第13話:Eランクの重圧
Eランクとしての初仕事は、街道沿いに出没する牙狼の討伐だった。
難易度は星三つ。本来、新人が一人で受けるような内容ではないが、例の峡谷の一件もあり、ギルド側が実力を測るために用意した「試金石」のような依頼だ。
森に入ってすぐ、俺は十数匹の群れに囲まれた。
「……よし。まずは普通にやってみるか」
昨日のような地形破壊は御免だ。目立ちたくないし、何よりあの異常な力は自分でも不気味すぎる。
飛びかかってきた一匹に対し、俺は意識的に力を抑え、ボクシングのジャブを打つような感覚で拳を突き出した。
――ドッ。
確かな手応え。並の人間なら多分倒せる衝撃だ。
だが、牙狼は地面を数メートル転がっただけで、すぐに何事もなかったかのように立ち上がった。
「……硬っ」
もう一撃、今度は少し踏み込んで殴る。だが、やはり致命傷にはならない。
昨日の峡谷を作った時とは明らかに違っていた。あの時は、触れた瞬間に世界の理そのものが消滅を許可したような感覚があったが、今はただ、肉と肉がぶつかっているだけだ。
牙狼が再び飛びかかる。避けきれず、鋭い爪が俺の肩を深く裂いた。
「がっ……!」
熱い痛み。溢れ出す血。
やばい。囲まれている。このまま力を使えずに押し切られれば、今度こそ本当に終わる。
焦りと恐怖の中、俺は昨日の動作をなぞってみることにした。
右手と左手の拳を、胸の前で強く合わせる。
だが、言葉は出さなかった。無言のまま、迫りくる牙狼の頭部へ向けて拳を振り下ろす。
――スカッ。
ただのパンチだ。牙狼は鼻先でそれをかわし、俺の喉元へ牙を剥く。
(……発動しない。なんでだ?)
形だけ真似ても意味がない。
その時、心臓の奥が焼けるように熱くなった。
(ふざけるな。
会社でも、学校でも、いつもそうだった。
適当に理由をつけられて、押し潰されて、黙って飲み込むのが正解だと教えられてきた。
でも、ここは異世界だ。魔物にまで理由もなく食い殺されて、死んでたまるか。)
(ぬかるんだ地面。死を覚悟した昨日と同じ構図。
だが、決定的な違いが一つ。
今の俺は、自分の足で立っている。)
右手と左手の拳を、ゆっくりと、今度は明確な意志を込めて合わせる。
「……もちろん、俺は抵抗するで?」
牙狼が目前まで迫る。死の臭いが鼻をつく。
「――拳で」
振り下ろした。
衝突の瞬間、昨日とは違う衝撃が走った。
牙狼の身体は消えなかった。だが、物理法則を無視した圧倒的な力がそこに発生した。
まるで世界そのものが「こいつは負けない」と決定を下したかのように、衝撃は牙狼だけに集中し、周囲の空気が爆ぜる。
土が抉れ、木々が揺れる。だが、峡谷にはならない。
これは破壊ではない。
牙狼の「俺を殺す」という未来を、俺の拳が真っ向から否定した。
一撃で沈んだリーダー格を見て、残りの牙狼たちは恐れをなして森の奥へと逃げ出した。
静寂が戻る。
肩の傷はまだ痛むが、不思議と足取りは軽い。
「俺の力は……」
単なる攻撃手段じゃない。
勝敗を、終わりを、理不尽を。
それを「否定」する力だ。
抵抗すると決めた瞬間だけ、世界の流れを無理やりねじ曲げる。
トリガーは二つ。
両手の拳を合わせること。
そして、あの反逆の言葉を口にすること。多分。




