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第9話:偽りの竜は準備から

――森の中――


「属性解放まで待ったってダメなの……!」


 ラァラの声は震え、今にも泣き出しそうだった。

 その様子に、胸の奥がざわつく。


「どうしてだよ、ラァラ。

 ちゃんと理由を言ってくれないと、俺だって納得できないだろ?」


 しかしラァラは唇を噛んだまま俯き、答えない。

 肩が小刻みに震え、限界のように顔を上げた。


「ヒカルは……ヒカルは、私の言うことだけ聞いてればいいのっ!」


 必死で叫んだその声に、胸がざわりと揺れる。


「今だ、エミリッ!」


 パオタロの鋭い声が二人の会話を断ち切った。


「炎爆陣、発動っ!」


 エミリが短く告げると同時に、

 魔獣の足元に仕掛けられた魔法陣が鮮烈な赤い光を放ち、

 激しい火の魔力が爆発的に広がった。


「グギャァァァァァッ!」


 魔獣は膨大な魔力の奔流に呑まれ、動く間もなく崩れ落ちた。


 エミリが安堵の息をつき、パオタロは剣を納める。


 その瞬間、俺の袖を掴んでいたラァラの指先がふっと離れた。


「ラァラ?」


 振り返ると、ラァラは一歩だけ後ずさった。

 瞳は涙で揺れている。


「……ごめん、ヒカル。ラァラ、やっぱり少しだけ……」


 言葉の途中で、声が震えた。


「ラァラ、大丈夫か?」


 手を伸ばそうとした――そのとき。


 森の奥から、低く、地を震わせるような唸り声が響いた。


 ――また魔獣か……!?


