第2話:規格外の捨て駒
「ち、今回は男か。まぁいい、意識が戻ったようだな。おめでとう、無事“転移”は成功したよ」
「えっ……? は?」
俺は間の抜けた返事をしながら目を丸くした。
今は、状況の理解より、むしろ目の前の男の怪しい雰囲気のほうが気になる。
そんな俺の様子など気に留めず、男は何の躊躇いもなく右手をかざした。
瞬間、爆炎が轟音を伴って吹き荒れ、熱波を感じて慌てて身を縮める。
「うわっ!!」
心臓が止まるかと思うほどの恐怖が身体を駆け巡った。
「驚かせてすまない。だが結局、この方法が一番手っ取り早いんだ。仕事は迅速に済ませたい性分でね」
男はあくまでも事務的で冷徹な視線を俺に向ける。
「ほとんどの者はこれで自分の立場を理解するんだが……君はどうかな? もし理解できないようなら、もっと直接的な方法も――」
「いやいや、わかりましたって! 大丈夫っす!」
状況は相変わらずよくわからないが、この男が魔法としか思えない力を持ち、簡単に自分を消し炭にできることだけは嫌でもわかった。抵抗しても何も良いことはない。
「ハハっ、それならよかったよ。では早速、君の魔力特性を確認させてもらおうか」
魔力特性? なんだそれ。ゲームみたいなことを言い出した。
頭に浮かんだ疑問はひとまず置いておいて、俺は素直に状況に乗ることにした。転移だとか魔力だとかよく分からないが、情報収集の基本はとりあえず協力的に動くこと――たぶん異世界でも同じだろう。
測定器らしい機械の前に立つと、周囲に淡い光が広がった。表示された結果を見た男は、わずかに目を見開いた。
「これは興味深い……魔力器が四つもあるとは。君にはかなり期待できそうだ」
なんだかよく分からないけど、かなり良さげな雰囲気だ。
もしかしてこれはアレか? 異世界転移者に与えられる例のチート能力ってやつか。よし、この流れなら世界を救う英雄パターンかもしれない。
「えっと、魔力器が四つあると、めちゃくちゃ強い魔法が使えたりするんですか?」
期待半分に問い返すと、男は冷静に説明を始めた。
「魔力器というのは、魔力属性を蓄える“器官”のようなものだ。各魔力器には四属性のうち一つしか込められないが、それらを組み合わせて一つの魔法を練り上げることができる。魔力器を四つも持つ君は、四属性すべてを組み合わせた最高レベルの魔法を操れるということだ。まさしく規格外と呼ぶにふさわしい」
ほらきた、やっぱりすごい奴じゃないか!
「だが、勘違いするなよ。君はまだ属性を解放していない。つまり、どの属性にも加護がついていない以上、強力な魔法は使えない。だから、調子に乗って反抗しようとか、変な気を起こすなんて馬鹿な真似はするなよ?」
そう甘くはないらしい。冷静な口調に込められた威圧感を感じ取り、俺は軽く唇を噛んだ。
とは言え、転移者らしいチャンスが訪れていることには違いない。心臓が高鳴り、胸が熱くなる。――が、黙々と検査を続けていた男の表情がみるみる曇っていき、やがてその表情に困惑と落胆が入り混じった。
「ああ……これは駄目だ。まさかこんなことがあり得るのか……」
「え、どういうことですか?」
思わず問い返すと、男はため息をつき、あっさりと答えた。
「君の能力は期待外れだった。これではあの方に献上する価値もない。仕方ない、新魔法の開発に協力してもらおう」
「……え?」
思わず漏れた声が、自分でも情けないほど頼りなく響いた。
つい先ほどまで膨らんでいた胸の高揚感は、あっけなく潰され、冷たい不安が背中を這い上がってくる。
――さっき規格外だって言ってたのに……どうしてこうなった。
唖然と男の顔を見つめたが、相手はそんな動揺にまったく興味がなさそうだ。
男は淡々とした口調で、奇妙な魔法のリストを提示してきた。
「これらは、この国でまだ誰も使用したことがない魔法だ。どれか一つ選んで試してくれ」
「いや、それって……もう完成してるってことですよね? だったら、わざわざ俺を転移させた意味がないというか……自分で試せば済む話じゃないですか」
