第5話:唯一絶対の強力な魔法
「――そうか。上書きされる理由は、同じ魔力器を使ってたからか」
これまで、新しく魔法を試すたびに効果が重ならなかった理由。
それは単純に、俺が“同じ魔力器ばかり使い回していた”せいだったらしい。
「……こんな感じか?」
ラァラの説明通りにやってみる。
俺は掌に炎を生み出し、それを――
別の魔力器に込めた風属性と融合させた。
――これが、炎の旋風か。
視界に紅い渦が巻き、熱を帯びた風が頬を撫でた。
「四属性にはそれぞれ特性があるんだよー。
例えば、その『炎の旋風』に水属性を加えると、粘りつく炎になったり、炎を結晶化させたりできるの!
逆に土属性を加えれば、旋風に岩や鉄の破片を混ぜたり、すっごく頑丈な旋風に変えたりもできるんだからっ!」
ラァラが得意げに語ると、俺は素直に試してみた。
確かに、頭でイメージするだけで簡単に形が変わっていく。
「は、初めてにしてはやるじゃない……。
でも、ラァラだって最初からそれくらいできたもんっ!」
妙に対抗心を燃やしてくるラァラを横目に、俺は頬を掻いた。
――……いや、そこは別に競わなくていいだろ。
複雑な気持ちではあったが、魔法の仕組みについて少しずつ理解が深まっていく。
基本は――
“別々の魔力器に別属性を込めて、それらを融合させて使う”。
ただし、『ハッタリが通用し易くなる魔法』みたいな簡易魔法は、
それぞれの魔力器に一つずつ別々の魔法を込めて使うらしい。
――あのオッサンは、俺には四つの魔力器があると言っていた。
まさに『規格外』だと――。
つまり、あのリストに載っていた魔法群なら四つ同時に使えるはずだ。
役に立たないように見えた魔法も、組み合わせ次第で使えるようになるかもしれない。
――それに新魔法だって言ってたし。
あれを開発してたオッサンがいなくなった今、あの魔法群を使えるのはこの世界で俺だけのはずだ。
情けない話だが、今はまだあの魔法群だけが唯一の頼みの綱だ。
ラァラにも――絶対秘密にしておきたい。
しばらく、火と風が混ざり合う光を無言で見つめた。
――やっと、この世界の“理屈”が少し分かり始めた気がする。
「ヒカルー、見て見て!」
視線を向けると、ラァラが黒猫を両手で掲げ、満面の笑顔を浮かべていた。
「シュレっていうんだよ! かわいいでしょ~?」
――これがさっき俺を殺そうとした相手なんだよな……。
無邪気な笑顔と、直前の冷酷さのギャップが大きすぎて、胸の奥が少しざわついた。
俺は複雑な気持ちを抱えつつ、小さくため息をつく。
ふと疑問が頭をよぎる。
「なあ、ラァラ。ひとつ聞いてもいいか?」
「んー? なあに?」
俺は言いにくそうに頭を掻きながら尋ねた。
「さっきさ、『俺がそばにいないと魔力が暴走する』って言ってたろ?
じゃあ……俺が来る前、ラァラはどうしてたんだ?」
ラァラは一瞬きょとんと目を丸くし、次の瞬間あっさり答えた。
「この国は、ジュリジュリが作った『大結界』で守られてるから特別なんだよ。
ジュリジュリが言うには、『大結界』の中に入ると、ラァラの魔力は不安定になるんだってー」
「……ジュリジュリ?」
思わず俺はその妙な名前を聞き返してしまう。
「あ、そういやラァラ。さっきもジュリジュリに会いに来たって言ってたよな……。
その『ジュリジュリ』って誰だよ?」
俺が眉を寄せて聞くと、ラァラはなぜか顔を真っ赤にして視線をさまよわせる。
「あ、あのね……ジュリジュリは……」
ラァラは恥ずかしそうにモジモジし始めた。
――また始まったよ。
さっきまで「殺します」とか言ってたのに、
本当にこの子の言動は読めない。
まあ……ここまで来ると慣れたというか、諦めの境地というか。
殺されかける以上のことはないだろうし、
今さら何が来ても驚かんわ。
安心して話してくれればいいさ……。
「実は……ラァラにプロポーズしてくれた人なの……!」
――はいはい、そっち系ね。
まぁそりゃさ……まだ16歳だっけ?
早いなとは思うよ?
だけど、そういうこともあるよな、ラァラなんだからさ。
俺は内心で大きくため息をついた。
「それで……プロポーズって、受けたのか?」
「う、うん……」
ラァラはさらに顔を赤くして、照れくさそうに頷いた。
――あぁ、そりゃ恥ずかしいよな。俺も恥ずかしいもん。
わかる。
「で、それっていつの話なんだ?」
「えっと、六歳の誕生日だったから……十年前くらい?」
――いやちょっと待て、それはダメ。
その頃のやつはプロポーズに入れちゃダメだって。
相手も覚えてないだろ。
あれだろ? 幼児同士の「結婚しようね」みたいな可愛い約束だろ、どうせ。
「なんか百歳超えてるらしくって……、どう思う?」
――子供同士のかわいい約束説、終了。
いやラァラ、それはないって。
もうやめて。いっつもこっちの予想超えてくるじゃん。
どう思うって言われても……
相手、どう考えても“ただのおじいちゃん”だろ?
六歳の女の子にプロポーズした百歳超えのおじいちゃん。
いや、おじいちゃんっていうか、おジュリちゃん。
まとめると――
かなりヤバイ奴。
「ラァラさ……それ、本当にプロポーズだったのか?