 咄嗟に周囲を見渡す。

 パオタロとエミリも、一瞬で表情を引き締めた。


「油断するな。さっきの魔獣の断末魔が……仲間を呼んだ可能性がある」


 パオタロの言葉に、エミリも緊張した面持ちで頷く。


「早く移動したほうがよさそうですね。ヒカル様、ラァラちゃん、私たちの後ろから離れないでください」


 頷きつつラァラを振り返った――が、

 先ほどまでそこにいたはずの彼女の姿は、跡形もなく消えていた。


「……ラァラ? ラァラ、どこだ?」


 森の風が止まり、木々の影が――ゆら、と不自然に揺れる。


 そして――


「きゃぁぁぁっ!」


 ラァラの悲鳴が響いた瞬間、全身に雷のような衝撃が走った。


「ラァラッ!」


 気づけば、俺は叫び声の方向に駆けだしていた。


「ヒカル様、待ってください!」


 エミリとパオタロがその後ろを追う。


 駆けつけたその先には、青白い半透明の“人影”がゆらめいていた。

 水面が揺らぐように輪郭が歪み、その腕の中には――

 恐怖に目を見開いたラァラが抱きかかえられている。


「ヒ、ヒカル……助けて……っ!」


 ラァラの震える声。

 青い魔物は彼女をさらに強く抱え込み、侵入者を威嚇するように巨体を膨らませた。


「くそっ、何なんだよこれ……」


 小さく震える声で呟く。


「あれは……『水の魔人』ですっ!」


 エミリが蒼白な顔で告げた。


「水の魔人……?」


 問い返すと、パオタロが厳しい表情で頷いた。


「ああ。水属性の加護を持つ者にしか使えない強力な召喚魔法だ。

 属性解放が済んでいない俺たちじゃ、勝てる相手じゃない。

 このままだと――全滅する」


「全滅って……じゃあ、ラァラはどうするんだよ……?」


 俺は声を震わせながら問いかけた。

 しかしエミリは苦しげに眉を寄せ、静かに首を横に振る。


「ヒカル様……申し訳ありませんが、ここは退くしか――」


「それは……それはダメだろ……」


 震える声で呟き、ゆっくり顔を上げる。


 怖い。

 足も震えている。

 本当は逃げ出したい。


 けれど――ここでラァラを見捨てたら、一生後悔する。


「なら俺が……やる……」


 拳を握りしめ、胸の奥の恐怖を押しつぶすように息を吸った。

 それでも心臓は暴れ続けている。


「ヒカル様……?」


 エミリが戸惑いの声を漏らす。


「馬鹿言うな……! お前の魔法は見せかけだけなんだろ!? 本気で死ぬつもりか!」


 パオタロが怒鳴る。

 その言葉は痛いほど正しい。


 ――ああ、その通りだよ。


 あのリストに並んでいた魔法はどれも、

 本物の戦いにはまったく役に立たないものばかりだ。


 それでも――。


 今は、ほかに方法はない。

 ラァラを助けるには、これしかないんだ。


 俺は一度、深く息を吸った。


 ――だけど、あの大男と戦ってよくわかった……。


 ただ派手に見せるだけではダメだ。

 相手が「本物だ」と錯覚するだけの“理由”が要る。


 なら――。


 今回は魔法器を四つ、全部使う。


 四つの魔法器にそれぞれ異なる魔法をセットする。

 『ハッタリが通用し易くなる魔法』

 『凄い魔法に見える魔法』

 そして残る二つに、相乗効果を生む魔法。


 四重の魔法が重なれば、

 “ただの見せかけ”が、“現実の脅威”へと化ける。


 ――俺の存在を、圧倒的に“強者”として刻みつける。


 そうすれば突破口は必ず開ける。


 深呼吸をひとつ。

 口角を、あえて大げさに跳ね上げる。


 俺はゆっくりとパオタロへ向けて歩き出した。


 一歩踏み出すたび、

 森の空気がピン、と張り詰めて震えたように感じた。

 静寂の圧が肌に刺さる。


「……っ!?」


 パオタロの表情が明らかに変わった。

 水の魔人へ向けていた警戒の色が薄れ――

 今は俺への“畏れ”に近い何かが混ざっている。


「お、お前はいったい……」


 パオタロの声が震えていた。

 だが俺は表情ひとつ変えず、歩みを続けた。


 ――あれ、ちょっと近づきすぎたか?


 内心の動揺を押し隠しながら、

 任意に方向を変えてパオタロの周囲を悠然と歩き続ける。


 隣のエミリが、ごくりと生唾を飲み込むのが聞こえた。


 そして――


 水の魔人すら、

 俺を警戒するように、ゆっくりと身構えた。


 ――マジかよ。これが『ゆっくり歩いているだけでただモノじゃない感が出る魔法』の効果かよ……。


 予想以上に効果抜群だ。

 まぁでも、そりゃそうか。こんな至近距離で突然“ただモノじゃない感”を出されたら、誰だってビビる。


「パオタロ、あの大男との会話をお前も聞いてたはずだろ? 

 俺の魔法は本物だ。ただ魔力の制御にまだ慣れてなくてな……本気で解放したら、この世界そのものを壊してしまいそうで怖いんだよ」


 胸の奥に魔力が集中するような感覚が広がった。

 これは『ハッタリが通用し易くなる魔法』が発動している証拠だ。


 だけど――胸の奥では不安が激しく渦巻いていた。


 ――こんな露骨なハッタリ、本当に通じるのか……?


 だが、ここで引くわけにはいかない。


 震える手を隠しながら魔力を一点に集中させ、一気に解放した。


 空気がピリリと震え、空間が軋むような音を立てる。


 直後――上空に姿を現したのは、巨大な火竜。


 炎が唸りを上げ、森全体を照らし出す。

 地面に落ちた影は揺らめき、風圧で木々がざわりと震えた。


 正直、自分で仕掛けた魔法だというのに、その迫力に圧倒されていた。

 足が震え、後ずさりしそうになるのを必死にこらえる。


 ――落ち着け。


 『凄い魔法に見える魔法』は触れられた瞬間に消える。

 だけど、あれだけ上空に出しておけば、そう簡単には触れられない。

 問題ない……はずだ。


 俺は意を決し、口を開く。


「例えば、あの火竜に攻撃しろって命じたとするだろ?

