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白き街

 ゲームだとそこまで大きく思えない街でも、実際に一人の人物として見るとその規模はより大きく見える。


『ここが「白き街」か……』


 その名の通り袖の色がまだどの色にも染まっていない、「ホワイト」のアバターばかりだ。もちろん俺の袖も白であるからして、この街に見事溶け込むことができている。


「おお、最初の街がこんなに広かったとは、驚きだ。それに周りも皆「ホワイト」ばかりだ」


 それもう俺が最初に思った事だからね。反復しなくてもいいからね。


『それにしても……』


 この時点で周りを見渡して、この状況に適応できている人は見当たらない。


 それもそうだ、いきなりゲーム内の世界に飛ばされてさあ冒険開始だ、という訳にもいかない。


 いずれもが不安げな表情を浮かべ、誰しもが周りの者と口々にこの状況を憂う言葉を放っている。


「まずこの街でどうするべきか……」


 常套手段としては聞き込みによる情報収集だろう。それもPCではなくNPCに。


 この世界に来て多くの情報を持っているのは、俺達の様なよそ者ではなくこの世界にもともといる人だ。それも最初の街だ、チュートリアルがあれだけという訳では無かろう。


 それにゲームと序盤が一緒なら――


『……まずはこの街の長に、ここ最近の出来事でも訊いてみるか。そこからクエスト開始する可能性もあるし』


「そうだな」


 すんなりと受け入れてくれる点だけこの少女は扱いやすい……いやいや、命の恩人をそういうのはよくないぞジョージ……あれ? 俺の本名は――


『……そうだった』


 危ない危ない。この世界にすっかり溶け込みかけていた。俺の名前は湊川譲二だ。湊川家の二男であり、天才的な兄貴の背中を見て絶望し引きこもった屑人間だ。


「ん? どうかしたのか?」


『……何でもない。ただこの世界に早くも悪い意味でなじみかけていただけ。ミツキも、現実の事を忘れちゃいけないよ』


「ふーむ……たしかにそれは怖いな……よし! 私の本名を貴様にも覚えておいてもらおう! そして私が貴様の名前を覚えておけばよいだろう!」


 何を言ってんだこの人。個人情報だぞ? 教えるワケないじゃないか。まったく。


『自分で覚えておくといいよ。他人に早々と本名を教えちゃいけないよ。それはネットでの常識』


「だがこれはゲームであって、ゲームでないのだろう?」


 そうだとしてもだ。帰った後のことを考えていないのだろうか。


 辺りは皆現実世界の見た目とそっくりのアバターであるようだが、どうやら名前までは変更されていないらしい。


 それからすれば痛々しい名前の中年などがいてとてもいたたまれない。ネカマをしていた者などもう目も当てられない。

 

『普通の名前で良かった……』


「む! 男のくせに女の様な名前がいるようだが――」


『その人には触れてあげないで……』


 と、無駄話をしながらこの街の首長の家の前にまでやってきたのはいいものの、同じ考えの人がいっぱいいるのか人だかりも出来ていて何が起きているのかわからない。


「人が多いな……」


『同じ考えの人が多いんだと思う』


「それにしても人だかっている者は皆殺気立っているようだな」


 ここは街中である。街中では基本PKプレイヤーキルモードはOFFになっている。


 PKモードとは、同じPKモードのプレイヤー同士攻撃ができる。逆にOFFにしておけば一部の攻撃を除けばダメ―ジを受けずに済む。

 

 もちろん俺とミツキはOFFなっているが、人だかりの内一部のプレイヤーはそのPKモードがONになっていて、今にもバトルが始まりそうだ。

 

「どけよお前! 俺達が先に首長と話すんだぞ!」


「雑魚は引っ込んでろ! 我々のパーティに勝てると思うな!」


 うわー、最初の街でバトルするとかどんだけ状況を理解できていないんだよ。まだどこの国の所属にもついていないのに敵対関係になるとか、後々の事一切考えていないな、


「どうするんだ? 私達が訊こうにもこれでは……」


『仕方ない。先に装備とかをそろえるために街全体を周ろう』


 どうせ馬鹿同士つぶし合って疲弊するんだ。バトルするにしても後から乱入した方が楽だ。


 そう言って首長の家を後にして、まずは武器商店を見まわる。といってもミツキの装備をそろえなければ、初期装備では辛いものがある。


「いらっしゃい」


 戸をあけ中に入れば店長から声を掛けられる。それに無条件で身体がびくつくのが情けないが、ミツキはそれを見ても特に突っ込みを入れることは無かった。いい子だよこの子。


 さて、店内を見渡すと武器が飾り付けられてあり、それなりの品ぞろえをしている。俺が現在持つ鉄の剣よりもいいものもあるようだが、あと3レベルで侍にクラスチェンジできるからケチっても良かろう。


