第6話:拳で
スクリーンの数字が0になった瞬間。
映画館が、音もなく崩れ始めた。
椅子が砂のようにほどけ、
壁が紙のように裂け、
天井が、光の粒となって消えていく。
映し出されていた過去も、
思い出も、
黒歴史も。
全部が、形を失って崩れていった。
残ったのは――暗転。
次の瞬間、視界が戻る。
泥の匂い。
鉄の味。
肺を潰すような痛み。
現実だった。
目の前では、また一体。
イノシシ型の魔物が、地面を砕きながら突進の体勢に入っている。
これが当たれば、
今度こそ終わる。
理解できた。
だから――
「もちろん俺は抵抗するで....」
声は驚くほど掠れていた。
ぬかるんだ地面に沈み込んだ足に、
力を込める。
折れていないかどうかも分からない脚を、
無理やり、わずかに前へずらす。
踏み込む。
たったそれだけの動作なのに、
全身の筋肉が悲鳴を上げた。
「……くっ!!」
痛みで視界が白く弾ける。
それでも、止めなかった。
激突まで、あと数秒。
右手と左手の拳を――
思い切り、合わせる。
『 拳 で 』
右手を振り下ろした。
その瞬間。
拳が触れるより先に、
空間そのものが歪んだ。
魔物の巨体が、
殴打を受けたのではなく、
存在の輪郭から崩れた。
硬質化した皮膚も、
岩のような骨格も、
暴力的な質量も。
すべてが、一瞬遅れて理解したかのように――
内側からほどけ、消失した。
衝突音は、なかった。
代わりに発生したのは、
圧縮されすぎた空気が解放される、乾いた破裂音。
刹那。
遅れて解き放たれた風が、
爆ぜた。
地表の草が根こそぎ剥がれ、
土がめくれ上がり、
周囲にいた魔物たちの巨体が、
紙片のように空中へ弾き飛ばされる。
それは「吹き飛んだ」というより、
衝撃の通り道から存在を削り取られたような消失だった。
風圧は止まらない。
一直線に走り抜け、
原っぱだった大地を、
まるで巨大な刃物で抉ったかのように切り裂いていく。
表土が剥離し、
地層が露出し、
岩盤が遅れて悲鳴のように砕けた。
抉られた地面はそのまま下方へと引きずられ、
崩落と巻き込みを連鎖させながら、
縦に、深く、深く裂けていく。
やがてそれは、
自然の地形ではあり得ないほど直線的な断面を持つ――
峡谷となって止まった。
遅れて、風が吹いた。
何もかもが消えた後の空間を、
確かめるように通り過ぎていく風だった。
俺は、その場に立ったまま。
「……は?」
自分が何をしたのか、
理解できていなかった。




