ローザ=アッハバーナ3
その日から2,3日は目の回る忙しさだった。
メンバーになってから只管戦い続ける日々だったから、誰かに指示していくという行動に慣れていないのもあったんだろうけど。
現在ギルドの支部がある地域には既に北にあるコボルト集落との共存を決定した事をその歳の住民に告げ。
護衛依頼等を出している商人達にも協力を要請した。
商人達は最初こそ困惑していたけれど、襲ってくるコボルトが居れば盗賊達と同様排除すると伝えたし、商売の出来る場所が増えて、前まで行けなかった未踏の地で手に入るかもしれないという物品に魅力を感じたのだろう、数日後には是非協力したいとほとんどの商人が言ってきてくれた。
そして、粗方人間側の理解を得て彼の居る集落へと出発できる事となった。
前回は西側から山を回り遠回りしたけれど、今回はカリブスから東北へと進んだ村を経由して向かう事が決定した。
今回は私の他にAランクのメンバーが1人とBランクのメンバーが3人着いて来る事になった。
Bランクの2人はコボルトとの共存と聞き、目を輝かせて喜んでいる所を見た事があったので賛成派の1人だと思う。
ただ、他の2人はあまり好印象を持っていないみたいで、向かっている道中武器の点検等していた。
今から警戒していれば、和解出来る物も出来なくなるかもしれないというのに……
白いコボルトの彼と別れて約半月が経ちようやく集落へと戻る事が出来た。
彼等も私達が来た事を知ったんだろう、数名のコボルトを従えて此方を出迎えてくれた。
表情はわからないけれど、何処か穏やかな感情を出しているのだと感じた。
「ようこそ、我が集落に」
彼がまずそう答えると、私についてきた他のメンバーが驚いていた。
賛成派の2人は感動したのか身体が震えているのが横目から見えた。
「参上が遅くなりすいませんでした、やはり一筋縄には中々いかないようでして……」
会議の時の国の使者や共存を良く思わないメンバー達の事を考えてそう答えると、彼は全て分っているかのように、クスリと笑ってくれた、其処に悪意は無く私の心に何かが心酔していくかのような錯覚を覚えて困惑した。それを他の人達に気付かれてはいないと思うけれど初めて感じる感情だけあって途惑ってしまう……
「そうですね、ああ…ここで話し合うのも悪いのでどうぞ集落へお入りくださイ。
お互い信頼しあう為にもそれなりの場というのも必要でしょうかラ」
彼の言葉に反対派の2人が不意打ちで襲ってくるのではないかと警戒したのだろう、腰に掛けている剣に手を掛けて警戒した。
思慮浅い人ならば襲うかもしれないが、彼等はそんな事をしないと思う。
万一彼等が私達を不意打ちで殺したとしても、それは人間との全面戦争となるから、彼等は私達に痛手を負わせる事は出来るかもしれないけれど勝てないだろうと思う。
それに、彼がそんな事をしないと信じられるのだから私は信じると決めてきたのだから。
集落の中に入り、周囲を観察してみる。
家の作り等は私達の居る場所よりは古いけれど、それでも100年前まで主流と言われていたぐらいの家屋の様式で始まりの村にいる様な感覚を覚える。
「穏やかな村なんですね」
私が答えると、彼は人間の私が見てもわかるぐらいの笑顔を浮かべて頷いた。
不覚にも見入ってしまったけれど、この兜をつけてる限りわからないだろうと思い、静かに心を落ち着かせる事にした。
反対派の2人は警戒を解いてはいないけれど、賛成派の2人は目をキラキラとさせて小さく歓声を上げたりしている、微笑ましく感じる。
そして、一際大きな建物へと案内されてその中へと入らせてもらう。
建物の中はよく彼等特有の獣の臭いが仄かにしたが、それよりも近くの平野で取ったと思われる花達の匂いに驚いた。
それは嗅いだ事のないとてもやさしい匂いでとても落ち着いた気分になる事が出来たから。
中央のテーブルに両種族の代表者達が席に着くと私は先日国の者に言われた言葉を思い出した。
『会議場でも仮面を取らない者の虚言ではございませんか?』
兜が彼等の信頼の邪魔となるのならば取った方がいいのではないか。
それと、彼に私の全てを知った上で信じてもらいたい。ただそう考えて口が自然と開いた。
「さて、話し合う前にこちらを取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
辺りを見渡しながらそう言うと、彼と左側に座っていたコボルトが何かを周囲に伝えると途惑っては居たけれど頷いた。
