。


「和之、お前はいつもみたいに、俺の後ろにちゃんとついてきてれば良いって」


 僕はその言葉に、安心感を覚えるのと同時、ほんの少しの嫉妬を覚えた。

 そして、父が髑髏の意匠の取っ手に手をかけ、運命の扉を開く。勇者に続き、仲間たちが続いて扉に呑まれるように奥へと進んでいった。

 竦んでいた足は、いつの間にか動くようになっていて、僕は遅れながらもその扉を潜った。

 そして、最後の戦いが始まる──


 ──という、夢を見たんだ。


 見慣れた天井を見つめ、僕はため息をつく。寝ている間に随分と汗をかいたらしく、張り付いたシャツが不快だった。

 体を起こし、着替えながら、僕は夢の内容を思い出していた。あの夢の続きは、正直な所よく覚えていない。ただ、確かなのは魔王は討伐され、仲間もぼろぼろになりながらも何とか無事に帰ってきたという事だ。

 

 それから、僕たちは別れ、仲間たちはそれぞれの道を進み始めた。

 そう。僕は僕の道を行く。

 着替え終わり、寝間着を片づけ、部屋を出て、下の階に降りる。まだ明かりが無く真っ暗なそこは、前世ではよく見る、喫茶店だった。

 明かりを付け、店を開ける準備を始める。店内を掃除し、食材やコーヒー豆の残量を確かめ、一つ頷く。

 店の外に出て、クローズと書かれた板を裏返し、オープンに差し替える。

 

 ようやくここまで来た。


 僕は、夢を見ていた時とは違う気持ちで店を見上げ、そう思った。

 お客様が来るまでは、もう少し時間がある。僕は店内に戻り、その時を待った。


 異世界に父と共に召還されて数年。勇者として力を授かった父と違い、僕は無能だった。異世界で生きられるだけの知恵はなく、異能もない。そんな僕を父は魔王討伐の旅に連れ出し、生きるだけの知恵と技術を俺に仕込みながら、魔王を討伐して見せた。

 父はいつも、僕に背中を見せてくれた。大きな背中を。だからかも知れない。魔王討伐の後、僕と父は、違う道を歩み始めた。僕はこの街で喫茶店の経営を。父は世界の旅を。

 喫茶店の経営は、打倒魔王の旅では何の役にも立たなかった僕の遅い独り立ちと、いつまでも子供扱いしてくる父への、ほんの小さな反抗。

 そして何より、故郷である地球に居たときから夢だった事への挑戦。

 この物語は、もう剣と魔法の大冒険が終わってからの物語。

 この世界に来た僕の、精一杯の挑戦と、スプーン一杯の冒険と、カップ一杯くらいの僕と僕を取り巻く仲間たちの物語。


 カランカラン。と扉に備え付けられた鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 今日一番最初のお客様に、僕はとびきりの笑顔を向ける。

 コーヒー喫茶「みそしる」今日も開店です。

空海です

友人とリレー形式で書くことになりました。

向こうから言い出したのに、なぜか一話目から担当することになって、感無量というか、なぜこうなった、という気持ちでいっぱいです


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