第1話:この世の中は理不尽だ
世の中は理不尽だ。
新卒で入った会社はブラック企業だったが、別にそれ自体は珍しい話じゃない。
希望した勤務地と違う場所に配属されたのも、まあ、よくあることらしい。
電車が一時間に一本しか来ない町に住むことになったのも、慣れればどうということはなかった。
慣れたくはなかったが。
給料は安かった。
それも、特別安いわけじゃない。世間的に見れば「こんなもの」で済まされる程度だ。
ただ、その「こんなもの」で生活すると、何も余らなかった。
壊れた家電を買い替えられない。体調を崩しても病院に行くのをためらう。どこかへ行く理由も金もない。
そういう小さいことが、少しずつ増えていく。
誰かが悪いわけじゃない。
会社も違法ではない。上司も仕事をしているだけだ。制度も規則も、ちゃんと存在している。
それでも、うまくいかない人間は出る。
たまたま、それが自分だった。
ある朝、出勤途中の交差点で事故に遭った。
信号は青だったし、こちらに落ち度はなかったと思う。
でも、結果として、車に撥ねられた。
理由なんて、それだけだ。
次に意識が浮上したとき、そこはコンクリートの感触ではなく、ひどく乾燥した土の上だった。
立ち込めるのは排気ガスの臭いではなく、嗅いだことのない、埃っぽくも瑞々しい、矛盾した風の匂い。
目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど高く、不気味なほど青い空だった。
「…………」
体が動く。痛みはない。
起き上がって辺りを見回すが、誰もいない。
自分に責任を押し付け続けた理不尽な上司も、キャンパスの真ん中で無邪気に笑っていたリア充の学生も、画面の向こうで豪遊をひけらかしていた大金持ちのインフルエンサーも、そこには存在しなかった。
ただ、どこまでも続く荒野と、遠くに見える歪な形の山脈があるだけだ。
なぜここにいるのか。ここがどこなのか。
説明はなく、使命も与えられず、歓迎の声すらない。
ただ、視界の端。
自分の意識が「自分」の状態を確認しようとした瞬間、脳内にノイズのような視覚情報が割り込んできた。
レベル:999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999
視界が「9」という数字で埋め尽くされる。
終わりが見えない。瞬きをしても、その暴力的な桁数は減ることなく、網膜を焼き切らんばかりに主張し続けている。
意味がわからない。
だが、今の自分にわかるのは、この過剰すぎる数字もまた、これまでの人生と同じように――どうしようもなく「理不尽」に与えられたものだということだけだった。
「……腹、減ったな」
これほどの力を持ちながら、最初に口を突いて出たのは、元の世界で毎朝感じていたのと変わらない、ひどく世俗的で小さな、生存の欲求だった。