私と一緒に来たメンバー達も驚いていたけれど、とりあえず兜を取る事にしよう。
一つ一つを丁寧に、そして金具に髪が引っかからない様に注意を払って取っていく。
そして、兜を脱いで、彼に視線を向けると目を見開いて驚いた表情を浮かべていたのが見えた。
それは、さっきまでの穏やかな表情とは全く違って何処か可愛らしいという印象を受けて苦笑してしまった。
「では、改めて自己紹介させていただきます。
ローザ=アッハバーナと申します、現在メンバーでは3名居るSランクの1人をしています。
今回、このメンバーの代表となります。
では……他のメンバーの自己紹介もさせていただきます」
コボルト達に伝え、1人1人紹介していく。
左側に居る1匹のコボルトはたぶん先日話題になった人語を喋るコボルトなんだろうとわかった。
彼等の通訳を待ちながら紹介が終わると、白いコボルトの彼が申し訳なさそうに目尻を下げた表情を浮かべる。
なんというか、とても可愛らしい……抱きついては駄目だろうか。
「私達には名前の文化がありませン。
ただ、こちらが我が集落の族長をしているコボルトです、そして私は次期族長のコボルトでス」
彼がそう言うと、反対派の1人が小声で「やはりコボルトは名前もない野蛮人か」ともう1人の反対派に呟いているのが聞こえた。
ここが会議する場所でなければ切り捨てている所だ。
もしかしたら彼にも聞こえたのではと思い、そちらに向くと、申し訳なさそうに此方を見ている。
嗚呼だからそんな視線を送ると抱き締めたくなってしまう。
ああ、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「こちらの者が申し訳ありません……ただ、やはり此方側とすれば、少々呼び名がないというのは困る事かと思います」
反対派の態度に腹は立つけれど、名前が無いと言うのは不便に感じるので、この場だけでもそれを決めたかった。
それに彼を名前で呼びたかった。
白い彼と隣の若干年老いた様に見えるコボルトが何か喋っている、もどかしさに囃されてつい「どうしましたか?」と聞いてしまった。
「こちらも名前の文化を取り入れましょうと話し合っていました」
と彼は答えてくれた。
人間側の我侭だと言うのに嫌な顔一つせず真剣に取り合ってくれる彼は本当に素晴らしいと思う。
そして、コボルト達はワンやウォフと犬の様な声を出しながら喋っている、時折「ラフィ」や「キャプ……」等人間の言葉のような発声が聞こえるあたり名前なんだろうとわかる。
コボルトの言葉がわかるなら、このもどかしさは消えてくれるのだろうか。
程なくして、彼等の名前が聞こえたのか、私達に「お待たせしましタ」と答えて、紹介をしてくれた。
「長らくお待たせしてすいません、略称ではありますが、名前を決めさせていただきましタ。
メンバーの皆様から見ていただき、右手から、ブル、コリー、アキタ、ラフィ、キャプテン、セリーア、ジェバと名乗らせていただきまス」
彼──ラフィがそう答える、通訳していたコボルトはセリーアと言うらしい。
名前を聞く限り女性とわかる、見る限りラフィと仲が良さそうで胸のあたりがモヤモヤとする、この感情はなんだろうか?
今、それを考えても埒が明かないのはわかっているし、和解を少しでも進める為に話を進めようと思う。
「わかりました、急遽決めさせてしまってすいません。
では、本題に入らせていただきます。
まず、先日ラフィさんの言っていた、赤髪の姫と騎士の話ですが、貴方の仰ったアラフィル=アッハバーナという人物はアッハバーナ家には存在しないと言われています。
しかし、先代アッハバーナ家当主に確認を取った所、弟にその人物は確かに存在していると仰っておりました。
アラフィル=アッハバーナという人物を知る者は、本来ならば先代アッハバーナ家当主とそのご兄弟のみのはずです。
けれど、貴方はその事を知っていた……つまり、貴方は確かにアラフィル=アッハバーナという人物の記憶を受け継いでいるという事になる。
他の者はわかりませんが、私は信じるに価すると考えました」
そうラフィ達コボルトへ告げると、賛成派の2人は頷きあっている、彼等もこの話を信じてくれているんだろう。
「一つ質問をしてもいいでしょうカ?」
「はい、答えられる事なら何なりと」
「アラフィルとフェティーダの旅は何故そんなに有名になったのですカ?
