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第7話:異世界の落とし物

――森の中――


「王血部隊・甲種の者だ。あの男――魔獣を操っていた男を追っていた。

 少し、君たちにも話を聞かせてほしい」


 白い制服の男が静かな口調で言った。

 背後の青い制服の男女二人が、鋭い視線をこちらへ向ける。


 女のほうは小柄だが、一歩も退かぬ気迫をまとい、視線を逸らさない。

 一方の男はどこか面倒くさそうなのに、“刃”のような気配が漂っていた。


 ――とりあえず助かった……のか?


 だが、その場に満ちる“軍人の圧”は、さっきの魔獣より厄介に思えるほどだ。

 下手な言動は命取りになる。


「君たちは何者だ? なぜこんな所にいる?」


 白い制服の男の声は穏やかだが、逆らえない威圧があった。


 正直、怖い。今すぐ逃げたい――

 ……だけど、逃げ切れる気もしない。


「えっと……その、俺たちは巻き込まれただけというか……。

 あの男に急に襲われて……いや、ほんと冗談抜きで死ぬかと思いました」


 声が震えそうになるのを、なんとか堪える。

 こっちの世界に来てから、本当に心が休まらない。


「その状況は把握している」


 白の男は冷静に頷き、淡々と続けた。


「すまないが、君たちの行動はずっと観察させてもらっていた。

 ――あの教会で、何をしていた?」


 ――えっ……あの時からずっと俺たちを見てたのか……!?


 背中を冷たい汗が伝った。


 言われてみれば、さっき大男を制圧した彼らの動きには一切の無駄がなかった。


 ――つまり、俺たちを注視し、動くべき瞬間まで静観していた……ということか。


 だとしたら、ここで下手な嘘はまずい。

 『ハッタリ』の魔法なんて、絶対に使えない。

 妙な疑いをかけられたら、それこそ取り返しがつかない。


 ――仕方ない。ここは素直に話すしかないか……。


「あー……正直言うと、

 多分ですが……俺、この世界に召喚されちゃったみたいでして、あの教会で……」


 言った瞬間、周囲の空気が一気に変わった。


「……あの教会で召喚だと? 本当か?」


 白い制服の男が目を細め、

 青い制服の二人も驚きを隠さず、俺を凝視する。


 ――え、なんだよこの空気……。マズかったか……?


「誰に召喚された?」


「白衣を着たおじさんです。

 殺されかけたんですけど、その人は途中でなぜか消えちゃって……。

 それで、何とか命拾いした感じで……」


 ラァラが『あのオッサンを消した』なんて言えるわけがない。

 そんなこと言ったら、確実に疑いはラァラに向く。


 このくらいの説明にしておくのが一番無難だ。


 白の男の視線が、今度は隣のラァラへ向けられる。


「では、君はどうなんだ?」


「えっと、ラァラは……」


 その瞬間、ラァラの手が俺の袖をぎゅっと掴んだ。


 ――そうだった。ラァラはこの世界に来た経緯を話したくないんだ……。


 ここでラァラに余計なことを言わせるわけにはいかない。

 咄嗟に、俺は口を挟んだ。


「彼女は、その……記憶が曖昧らしくて。

 召喚されたのか、それとも元々この世界にいたのかすら、よく覚えてないみたいで……」


「……記憶喪失だと?」


 白い制服の男が再び鋭い目でラァラを見つめる。

 だがラァラは俺の袖を離さず、ただ困惑したように小さく俯いた。


「……ずいぶん都合の良い話だな」


 男は微かに目を細め、短くため息を吐く。

 少しだけ視線を落とし、考えるような間を挟んでから、ゆっくり頷いた。


「まあいい。ひとまず、君たちの言い分は理解した」


 そう言うと、男は背後で押さえつけられている大男へ鋭い視線を向けた。


「おい、お前。彼らのことを知っているか?」


 押さえつけられた大男が、苦しげに顔を上げる。

 目にはむき出しの敵意が燃えていた。


「知らねえよ……! 俺はただ、言われた通りに動いただけだ!」


「魔獣に取り付けていたあの装置は、教会から持ち出したものだな?

 あそこで何をしていた? 魔獣はどこから連れてきた?」


「……それを俺が言うと思うか?」


 大男は口元に不敵な笑みを浮かべた――が、

 その表情は次の瞬間、凍りついた。


「白い制服、水と風の魔法……その鋭い目つき……

 まさか――てめぇがシシンかよ……!」


「……そうだと言ったら?」


 一瞬で、森の空気が張りつめた。


 その直後、大男は腹の底から笑い声を上げた。


「ハハッ、こりゃ傑作だ!

 甲種部隊長のシシン様がこんな辺鄙なところにいるとはなぁ!

