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第2話:この世界では、それが当たり前らしい

山を下り、未舗装の山道がやがて石畳の街道へと変わった頃。

 背後から聞こえた蹄の音に振り返ると、荷台を引いた馬車が止まった。


「おーい、大丈夫か兄ちゃん。こんなとこ歩いてたら日が暮れちまうぞ」


 日に焼けた中年の御者が、手綱を軽く引きながらこちらを見下ろしている。

 周囲を見回す。

 見渡す限りの草原。電線も、標識も、ガードレールもない街道。


「……ここ、どこですか」

「どこって、王都街道の南へと続く道だが?」


 聞いたことのない単語だった。王都。街道。

 頭の中で意味を整理しようとするが、うまく噛み合わない。


「乗ってけ。歩きじゃ三日はかかるぞ」


 差し出された手を、少しだけ見てから掴んだ。

 馬車が動き出す。車輪が石を踏むたび、規則的に揺れた。


「旅人か? にしちゃ装備が妙だな。剣も持ってねえし」

「……旅人じゃないです」

「じゃあ商人……でもなさそうだなあ」


 御者は首をかしげる。

 こちらも、何と答えればいいのか分からなかった。代わりに、遠くの景色を見る。

 丘の向こうに、石造りの塔が見えた。さらにその先には、城壁のようなものまで見える。


「あれが、グランセルの外郭だ。見えてきただろ?」

「……城?」

「おうよ。王様がいるとこだ」


 しばらく沈黙が続いた。御者がちらりとこちらを見る。


「……兄ちゃん、もしかして田舎育ちか? 王都知らねえって相当だぞ」

「いえ」


 少し考えてから言った。


「そもそも、王様がいる国に来た覚えがないです」

「は?」


 御者が手綱を引きかけて、慌てて戻した。


「来た覚えがないって、お前――」

「今朝までは、別の場所にいました」

「どこだ?」

「……説明が難しいです」


 御者はしばらく黙っていたが、やがて観念したように笑った。


「……あー、なるほどな。たまにいるんだよ。気づいたら知らねえ場所にいた、とか、森の中で目ぇ覚ました、とか。服装がこの辺じゃ見ねえ形だ、とか」


 御者は、こちらのスーツを指差した。


「だいたいそういう()()()は、最初みんな同じ顔する」

「どんな顔ですか」

「いや、それがな――」


 御者は言いかけて、言葉を止めた。しばらく考え込む。


「……まあいい。気にすんな。腹減ってるか?」


 差し出された干し肉を受け取る。塩気が強かった。保存食の味だった。


「この世界じゃな、魔物も出るし、国もいくつもある。貨幣は共通銀貨が基本。読み書きできるなら仕事は見つかるし、王都行きゃ冒険者組合もある」


 淡々と説明が続く。知らない単語ばかりだった。魔物。組合。銀貨。

 一つひとつ理解しようとするたび、現実感が遠のいていく。


「……信じてねえ顔だな」

「信じてます」


 即答だった。御者が目を丸くする。


「いや絶対信じてねえだろ」

「いえ」


 もう一度、遠くの城壁を見る。石でできた巨大な壁。門の前を行き交う馬車。鎧を着た人間。

 どう見ても、元いた場所ではなかった。


「状況は理解しました」

「理解が早すぎて逆に怖えよ」


 馬車は速度を上げ、王都へと続く道を進んでいく。

 風が、知らない匂いを運んできた。

 ここがどこなのかは、もう分かっている。分かってしまっている。


 ただ、それをどう受け止めればいいのかまでは、まだ決められなかった。


巨大な石造りの城壁を見上げながら、俺は一つの結論に達した。


 どうやら、本当に異世界に来たらしい。

 だが、震えるような感動も、溢れ出す冒険心もなかった。

 それよりも、頭の中にあるのはもっと現実的で、差し迫った問題だ。


所持金:ゼロ


身分証明:なし


住む場所:なし


この世界の常識:一切不明