「これは……」


 強化グローブか。バンテージよりましだがまだ攻撃力が心もとない。もっといいものは無いものか。


「……」


 鉄爪てっそうか。強化グローブと同等の攻撃力だが装備することで構えが変わり、結果的にグローブよりダメージ効率が良くなるはずだ。


『これをつけてみたら?』


「これは?」


クローって武器種の武器だよ。構えも変わって攻撃効率が良くなるはずだからおススメ』


「ではこれにしよう。店長、これはいくらだ?」


 店長が提示した価格を見て、ミツキは顔を曇らせる。どうやら財布の中には満足できるほどの金貨は入っていないらしい。


 それにまだ初期のため交渉スキルを持っていない。よって値下げ交渉も出来ない。

 

「あと千ダラーも足りない……」


 仕方ない。


『残りを払おう』


「毎度あり!」


 俺が追加で出した金貨により無事買うことができた。


「ありがとう!」


『別にいいよ。これくらい』


 口ではそう言ったが財布の半分近くが消し飛んだんだ。こき使ってやるから安心しろ。


 まあ、冗談だが。序盤で手にはいる金などはしたものだ。ここで恩を売っておいて損は無いだろう。


 そうしていると視界の外から突如声を掛けられる。


「あ、あのっ!」


 振り返ればフードを深めに被った、恐らく魔導師ソーサラーと思われる人物に声を掛けられる。


「ん? 何か用か?」


「わたしっ、アヤっていいますっ! その二人が仲いいなって思って、もしかしたらパーティを組んでるのかなーって思って、それでわたし一人だから、他の人と組めないかなーって思って、それで――」


 典型的なテンパり方だ。俺の場合テンパってしまうと黙りこくってしまうが。それはまあ置いといて、女の人だから魔導師ソーサレスだったか。眼鏡をかけて顔を赤くして必死で話しているがそんなに緊張する事か?


『まあ落ち着いて。俺達は道すがら一緒になったんでパーティを組んでいたんだ。近接職二人だから魔導師の加入は歓迎するよ』


 そういうと目の前の少女は嬉しくなったのか首を何度も上下に振ってお礼を言う。


「あ、あいがとうございますっ! あっ、あのっ! 断れたらどうしようと思って、それでもし怒らえてしまったらどうしようと思って、それで――」


『もうそれはいいから』


 最初に噛んだのを必死で隠そうとしているようだが悪化しているぞ。まったく。


 パーティに少女を組みこみ(名前はアヤだったか)、アヤの装備欄を見させてもらうと、これまた初期装備のままの様である。


『杖も買うか……』


「それがですねっ、私おっちょこちょいなのかお財布を落としてしまってですね――」


 俺の財布の中身がちょうどゼロになった瞬間だった。綺麗さっぱり使い果たしたところでアヤがまた頭をぺこぺこと下げる。申し訳ないと思うならこれから先の戦闘で取りあえず活躍してもらおうじゃないの。


『これじゃあ防具を買えないな』


「ふむ、どうにかして稼がなければ――」


 これから先の金策を考えながら武器屋を出たところ……どうやら俺達は取り囲まれたようだ。


「ちょっといいですかー? その装備カッコいいですねー」


 無駄だ。PKモードはOFFに――


「すいませんっ! 騙してすいませんっ!」


 パーティ内に一人でもPKモードがONになっている者がいればパーティ全体がONになるという神仕様……クソゲーだこれ!


「大人しく装備を引き渡してくれませんかねぇ……」


 相手は六人のパーティ。しかも先ほどから脅しているハゲ頭はレベルが俺と互角。対してこちらは二人だけ。ぐぬぬ、万事休すか……。


「卑怯だぞ貴様ら! 情けなくないのか!」


 無駄な挑発は止めてください死んでしまいます。ほーら相手の方がお怒りになっていますじゃないですかー。


「てめぇ舐めた口利いてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!」


「やってみろ!」


 こうなっては仕方ない。足掻いてみるか。


 俺がそうして剣を抜いたところ――


「ごはぁっ!?」


 クリティカルヒット。これは不意打ちを食らわせたときにダメージが上昇する事を指す。そして今それが目の前で起こった。


 ハゲ頭領がむなしく倒れたところで、俺はパーティの後ろに立つ一人の男の姿を目撃する。


「……情けないな、ジョージ。この程度の人数に恐れをなすとは」


 そこにはかつて強敵として立ちふさがった、俺のライバルプレイヤーが立っていた。




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