何かの勘違いじゃないの?」
「そ、そんなわけないもん! だってあの時――」
その瞬間だった。
――バァンッ!!
教会の扉が、雷鳴みたいな音を立てて開いた。
「ん……? 知らない顔だな、新入りか?
……コウゲツ様はどうした?」
姿を現したのは――でかい。
でかすぎる。
ドア枠の方が小さく見えるほどの、化け物みたいな大男。
――やばい、しまった……!
おそらく、あのオッサン(コウゲツ)の仲間だ。
色々ありすぎて気を抜きすぎた……全部ラァラのせいだ。
そのとき、大男が怒鳴った。
「研究室の入口が消えてやがる……てめえら、いったい何者だ!?」
ラァラは敵を睨みつけ、堂々と手をかざした。
「無礼者っ!」
その指先から黒い霧が広がった――のだが、やたら弱々しい。
「あっ……」
ラァラもそれに気付いたらしい。
顔がめちゃくちゃ引きつってる。
――やば。やばいやばい。
そういや結界がどうとか言ってたな……!
まさか、いつもの魔法が“出ない”ってことか?
それって……つまり今、俺たち、超ピンチってことじゃねぇか……!
大男は身構えていたが、放たれた魔力の弱さを見て肩の力を抜いた。
「び……びびらせんなよ」
緊張が解けたように息を吐き、口元を歪めて笑う。
「そんな貧弱な魔力で俺を止められると思ったのか? 笑わせるな!」
怒鳴り声が教会の中に響き渡る。
床板がギシギシと軋み、重い足音が一歩ずつ、一歩ずつ近づいてくる。
ラァラは完全に委縮してしまった。
――そ、そりゃそうだよな……俺だって足が震えてるんだから……。
「ひ、ヒカル……」
ラァラが怯えた瞳で俺を見上げてくる。
潤んだ瞳は今にも涙がこぼれそうで、震える指先が俺のパーカーの袖をぎゅっと掴んでいる。
「た、助けて……」
――無理だって……!
俺だって怖いのに……!
あんなの、絶対勝てるわけないって……。
魔法も通じない。
逃げるべきだ。
逃げられるなら、俺一人だけでも――そんな考えが頭をよぎった。
だけど――。
……そんな顔、見せんなよ。
そんなの見たら、逃げられなくなるだろ……。
――ああ、俺って本当に馬鹿だよな……。
小さく息を吐き、一歩前に出る。
ラァラを庇うように、そっと後ろへ押しやる。
「……ほう、俺の前に立つとはいい度胸だ」
大男の視線が俺を捉えた。
氷みたいな冷たい目。
その視線だけで足がすくみそうになる。
――そうだ……俺は臆病だ。
だからこそ、研究室を出る時から“最悪の状況”になった場合のことは想定しておいた。
それにあの大男――。
さっきラァラが右手をかざした時、あいつは明らかに怯えていた。
――つまり。
“強力な魔法”には敵わないってことだろ。
なら――
俺が使える唯一絶対の『強力な魔法』を見せてやる。
胸の奥で魔力の波がざわりと揺れた。
――怖いけど、やるしかない。
俺が右手をゆっくり掲げた瞬間――
空気がピリッと震えた。
天井付近に、淡い光の球体がいくつも浮かび上がり――
青白い光を脈動させながらゆっくり回転を始める。
*ゴゴゴゴ……ッ!*
重低音の唸りが、教会全体を揺さぶった。
光の球体から迸る稲妻が天井と床を走り、
そのたびに影が跳ね、空間全体が不気味に震える。
「な、なんだこの魔法は……っ!」
大男の顔色がはっきり変わった。
両腕に力を込め構え直すが――足は、わずかに後ろへ下がっていた。
「こいつ……加護持ちか? ただのガキじゃないのか……!?」
大男が一歩、また一歩と後退する。
瞳には明確な恐怖が浮かび、喉がひくりと震えた。
――よし、食いついた。
心の中で呟き、さらに魔力を送り込む。
光球が一斉に脈動し、爆発寸前の星みたいに激しく輝く。
バチィン!
一閃の稲妻が床を貫き、轟音とともに火花が散った。
大男は反射的に一歩、後ずさる。
「っ……ち、覚えてろよ!」
顔を歪め、大男は踵を返した。
荒々しく開かれた扉の向こうへ、巨体が消えていく。
静寂が戻った。
俺は、肺の奥に溜め込んでいた息をそっと吐き出す。
「……すごい……」
背中から、か細い声。
振り返ると、ラァラが呆然と俺を見つめていた。
怯えはもう無く、代わりに――安心と驚きと、ほんの少しの尊敬が混じった目。
「ヒカルって……思ってたより、ずっと強いんだね……」
「……まあな」
できるだけ平静を装って答えたが、背中はじっとりと汗で濡れていた。
ちょうどその時、天井に浮かんでいた光球がふわりと音もなく消える。
「助けてくれてありがとう、ヒカル」
パーカーの袖をぎゅっと掴んでいた指先が、そっと離れていく。
代わりにラァラは、小さく、安心したように微笑んだ。
その笑顔を正面から受け止めるのは、
なぜか少し気恥ずかしくて、俺は視線を逸らした。
「……ま、たまたま上手くいっただけだからな」
呟きながら教会の扉のほうへ目を向ける。
外は静かだ。
けれど、この静けさがいつまでも続くとは思えない。早く出たほうがいい。
そっと、ラァラの頭をひとなでしてから、照れ隠しのように言った。
「……さ、行こうぜ」
ラァラは「うん」と頷き――
また俺の袖を、そっと掴んだ。