 前の世界での生活も詰んでいたが、今の状況も別の意味で終わっている。

 一歩間違えれば野垂れ死ぬ。この過剰なレベルとやらが、空腹を癒やしてくれるわけではないのだ。


「おい、そこの。止まれ。身分証の提示を」


 門を潜ろうとしたところで、槍を構えた衛兵に遮られた。

 当然だ。身分証なんて、元いた世界の運転免許証(財布ごとどこかへ消えた)くらいしか持っていない。

 衛兵の目は、スーツ姿の俺を不審者として完全にロックしている。


「……持ってないです」


「なんだと?」


 衛兵の眉間に皺が寄った。面倒なことになりそうだと身構えたとき、背後から御者の声が飛んだ。


「待て待て、旦那。こいつは“流れ人”だ。さっき街道で拾ったんだよ」


 衛兵は俺の服装をまじまじと見てから、納得したように鼻を鳴らした。


「……またか。最近多いな。おい、そこの石板に手を置け。犯罪歴がなけりゃ通してやる」


 促されるまま、門の横にある黒い石板に触れる。何ら反応はなかった。


 この世界にはこの世界なりの、事務的な手続きがあるらしい。保護されるわけでも歓迎されるわけでもなく、ただ「無害なら入っていい」というだけの、ドライな対応。


「よし、行け。次はねえぞ」


 馬車が再び動き出す。御者のおっちゃんが、荷台からこちらを振り返った。


「兄ちゃん、身分証と仕事ねえならギルドへ行け。流れ人はだいたいそこへ行くことになってる。……あばよ、死なねえ程度に頑張れよ」



 街道からここまで、対価も求めず乗せてくれた恩人に、俺は短く礼を言った。

 去っていく馬車を見送り、俺は言われた通り「冒険者ギルド」の看板を目指した。


 ギルド内部は、石造りで無駄に広かった。

 漂ってくるのは、昼間からだらけている男たちの酒の臭い。

 ファンタジー小説で読んだような活気とは程遠い、どこか淀んだ空気。日本の職安、あるいは地方の古びた市役所に近い。



 受付に向かうと、そこには長い銀髪を揺らしたエルフの女性が座っていた。

 だが、その姿に神秘性は微塵もない。

 姿勢は悪く、机に肘をついて頬杖をつき、半分閉じた目でこちらを眺めている。


「……登録?」


 抑揚のない声。


「初めてです」


「じゃあ、これ書いて。文字、読める?」


 差し出されたのは、使い古された羊皮紙だった。


 内容は氏名や年齢といった最低限の項目だ。俺がペンを走らせている間も、彼女は欠伸を噛み殺している。


「はい、書きました」


「……ん。じゃ、これに手置いて」


 彼女が机の下から取り出したのは、表面が細かくひび割れた、ボロボロの水晶だった。

 そこに手を触れる。

 一瞬、水晶が激しく明滅し、にあの暴力的な「9」の羅列が焼き付いた。


レベル:999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999


 エルフの受付嬢は、その光景をちらっと一瞥した。

 そして、面倒くさそうに手元の書類へ何かを書き込む。


「……あー。測定不能、っと」


「いいんですか、それで」


「たまにあるのよ、それ。装置が壊れてるとき大体そうなるから」


 再測定も、詳しい調査もなかった。

 目の前の担当者にとって、俺の異常な数値は「備品の故障を報告する手間」以下の事象でしかないらしい。


「はい、Fランク。今日から冒険者ね。依頼はあっちの壁に貼ってあるから、適当に受けて。死なない程度にがんばー」


 投げるように渡されたのは、粗末な木札だった。

 異世界に来て、最初に手に入れたもの。

 それは伝説の聖剣でも、神の加護でもなく。


 最低ランクの、安っぽい身分証だった。


 掲示板から剥ぎ取った、六芒星が1つだけついた依頼紙を握りしめる。

 この世の中は、場所が変わってもどこまでも現実的だ。

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