考えるにアラフィル達が死んでからそんなに時間は経ってないと思いますガ」
彼が死んだ後、どういう経緯で有名になったのかは知らないという事なんだろう。
「ええ、確かに赤髪の姫が無くなったのは数十年前です、しかし…彼の旅路を歌う吟遊詩人が居まして。
その吟遊詩人が旅をしながら、騎士と姫の軌跡を歌いだし、その物語は広がりました。
当時のカリブス国王の手により、吟遊詩人は既に居ませんが、彼が歌った物語は数多くの吟遊詩人を産み、赤髪の姫と騎士の物語はカリブス王国だけでなく、現在人間が住む全ての土地で歌われる程にまでなりました」
「その吟遊詩人の名前ハ?」
「ええ、とても有名な人物ですから。
名はマギィ、マギィ=レンバルトと言う人物です」
ラフィはその名前を聞いて何か考え込んでいると、心当たりがあったのだろう、何処か嬉しそうな表情を浮かべて頷いていた。
「ラフィさんの言葉を私は信頼しました」
口に出すまでもないのだけれど、この言葉は彼にではなく他のコボルトや周りのメンバーへ向けての言葉。
「さて、話を戻しますが、全メンバーは本日の会議を持ってコボルトとの和解をする事になりました。
今後は全メンバーは全コボルトとの戦闘行為を極力行わず、またコボルトの集落に移住したい者は移住させるという方針になりましたが、コボルトの皆様はその辺の事は大丈夫ですか?」
「ああ、移住の件も構わない、当分はコボルトの警戒心も強いままだと思うが、暴力沙汰等は起こさせない、起きた場合は厳重な罪として扱おウ」
「ありがとうございます、ただ……国としては、異種との和解は認めないの一点張りで……」
国の使者の者達の顔が浮かぶ、それだけであの時の腹立たしさが浮かんでくる思いがした。
「王国の方針に対して、ギルドの対応ハ?」
「ギルドの方針はコボルトとの和解です、コボルトの皆様がよろしければ、ギルドの支部を集落の中に置かせていただきたいのですが」
「俺は構いませン」
ラフィは即答で頷いてくれて、それに続いて通訳をしていると思われるセリーアと他のコボルトも続いて頷いてくれた。
「では、ギルド支部の建築ですが、10日後ここから南の村より建築の職人と、Sランクメンバーが1人とBランクメンバーが4人来る予定です」
「わかりました、何か他に決める事等はありますカ?」
彼の言葉に少し考え込み、今日から何処で寝るかを決める事を忘れていた事を思い出した。
何故そんな事を忘れていたのだろうか私は……
「そうですね……今日より10日間、私と残り2名が集落に泊まりたいのですが」
たぶん賛成派の2人はここでの生活を知りたいと思っていると感じた。
彼等に視線を向けると、こちらを見ているが其処に嫌悪感等の悪感情はなさそうに感じた。
「わかりました、族長の家か私の家に3人泊まれますので、そちらでご相談ください」
その場の全員がラフィの言葉で頷きあい、解散する事となった。
外に出て、他のメンバーと誰が泊まるかを決める事になる。
といっても、話し合う程拗れる事もないのだけれど。
「ローザ様! ありがとうございます!!」
「俺……コボルトと叩くの辛くて……見てるとウチの犬が浮かぶんです。
彼等と和解できて本当によかった……」
彼等は嬉しそうに笑顔を浮かべていた、私も彼等と同じで嬉しかったので無意識に笑顔が浮かんでいた。
「それで、私と彼等2人がコボルト集落に滞在でいいかな?」
「ええ、構いません。 では私はギルドマスターへと伝える事がありますので、これで」
「ああ、道中気をつけて、間違っても嘘の報告はするなよ」
「ッ…! わかっております」
反対派だった2人はその日のうちにギルド本部へと戻っていった、何も問題が起きなければいいのだけれど。
他の2人はコボルトの族長らしい人の家へと泊まる事になり。
私は是非ともラフィの所で滞在したいと希望を出した。
出来る事ならば一緒に居たいと思ってしまった。
人間とコボルトでは結婚等出来ないかもしれないけれど、今の感情に嘘をつきたくなかったから。
その道中、ラフィと両種族について話をしていた。
「確かに、人間とコボルトの生活はそこまで変わらないのでしょウ。
私達は人間の生活を模倣して生きてきましたかラ」
「なるほど……しかし、この集落の形はすごいとしか言えませんね。
要塞都市ケファラスに告ぐ堅牢さではないでしょうか」
そう、街の中の建物事態は昔の建物の印象を受けたけれど、案内してもらった場所は何処も素晴らしい技術が使われていた。
カリブス国にもない技術。
深い堀はそれだけで攻める人間の心を折る、あれだけで攻めたくないと思わせる作りだと思った。
そして、聞くに更にそこには水を敷き詰めて侵入を更に難しくする予定だと言うのだから驚きに驚きを重ねてしまって、ラフィに笑われてしまった……恥ずかしい。
「ええ、人間が攻めてきた時に少しでも抵抗できるようにと、皆で考え作りましたかラ。
ただそれが無駄になったので、内心安心していまス」
「安…心……ですか?」
「コボルトは人間には勝てませんかラ。
結局は徹底抗戦をしても滅びるだけだったでしょウ」
彼はわかっていたんだ。
人間と全面戦争になったらどうなったか、そしてお互いの繁栄を願った。
「……そうですね、人間も多くの被害が出なくて良かったと思います。
それに、私達人間はコボルトとも生きていけるとわかりましたから」
彼が居るのならば、人間とコボルトは共に生きていける、私はそう感じた。