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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

機嫌よく和に踏み入る

掲載日:2026/06/19

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 八方美人。これ、個人的には理想的なものでも集団からみたら厄介なものだと思いませんか、先輩?

 個人の情緒的には、なるべく誰も傷つかず、それによって自分も傷つきたくない。だからはっきりとは選ばず良い顔ばかりして、いい具合におさめたい……てところでしょうか。

 しかし、良い顔される側にとっては、複雑な感じですよねえ。

 好感度で表したら、全員に対して最高の100ということは、全員に対して0というのと何が違うのかといった印象です。

 そのときどきのアドリブで敵になるか味方になるか、はたまたかかわりたくないと距離を置かれるか。あてにして考えるのが難しい。


 こうなると危ない感じが勝ります。たとえ今は味方でも、一秒先では敵になるかもしれません。

 怖いですよね。最終的に表面的なつきあいにとどめるのがベターになるんじゃないかと。

 この手のどっちつかず、綱渡りめいた状況。前者の言葉だと不誠実さがにじみますが、後者の言葉だと危うさが見えるでしょう。本来、どちらも避けたほうが自分の身はまだ安全だというのに、つい心は目指してしまう。

 なにかと、差があるならば均等・調和を目指して動いてしまう自然の摂理の一部でしょうか? それとも、ずっと確かな安全を感じる機会を読み取っているのでしょうか?

 人間関係のバランスほどディープじゃないですけれど、私もむかしにバランスをめぐって少し不思議な体験をしたんです。よかったら、聞いてみませんか?



 小さいころ、積み木やブロックを利用した知的学習を行った人は多いんじゃないでしょうか。私も家にあった積み木でよく遊んだものですが、とりわけきわどいバランスを攻める組み立てが好きだったんです。

 ぐらつきをあえておさえず、ひたすら髙みを目指していく。いつまでもつか、いつ崩れてしまうか、そのせめぎ合いを眺めて調整することに心を惹かれてしまったんですね。

 わざと壊すことには快楽を覚えませんでした。壊れそうになっているものが、意図的か偶発的か、ぎりぎりで形を保とうと頑張っている。その姿を見るのが心地いいといいますか。


 ――それ、人間関係だとめちゃ危ないヤツだろ?


 いえ、リアルの人間関係だとそこらへんの細かいところ分からないじゃないですか。

 創作ならすべての事情を表から裏まで知られますし、どうにかかわいくけなげに踏ん張っていることを理解できます。そこがいいんですね。

 どこまでも積み重ねるもよし。耐えきれずに崩れてしまうのもまたよし。結果がどこまでも見えないのもよし。

 これが愉悦というものでしょうか。


 そのような私なので、クラスのみんなが曲芸じみた遊びをやり始めたとき、ブームで真っ先に乗ってしまったのですよ。

 手のひらへ、棒などを立てるバランスゲーム。先輩もやったことはありませんか?

 小学校の私のクラスだと、一時期大流行りだったんですよ。小さいものは鉛筆やシャープペンシルから。大きいものだとバットとか書写の授業で使う新聞紙を丸めたものまでですかね。

 休み時間になると、希望者はそれらを手に集まりまして。誰が長い時間、バランスを保つことができるかと競争することしばしばだったんです。これは私にとって興味深い過ごし方でしたよ。


 競争するとき、手のひらへおさめる長さ太さは可能な限り統一し、いっせいにスタートします。

 いや~、人間やはり負けたくない感がありますからねえ。開始時にはきっかり開いていた手が、立てているものが倒れそうになると、ちまちますぼまっていく。

 平地がどんどん谷になり、ブツの先端を引き込もうとしているんですね。たいした自然災害だと思いません?

 私としてはあまり美しくないですね。

 土台は用意しますし、材料と形状は整えますが、そこから先の決まりごとを超えた過干渉は現象の私物化。ハッピーエンド中毒者によるご都合展開、デウス・エクス・マキナもどきにすぎません。

 そこまでして敗北した日なんかはもう、普通に負けたときよりずっとみじめになりますよ。手はつくしながらも見苦しくない範囲で、すぱっと運命を受け入れたいものです。


 私も当初は何度も無様をさらしたものですが、そのうち彼らのバランスというものが読みとれてきましてね。

 手のひらはそのまま、指定されたサークルの範囲内でなら移動を許すという決まりごとのもと、クラスのトップクラスまでのぼりつめたんですよ。このバランスゲームの。

 そしてもうひとり、私に比肩しうるクラスメートがいました。彼女も女の子でして、ショートカットで小柄な私に対し、彼女はロングヘアに長身のスタイル良しとまるで対称的。

 勝負となれば8割がた、私と彼女の一騎打ちになるので、ここまで来たらナンバーワンを決めようという雰囲気。ある日の休み時間に、いよいよタイマン劇場が整ってしまったのですよ。


