第8話:脳死的謝罪生活
――目が覚めた。
瞼を開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、青空だった。
雲がゆっくり流れている。風の音も、さっきまでと変わらない。
(……あれ?)
身体を起こす。多少の痛みはあるが、意識を失うほどのダメージではなかったらしい。
周囲を見渡して、すぐに気づいた。気絶してから、ほとんど時間が経っていない。
土煙はまだ完全に収まっていないし、抉れた地面も崩れたばかりのままだ。何より――。
「……なんでこんな人いんの?」
自分を取り囲むように、ものすごい数の野次馬がいた。冒険者らしき連中、街の住人、なぜか御者まで混ざっている。全員が、自分と、その横に広がる峡谷を交互に見ていた。
居心地が、最悪だった。
(いや、そりゃそうなるか……)
自分でも意味が分からない。殴ったら地形が変わったのだから。
どうしたものかと考えていると、人垣が少し割れた。
「えと、あの……」
恐る恐る、といった声。振り向くと、見覚えのある制服姿の女性が立っていた。手には書類の束。さっきギルドで書いた、あの登録用紙だった。
「申し訳ないですが……三浦 京さん、ですよね?」
本名を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「あぁ、はい」
反射的に返事をした。社畜時代の習性というのは恐ろしい。
その受付嬢の後ろには、もう一人――あの、やる気ゼロだったエルフの受付嬢も立っていた。相変わらず気怠そうな顔だが、どこか気まずそうでもある。
そして。沈黙が訪れた。
受付嬢は何か言おうとして、やめる。自分も何を言えばいいのか分からない。
ちら、と互いに視線が逸れる。
峡谷を見る。
また逸らす。
もう一度峡谷を見る。
(いやこれ俺のせいなんだよな……)
(どう切り出せばいいんですかこれ……)
誰も口を開けないまま、妙に長い時間だけが過ぎていく。周囲の野次馬たちも、なぜか固唾をのんで見守っていた。
耐えきれなくなったのか、後ろにいたダウナー受付嬢が、小さく手を挙げた。
「あの」
全員の視線が集まる。彼女は少しだけ目を泳がせてから、いつもの気の抜けた調子で言った。
「……もう一度、測定いいですか?」
人垣に囲まれたまま、半ば流されるようにその場を離れることになった。
ざわざわとした視線とひそひそ声が、背中にまとわりついて離れない。
自分のことを見ているのだと分かっていても、実感はどこか薄かった。
――ちゃん……
かすれた声が後ろから届く。
――あんちゃん!!
はっとして振り返ると、この街まで馬車で送ってくれた、あの日に焼けた中年の御者がいた。
腕を組み、にやにやとした顔でこちらを見ている。
「いやぁ、とんでもねぇ力持ってんじゃねぇか」
「……え?」
あまりにも軽い調子で言われ、思わず間の抜けた声が出た。
「隠さなくていいって。流れ人ってのはよ、だいたい滅茶苦茶な力持ってるもんだ。珍しくもねぇさ」
そう言って肩をすくめる御者に、逆にこちらが困惑する。
(……流れ人、ってそんな扱いなのか?)
自分の身に起きていることすら理解できていないのに、周囲は妙に納得している。
その温度差が、現実感をますます曖昧にした。
「にしても、あの有様どうしたんだ? 地面えぐれてたぞ」
「ああ……イノシシ型の魔物に、群れで襲われて……」
そこまで言って、ふと気づく。
(……あれ?)
