第14話:騒音の流れ人
ギルドのカウンターに、牙狼の素材を置く。
Eランク昇格後、初めての正式な依頼達成だ。肩の傷はギルド指定の安価なポーションで塞いだが、まだ微かな熱を持って疼いている。
「……はい、確かに。牙狼三頭の討伐、確認しました」
先輩受付嬢が事務的に処理を進める。その横で、いつも通り頬杖をついていたダウナーエルフの受付嬢が、ふと、解体された素材の一部に目を留めた。
彼女は気怠げに椅子を回すと、ピンセットで牙狼の骨を一つ拾い上げる。
「……ねぇ。これ、変だよ」
視える「異常」
彼女の言葉に、先輩受付嬢が眉をひそめて覗き込む。
「変って、何が? 普通の牙狼の骨じゃない」
「違う。表面は無傷なのに、内側から圧壊(内部崩壊)してる。 物理的な打撃でも、魔法による熱膨張でもない。まるで……『骨であること』を拒否されたみたいに、構造そのものが瓦解してるの」
ダウナーエルフは、普段のやる気のない目の中に、一瞬だけ鋭い知性の光を宿した。
彼女は意外にも名門の家系出身で、魔力特性に関する知識だけは一級品なのだ。
「これ、単なる攻撃じゃないね。三浦さん、あなた何したの? 物理現象を飛び越えて、対象の存在定義を書き換えてる……『概念干渉』に近い反応だよ」
概念干渉。
この世界の高位魔術師ですら一生をかけて辿り着けるかどうかの領域。それを「拳で」の一言でやってのけたというのか。
置き去りにされた悪意
一方その頃。
主を失い、命からがら森の奥へと逃げ延びた牙狼の群れがあった。
彼らは恐怖に震えながら、自分たちをこの場所に「配置」した主人の元へ戻ろうとしていた。
だが。
森の暗がりに立つ一人の影が、逃げ帰ってきた彼らを見て、顔を醜く歪めた。
「……はぁ? 逃げてきた? 私が、どれだけの資材を投じて、あなたたちを強化したと思ってるの?」
その影―― 一見すると小綺麗な身なりの人物は、突如として激昂し、森が震えるほどの怒号を上げた。
「このハゲー!! ちーがーうーだろ!! ちがうだろーっ!!」
手にした杖が、逃げ惑う牙狼の一頭を無慈悲に叩き潰す。
「おれ、頭がオカシイよ!! この◯◯◯◯がっ!!」
叫びながら、次々と牙狼たちを魔法の奔流でなぎ倒していく。その形相はもはや人間のものではなく、狂気そのものだった。
「これ以上、おれの評判を下げるな! おれの心を傷付けるな! これ以上、おれのスポンサーを怒らせるなっ!!」
最後の牙狼が絶命したとき、森には静寂と、焼け焦げた肉の臭いだけが残った。
人物は荒い息をつきながら、乱れた髪を整える。
彼らがいた場所は、本来なら牙狼など生息しない「街道沿い」だ。
何者かが意図的に、不自然なほど強化した魔物を放流している。その事実に、まだ誰も気づいていない。




