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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

初期掌編

戒光

作者: 高槻全壱
掲載日:2026/08/12

パンドラの箱。

それは開いてはいけない。中に何が入っているのか判らないが、開いてはいけないのだ。

日本で言うと[知らぬが仏]ってことだろうか。知らなければよかったことなど、この世には蔓延しているが、その中で最も知らなければよかったことが入っているのだろう。俺にとってその箱はまさに、このダンボール箱だ。


この箱を送ってきたのはキミコ、つまり俺の妻だった。正確にはもう妻とは呼べないのかもしれないが、婚姻届が有効になっている以上、キミコは私の妻なのだ。


一年程前に、キミコは家を出て行った。原因は俺にある。妻の居なくなる二週間前に、俺は自分の手で一人息子のヨシマサを殺してしまった……。


一生掛かっても償いきれない業を背負ってしまった。重要な商談の前祝いだと前日飲みすぎた俺は、翌朝ギリギリになって起きた。絶対に遅刻は出来なかった。何故なら俺が立ち上げた会社の命運が、その商談に懸かっていたからだ。飲み過ぎたことを後悔しながらスーツに着替え、キミコが何か言っていたが、慌てていた俺は車に飛び乗り発進した。車体が浮き上がったような感覚の後、胡桃の殻、或いは、貝殻を潰したような音が鳴り響いた。


俺は咄嗟に湧き上がった恐怖を否定した。

(違う違う絶対に違う違う違う違う犬かネコだ絶対そうだ)


キミコの狂ったような悲鳴が響いた。俺は車から降りた。


ピチャッ


水の音、いや……

足元を見ると、コンクリートに真っ赤な真っ赤な水が溜まってきていた。まるでそこに源泉があるかのように。


呆然と立ち尽くしていた俺を、キミコが殴りつけてきた。

『ああああああああああああああ』


ふと我に返り、車の下を覗き込んだ。

まだピクピク痙攣している胴体の頭の部分には、大きな大きな潰れてグチャグチャになったザクロがあった。まさしくそれはヨシマサだった。俺は気が遠くなるのを必死に堪えてヨシマサを引き摺り出した。


泣きながら名前を叫んだが、もうヨシマサが帰ってくることはない。

キミコは近くに置いてあった、車用のスポンジを使って血を集め始めた。

『元に戻すの。モトニ戻すの。モトニモドスノ』


脳漿が流れ出し、露になった脳味噌に集めた血を滴り落とし始めたが、俺にはもう何もできなかった。


それから、会社は倒産しキミコはイカレちまった。俺は何とか気をしっかり持たせようと努力したが、一向に良くなる気配はなく、とうとう妻は『ヨシマサガヨンデルノ』と置き手紙を残し行方不明になってしまった。


それから一年が経った今日、妻から荷物が届いた。

ダンボール箱には〈ヨシマサ〉とマジックで大きく書かれていた。妻が正気を取り戻し、息子を殺してしまった俺に復讐するために、こんなものを送りつけてきたんだろう。


箱の中からは、モゾモゾ蠢くような音がする。気味の悪くなった俺は、とりあえず箱を押入れに仕舞い、そのまま置いていた。一週間ほど経ち箱の存在を忘れかけた頃、部屋に異臭が漂うようになった。俺は原因を調べるため生ものなどをチェックしてみたが、どれも腐っていることはなかった。もしや、と思い押入れを開くと、キミコから届いた箱からものすごい異臭が漂ってきていた。


俺は覚悟を決めて箱を開けた。


とてもじゃないが受け入れられない。中に入っていたのは[胎児]だ。

ドロドロな腐汁の中に蹲っている小さな骨。


そう、あの時キミコのお腹には第二子が宿っていた。ヨシマサの弟になるはずの子が……。

そして、この箱をすぐにでも開けていれば、もしかしたら……。


ハッハッハッハッハッハ


もうどうでもいい。俺もお前達二人のところに行くよ。

ガス栓を全開にして部屋に充満させた。もう思い残すことはない。


ライターで火を付けると同時に、激烈な閃光が部屋を覆いつくした。

2010/1

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