後ろの女
初めて(それ)を見たのは3ヵ月ぐらい前かな。
今日みたいな夜に あの窓から街の夜景を眺めていたんだ。
この部屋からだと なかなか良い景色が見られるからね。
あの日も なんとなく窓の方を見ていたんだ。
ぼんやりと僕の顔が窓に映っていてね。それは別に不思議でも何でもないんだけど。
僕の後ろに誰かが立っているのが見えたんだよ。
部屋の奥から長い髪の女が じっと僕を見ているんだ。
ちょうど君が座っているソファの後ろ辺りだな。
おいおい、そんなに怖がるなよ。話は これからだよ。
振り返って見ると、もちろん誰もいないんだな。
その時は気のせいかとも思ったんだけどね。
その後は、窓を見ると必ずあの女が現れるようになったんだよ。
いや、窓を見なくても 時々後ろに気配を感じるんだ。
え? 嘘だって?
まだ君は信じていないのかい?
もう帰るって?
まだ、いいじゃないか。今日は二人にとって特別な夜なんだから。
いいだろ?
よし、じゃあ話を続けるよ。
その女ってのはさ、新藤真紀子だったんだよ。
そう、君の同僚だった あの子だよ。
彼女は3ヵ月ぐらい前から行方不明になっているんだよね。
僕も彼女とは知り合いだったから警察にもいろいろ聞かれたんだよ。
彼女に関しては男女関係の噂とかも全然無かったし、仕事上の問題も別に無かったから、警察もお手上げだったみたいだけどね。
なぜ彼女があの窓に映るんだと思う?
彼女は もう死んでいるんだ。君も そう思うだろ?
よく分からない? ああ、そう。
え? 気味悪くないかって?
まあ、普通に考えれば そうだろうなあ。
ん? 引っ越し?
確かに他の場所に移れば、この怪奇現象からは逃れられるかも知れないけど。
それは ちょっと事情があって出来ないんだ。
なぜかって?
実はね、君と付き合う前は真紀子が僕の恋人だったんだよ。
驚いたかい? 全然気付かなかったろ?
僕にとって恋愛とは二人の中で完結するものなんだ。
他人に認められることも祝福されることも必要ない。そんなことは何の意味も無い。
僕と真紀子は二人だけの世界で本当の愛を育んでいたんだ。
でも、些細なことから その想いにズレが生じてしまった。
別れようって言われたんだ。
そう、ちょうど今日の君みたいに。
そんな怖い顔して逃げようとしないでよ。どうせ、もう身体の自由はきかない筈だよ。
君が飲んだブランディーには、ちょっとした薬が入っていたんだ。
あの時と同じさ。
そんなに もがいても無駄だよ。せっかくの美人が台無しになるじゃないか。
あそこの白壁を見てごらん。あの中に真紀子がいるんだよ。
そんな声出すなよ。まあ、どんな大声でも隣の部屋には聞こえないけどね。
これで 僕がこの部屋から離れられない理由が分かったろ?
ああ、なぜ こんなに僕が愛しているのに君達は裏切るんだろう。
僕は君に本当の愛を見失ってほしくないんだよ。
いつまでも僕達は一緒にいるべきなんだ。
さあ、明日からは君も真紀子と共に僕を見つめてくれよ。