当然すぎる疑問を投げ返すと、男は露骨に眉をひそめ、深刻そうにため息を吐いた。
「新魔法には、“魔女の嫉妬”という現象が発生するリスクがあってな。それが起きれば、使用者は死ぬ。だから誰か他人で安全性を確かめてからでないと、自分が使うわけにはいかないんだ。理解できるだろう?」
――おいおい、それって完全に俺を捨て駒に使うってことじゃん……。
冷や汗がじわりと背筋を伝った。男の淡々とした説明によって、自分が思った以上に絶望的な状況に置かれていることに気づかされる。
――こうして、何度も不条理な魔法選択を課されることになり……あの予想外すぎる展開に巻き込まれることになるのだった。
◇
そして今、目の前の少女は恍惚とした表情で、俺を強く抱きしめて離そうとしない。
「ジュリジュリ~! もう会いたかったんだからぁ……!!」
「いやいや、ちょっと……なんか俺、この子を召喚しちゃったんですが!」
状況の理解が追いつかず、ただ戸惑うばかりだった。胸のあたりにはなぜか魔力が集中しているような感覚がある。
男は、俺の言葉を聞くと、冷静に腕組みをして考え込んだ。
「メギドの奴め……また魔法構成を誤ったのか。しかし、偶然の産物にしてはなかなか……いや、むしろ最高の魔法ではないか」
男の目が異様なほどに輝き始めた。
「よし、この魔法の安全性は確認された。ならば試さずにはいられない! 私も今から可愛い女の子を召喚するぞ!」
――うわ、なにこのオッサン……。
いきなり本性丸出しでかなり気持ち悪いんだけど……。
思わず眉をひそめながら男をジロジロと眺めていると、鋭い視線が返ってきた。
「何をぼやぼやしている! 次に試す新魔法を残り二つのどちらにするのか、さっさと決めておきなさい!」
突然の剣幕に、思わず息を呑む。背筋に冷たい悪寒が走った。
――このオッサン、本気で俺が使い物にならなくなるまで新魔法を試させる気だ。このまま言いなりになってたら確実に殺されるってことじゃん。なんとかしないと……!
しかし俺の焦りをよそに、男の興奮はますますエスカレートしていった。嫌悪感を通り越した満面の笑みを浮かべ、ひとりで盛り上がり始める。
「さぁ、一人目はどんな女の子にするかな……ハハっ、これから最高に忙しくなるぞ!?」
男は息を荒げつつ魔法の発動手順を確認すると、震える手で魔力を込め始めた。
「来い、可愛い女の子よ! いますぐ私のもとに現れるがいい!!」
その瞬間だった。
俺に抱きついていた少女が、露骨に不快そうな表情を浮かべた。左手で俺のパーカーの裾をぎゅっと握ったまま、空いた右手を男に向ける。
「さっきからこの人、気持ち悪いんだけど」
ぼそりと呟いた少女の手から、黒い霧が淡く広がり始める。しかし、その魔法は明らかに弱々しく、先ほど召喚された時の迫力とは程遠い。視界をほんの僅かに霞ませただけだった。
だが、霧がふっと晴れた瞬間――。
さっきまで興奮していた男の姿はどこにもなく、まるで初めから存在しなかったかのように跡形もなかった。
――消えた……? まさかこの子があいつを消しちゃったのか?
戸惑いながら隣を見ると、少女は自分の右手を不思議そうに眺め、小さく首を傾げていた。しかし、すぐに何かを納得したように笑顔を浮かべると、再び嬉々として俺に頬を擦り寄せてきた。
「ジュリジュリ~、邪魔者が消えてスッキリしたね!」
だがその直後、少女の動きがぴたりと止まる。抱きついている相手の顔をじっと確認し、目を数回ぱちくりさせると、その表情がゆっくりと凍りつき始めた。
そして見る間に頬から血の気が引いていき、次の瞬間――。
「……えっ!? ちょ、ちょっと待って……あんた、一体誰なのよ!? 私のジュリジュリどこにやったのよ!?」
耳をつんざくような甲高い悲鳴が部屋中に響き渡った。
一難去ってまた一難とは、まさにこのことだった。
俺は頭を抱えながら、深く深くため息をついた。