 どんな結果になると思う?」


 パオタロは息を呑み、膝の力が抜け落ちそうなほど震えていた。


「ば、馬鹿な……本当に、あれがお前の力だっていうのか……?」


 エミリも放心したように空を見上げ、震えた声で言葉を失っていた。


 その時だった。


 水の魔人が、巨大な身体をわずかに震わせ――

 一歩、後ろへと下がった。


 ――……え?


 一瞬、頭が真っ白になる。


 水の魔人が俺の言葉ハッタリに反応した……?


 そういえば、パオタロは言っていた。

 『水属性の加護を持つ者にしか使えない強力な召喚魔法』だと。


 つまり――

 **あれは自律して動いてるわけじゃない。

 “誰かが裏で操作している”。**


 なら、話は早い。


「くっ……!!」


 俺は突然胸元を掴み、苦しげに息を詰まらせ――

 わざとらしいほど勢いよく膝をついた。


 もちろん、全部ハッタリのための演技だ。


「ヒカル様!?」


 エミリが焦って駆け寄ろうとする。


「火竜を召喚したのはいいが……あれほどの力を、いつまでも抑えておけない……!!」


「な、なんだって……!?」


 パオタロの肩がびくりと跳ね、後退しながら声を震わせた。


 ――よし、ハッタリは効いてる。

   だが、これだけじゃまだ足りない。


「最後の手段を使うしかない……!」


 そう宣言し、密かに用意しておいた最後の魔法器を起動させた。


 直後、全身に眩い光の紋様が浮かび上がる。

 紋様は脈動するように明滅し、まるで肌の下で光が走っているようだった。


 もちろんこれは単なる演出。

 光る以外には何の効果もない。苦しそうに見えるのも演技だ。


「な、なんだ……これは!?」


「ヒカル様……これは一体……!?」


 二人は圧倒され、完全に言葉を失っている。


「魔力に……ブーストをかけた。

 今は抑え込んでるが……長くは……持たないぞ……!」


 歯を食いしばり、全身を激しく震わせながら必死に耐えるフリを続けた。


 その瞬間、火竜の咆哮が森を裂く。


「グオオオオッ!」


 だが――その直後だった。

 茂みが激しく揺れ、二匹の魔獣が牙を剥いて飛び出してきた。


 ――くそっ、よりによってこんなタイミングで……!


 焦りで心臓が痛いほど脈打った。

 パオタロとエミリが慌てて戦闘態勢に入ろうとしているのが見える。


 だが次の瞬間、目を疑う光景が広がった。


 水の魔人が素早く腕を掲げ、水流が圧縮されたような鋭い水弾を放つ。

 それは弾丸のような速度で走り、魔獣たちを一瞬で貫いた。


 倒れ伏す二匹。

 再び周囲は、張り詰めた静寂に支配される。


 ――嘘だろ……?


 俺は呆然と水の魔人を見つめた。

 魔人はそれ以上追撃するでもなく、ただこちらを見据え――微動だにしない。


 ――いったい、何が起きている?


 一瞬の混乱が広がる。だが、すぐに理解が追いついた。


 ――……いや、間違いない。

   俺のハッタリが通用したんだ。


『俺がここで死ねば、火竜が暴れ出す。この森一帯は間違いなく火の海だ』


 水の魔人を操っている奴は、本気でそう信じた。

 胸の奥に小さな安堵が浮かぶが、背中には冷汗が止まらず流れ続けていた。


 ――だが、そうだとすれば……。


 操者はこの近くに潜んでいる。

 自分も巻き込まれるリスクがあると判断したからこそ、魔人を動かしたのだ。


 ――頼む……このまま何も起こらないでくれ。


 俺は胸の震えをごまかしながら、水の魔人を静かに見据えた。


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