 はっ、さぞ王都の警備は手薄なんだろうなぁ!」


「……どういう意味だ?」


 シシンの表情が、一気に険しくなる。

 それを見て、大男は再び口元を歪めた。


「何を今さら焦ってやがる? もう手遅れなんだよ。

 王都じゃもう動きが始まってる。

 お前らがどれだけ足掻こうが――全てもう遅いんだよ!」


「何だと!?」


 その一瞬の動揺を逃さず、大男は口内に隠していた何かを噛み砕いた。


「しまった――やめろっ!」


 シシンが叫ぶが、すでに遅かった。

 大男の口元から黒い泡が溢れ出し、苦痛に歪んだ顔のまま崩れ落ちた。


「クソッ……!」


 シシンは強く拳を握りしめ、唇を噛んだ。

 だがすぐにすぐに表情を切り替え、鋭い視線を巡らせる。


 そして、俺へと視線が止まった。


「……君の名はなんと言ったか?」


 突然の問いかけに、戸惑いながら答えた。


「ヒカル、です……」


 その名を確認するように、シシンは短く頷いた。


「――ヒカル。君が転移者だと聞いた以上、申し訳ないが放置はできない。

 悪いが、我々の保護下におかせてもらう。詳しい話は後で聞かせてもらうが……今は協力してくれ」


 それだけ告げると、彼は背後の二人へ素早く視線を向け、指示を飛ばした。


「状況が変わった。俺は急ぎ王都へ戻る。

 パオタロ、エミリ――お前たちは周囲の調査を頼む。他にも魔獣が潜んでいるかもしれない。それと、この男がどこから指示を受けていたのか、その手がかりを探せ。ただし深入りは禁物だ」


 そこで、シシンの視線が、エミリと呼ばれた青い制服の女に向けられた。


「――それから、エミリ。ヒカルが『転移者』というのはまだ確証がない。

 だが、あれだけの魔獣をこの国に引き入れた者がいる以上、どんな可能性も排除できない。

 念のため、彼は“特別な存在”だと思って対応しろ」


「……特別、ですか?」


 エミリが驚いたように聞き返すと、シシンは小さく頷いた。


「ああ。もし“転移者”という話が真実なら、彼はこの国を救う鍵になるかもしれない。

 どんな小さなことでも異常があれば報告しろ。決して彼を傷つけるな」


 エミリははっとして姿勢を正し、深く頷いた。


「はい、わかりました!」


 シシンはそれを確認すると、二人へ最後の指示を伝えた。


「何かあればすぐに魔鳩を飛ばせ。いいな?」


「了解!」


 二人の返事を受け取ると、シシンは全身へ鋭い風をまとった。

 まるで彼自身が“風の化身”になったかのように、純白の制服が鋭くはためく。


「えっ……?」


 驚いて瞬きをしたその一瞬で、シシンの身体はふわりと地を離れた。


 巻き起こる旋風が葉と砂利を舞い上げ、

 次の瞬間には、シシンは重力など存在しないかのように空へと駆け上がっていく。


 呆然と見上げる俺の眼前で、白い制服はみるみる小さくなり――

 やがて、空の青さに溶けるように消えていった。


「すげぇ……」


 無意識に呟いていた。


 しばらく空を見上げていると、ふいに声をかけられ、我に返った。


「さて、改めて挨拶しておくか。俺はパオタロで、こっちはエミリだ。

 王都に戻るまでの間、お前たちの護衛をさせてもらう。ただし、勝手な行動は許さない」


 パオタロは淡々と、どこか突き放すように言った。

 その態度からは、俺たちと馴れ合うつもりはないのがはっきり分かった。


「あ、俺はヒカルで、こっちはラァラ……です」


 やや戸惑いながら返事をした。ラァラも小さく頭を下げる。


 パオタロは腕を組み、俺を鋭く見据えた。


「……ところでヒカル。お前、さっき自分のことを『転移者』だと言ったな?」


「はい、まぁ……」


 俺の曖昧な返事に、パオタロはわずかに眉をひそめた。


「隊長は後で話を聞くと言っていたが――

 俺は正体不明の人間を無条件で信用するつもりはない。

 “転移者”だと言うなら、それなりの根拠のひとつくらい示せるんじゃないか?」


 ぎくりとする。


 その様子を見て、エミリが穏やかに口を挟んだ。


「パオタロ、その言い方は少し失礼でしょう?

 隊長も、彼のことは“特別な存在”として対応するようにと言っていたはずよ」


 パオタロは腕を組んだまま、冷たく言い放つ。


「エミリ、お前はいつもそうやって甘いことを言う。

 俺たちは護衛を任された以上、いざとなれば命を懸けてでも守らねばならないんだ。

 これは、俺たち自身の命にもかかわる問題だぞ?」


「だからといって、その態度は横暴だわ。

 それに彼はまだ召喚されたばかりなのよ?

 まだ全部整理できていないはずだわ。もう少し落ち着かせてあげないと……」


 エミリの厳しい口調に、パオタロも苛立ちを隠さず声を荒げる。


「そんな時間などない!

 そうしている間に王都で何かあったらどうするつもりだ!?」


 空気が一瞬で険悪さを帯びた。


 このままではまずい――

 そう感じた俺は、とっさに二人の間へ割って入った。


「あ、あの……! 落ち着いてください。俺がちゃんと説明しますから――」


 その瞬間だった。

 苛立ち紛れに振り払われたパオタロの手が、俺の肩に軽く当たる。


「うわ――」


 予想外の衝撃に体勢を崩し、踏ん張った拍子に――

 ポケットから、何か固いものが滑り落ちた。


 ――ガシャンッ。


 硬質な、金属質の音が森に鋭く響く。


 突如として訪れた静寂。

 誰もが、その場に落ちたものをじっと見つめている。


「……何だ、それは?」


 パオタロの声は先ほどよりも低く、冷たい。

 警戒と疑念がはっきりと滲んでいる。


 その視線の先――

 そこに転がっていたそれは、この世界には存在しない“不釣り合いな光”を放っていた。


「あ……俺のスマホです……」


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