本来なら、複雑骨折して立つことすらできないはずの身体。
さっきまで確かに、激痛で意識も飛びかけていた。
なのに今、自分は普通に歩いている。
足も動く。
呼吸も乱れていない。
むしろ、妙に軽い。
(なんだこれ……)
違和感だけが残り、理由がまったく分からない。
考えようとして――やめた。
(……もういい。疲れた)
頭も身体も、限界だった。
理解は後回し。
今はただ、流れに身を任せるしかない。
そうこうしているうちに、一行はそのままギルドへと到着した。
ギルドの中でしばらく待たされた。
奥の方では、先輩受付嬢がダウナー受付嬢に小声――いや、まったく小声になっていない声量で何かをまくしたてている。
「だから! それを先に――!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ダウナー受付嬢は半泣きのまま、ばたばたとどこかへ走っていった。
(……めちゃくちゃ怒られてるな)
若干同情しつつ様子を見ていると、先輩受付嬢がすぐにこちらへ戻ってきた。さっきまでの剣幕が嘘のように、営業用の笑顔になっている。
「すいません、もう少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。いいですよ」
そう答えた瞬間だった。
周囲にいた冒険者たちが、待ってましたと言わんばかりに一斉にこちらへ顔を向けてくる。
「兄ちゃん流れ人なんだろ?」
「どこから来たんだ?」
「向こうの世界ってやっぱ平和なのか?」
「魔法ってそっちに無いって本当か?」
「飯は? 文化は? 強くなる理由ってやっぱ特別な加護か?」
――テンプレート化された質問の嵐。
どうやら流れ人自体は珍しくないらしく、聞く内容がある程度決まっているようだった。
だが、数が多すぎた。
一人が聞き終わる前に次の質問が飛んでくる。
「いや、ちょっと待っ――」
「その服って元の世界のか?」
「さっきのアレどうやったんだ!?」
答える暇がまったくない。
完全に質問に飲み込まれていた、その時。
「はいはい、そこまでです!」
先輩受付嬢が割って入ってきた。
手には、小さな革袋が握られている。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬になります」
そう言って差し出された袋は、ずしりとした重みがあった。
中を見ると、銀貨が二十枚。
「え、これ……?」
「本来、三浦様が受けられるのは星二つまでの依頼です。ですが、今回お持ちいただいた依頼書が――」
気づけば、あの六芒星が一つ記された依頼書が、いつの間にか彼女の手にあった。
「こちらの確認不足……主に担当者の不手際ではあるのですが、正式に達成扱いとさせていただきます。ただし、次回からは規定ランク内の依頼でお願いいたします」
深々と頭を下げられる。
「測定については、明日になると思いますが……改めて対応させていただきます。本日はご迷惑をおかけしました」
「分かりました」
報酬の重みを手に感じながら、ようやく少し実感が湧いてきた。
――生き延びた。
しかも、金まで手に入った。
そこでふと思い出し、こちらから尋ねる。
「あの、この世界のこと、まだよく分かってなくて……色々教えてもらえたりしますか?」
その言葉に、先輩受付嬢は少し考え、
「でしたら、ギルド附属の宿をご利用ください。不手際のお詫びも兼ねて、本日は無料でお使いいただけます」
「……無料?」
「はい。夕食と朝食も付きます」
(神か?)
思わずそう思った。
ついさっきまで、森で魔物に轢かれて死にかけていたのに。
今はもう、屋根と飯が保証されている。
とりあえず――
今日の食と住を確保できた。
それだけで、十分すぎるほど安心だった。
冒険者ランクと受注可能依頼
【Fランク(新人)】
受注可能:★(通常星)2つまで
内容:雑用・薬草採取・軽作業・安全圏の依頼のみ
危険度の高い討伐依頼は禁止
【Eランク】
受注可能:★ 3つまで
簡単な魔物討伐、護衛補助などが解禁
【Dランク】
受注可能:★ 4つまで
単独での実戦行動が前提になるランク
小規模討伐・調査任務など
【Cランク】
受注可能:★ 5つまで
一人前扱い
危険地帯の任務にも参加可能
■ 特殊依頼(六芒星依頼)
通常の★とは別格扱いの高難度カテゴリー。
◆ 六芒星 ★1(特殊危険任務)
Cランク3人以上で受注可能
内容:強力な魔物討伐・異常災害対応など
「最低でも熟練者パーティ前提」
◆ 六芒星 ★1 を単独受注可能
Bランク以上
この時点で「上級冒険者」扱い
◆ 六芒星 ★2(準国家級任務)
Aランク5人以上で受注可能
内容:災害級魔物・軍事案件・領地防衛など
ギルド本部承認が必要なレベル