 私としては、勝敗は時の運という派閥ですから勝ち負けそのものにこだわりはありません。むしろ、その結果によって調和が乱れる原因となるほうが心苦しかったですよ。

 そうなるくらいなら、別に不戦敗でも構わないんですが……という日和見タイプ。

 対する彼女は白黒つけるのが大好きでしたね。自分が上、という決着で。

 何事も自分がトップでなくては気に入りませんが、そのためには愚直なまでの労を惜しみません。好きも嫌いも両極端に分かれそうな、カリスマヒロイン系です。

 ヘタに加減すると「手を抜いて、私に屈辱を与えた!」とか言ってきて、めんどくさく絡んでくるタイプでもあります。

 苦手ですねえ。「そんなに自分の世界が好きなら、自分で勝手にやってろ。巻き込むな」といってやりたいところでした。

 が、これは多数の総意によって設けられた勝負の場。たとえぐらつこうと、バランス重視な私としては断る不和より、受けることによる和を選んだわけです。


「準備はいいですか?」


 机がかたされ、空間の広がった教室後ろの空間。間隔をおいて、テープが張られて設けられた二つのサークルに、私と彼女がそれぞれ立ちます。

 手のひらには丸めて棒状にした新聞紙。これを手のひらの上へ保持し続け、先に倒したほうが負けと。

 合図の前からも、彼女はこちらへしきりにガンを飛ばしてきます。「手を抜いたらタダじゃすまさん」と雄弁に物語っていました。

「はいはい、わかったわかった」と口に出さずに、食傷気味アピールな視線を返してやります。大勢の前なのです、彼女とて見苦しいマネはしないと期待するよりありませんでした。


「ええ」

「あいよ、いつでも」


 きっぱり彼女と、だるそう私。二人合わせてバランスとります。


 そこからの、動かない白熱ぶりを長々語っても仕方ないでしょう。なぜ、この話をすることにしたかの核心こそ、先輩は知りたいでしょうし。

 というわけで最終局面。

 休み時間も残りわずかでしたが、私たち二人も新聞紙も、不動を保ち続けていました。

 今日はけっこうコンディションがいい。私はそう勘づいていました。

 私自身のバランスのみならず、まわりの空気などがこの新聞紙棒を立たせようとしている。そのような気配を感じていたんです。

 端的に申し上げるなら、風、揺れ、声といった妨げる要素が皆無、というところで。あとは私たちの姿勢や力の調整にかかっているわけです。

 彼女もそれを感じ取っていたんじゃないでしょうか。残り時間も少なく、チャイムが鳴ればその時点で強制的に引き分けです。力を尽くし、その結果であるならば悪くない……と思いました。まあ、あとで彼女がまた何かいうかもですが。

 そう考えていた矢先。


 ふと、立てた棒状の新聞紙の先端が汚れたように思えたんです。もっと厳密には、色の濃いおはぎが新聞紙へ乗っかったかのごとく。

 そこから見えていた、教室の向こうの壁に貼られた給食献立表がたちまち隠されました。そしておはぎからは、ぬっと顔を出してくるものがあります。

 銀色の刃。10センチほどあるそれは、分解した裁ちばさみの片刃のような形状をしていましたよ。持ち手より先はおはぎに隠れたまま、刃はだしぬけに斬り下ろされます。


「あ!」


 声をあげて棒を放り出しちゃいましたよ。彼女もどうやら同じタイミングだったらしく、囲んで見ていた他のクラスメートにも動揺の声が走りました。

 もっとも、私と同じおはぎと刃が見えていたのは、競っていた彼女だけみたいでしたがね。みんなは真っ二つに切り裂かれた私たちの新聞紙の棒を見て、目を丸くしていましたよ。

 手ばなしたときには、根元までもう数ミリというところ。ちょっと遅れていたら、私たちの手のひらもスパァン! といっていたかもしれません。


 このことがあってから、例のバランスゲームはめっきり下火になりました。

 彼女も一緒に危ない目に遭ったことで、多少はトップへの執着も和らいだようです。頂点に立つとリスクにさらされる覚悟もできなくてはならない、と。

 私としてはクラスが落ち着きを取り戻し、これもまたよしといったところです。まあ、彼女がケガ人としてもナンバーワンになって、絶望顔するところを愉悦したい……なんて気があったのも確かですが。

 あれだけバランスが取れていると、「お他所」のものも、ついついご機嫌で姿を見せちゃうこともあるんですかね?

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