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第16話:社交辞令を見抜く魔法の使い方

――シングウ王都軍令府――


 俺たちは、ヒヨリさんとの対面を果たしていた。

 表向きは、世話係のエミリが『転移者様』である俺をイチイセンの班長に紹介する――という名目だ。


 ……しかし、実際の初対面は想像していたものとはまるで違った。


「あなたが噂のヒカル君なんだぁ、会いたかったよぉ! よろしくね!」


 ピンク色の髪が肩でふわりと揺れた。

 その瞳はきらきらと輝きながらこちらを見つめている。


 突然向けられた満面の笑顔に、思わず息を呑む。


 それに距離が……近い。息がかかりそうなくらいだ。

 完全にパーソナルスペースを侵略している。


 反射的に一歩下がってしまった。


「よ、よろしく……お願いします」


 正面からの圧に押されつつ、なんとか言葉を返す。


「イチイセンの班長、ヒヨリですっ!

 あ、でもイチイセンって突然言われてもピンとこないよね?

 えっとね、ユラちゃんとサラちゃんっていう双子と、私の三人でチームを組んでるんだけどね――」


 まるで“休憩”という概念が存在しないかのように、楽しそうに話し続ける。


 王血部隊最強の英雄って聞いていたから、もっと寡黙で威厳のあるタイプを想像していた。

 ……なのに、目の前の人は強者のオーラというより、近所にいたらちょっと嬉しい綺麗なお姉さん。


 拍子抜けと同時に、少しだけ肩の力が抜けた。


「ヒヨリお姉さま、イチイセンの説明は私からお伝えしてあります」


 横からエミリが補足を入れると、彼女はさらに明るく笑って手を叩いた。

 可愛すぎて、口元が緩みそうになる。


「あ、そうなんだ! ありがとぉ~エミリちゃん!

 それでね、今、軍令府はヒカル君のこと、すっごく話題になってるんだよぉ」


 今のところ危険人物の匂いはしない――。


 ……いや、それどころか王血部隊最強のはずなのに、

 笑顔と柔らかい雰囲気のせいなのか、とにかく安心感が半端ない。


「でも今はね、イチイセン以外の他の一期生の子たちは――

 あっ、一期生っていうのは、『白の制服』を着てる私たちのことなんだけど――

 明日の『属性解放の儀』に来る貴族の方々と入れ替わりで、地方に派遣されちゃってるの。でも治安維持のお仕事だから、仕方ないことなんだよ?」


 ……いや、情報があっちこっち飛びすぎて脳みそが追いつかない。


「は、はぁ……」


 としか言えなかった。


 ――どう返せば正解なんだ、これ。


 ていうか、本当に、この人が王血部隊最強と謳われる英雄なのか?


 いや、それだけじゃない。

 ラァラを襲撃し、挙げ句にみんなの記憶からラァラを消し去った――その犯人だっていうのか?


 しかし目の前には笑顔を絶やさず、明るく無邪気に振る舞うヒヨリさんがいる。

 どう見ても襲撃者って感じがしない。


 ――だけど、俺の鼻は嘘をつかない……。


 強化された嗅覚が、確かに“この人間が襲撃者だ”と告げていた。


 襲撃者にしては優しすぎるその香り――森で初めて嗅いだときからずっと引っかかっていた違和感だ。


 ――はぁ……もしかして俺、女の人に騙されやすいタイプなのか?


 でも……優しいからって、信用していいわけじゃない。

 そうだ、騙されるな。


 これは罠だ。


 背筋を冷たいものが伝う。


 ――落ち着け。表情に出すな。


 目の前のこの女性が、恐るべき事件を裏から操っているかもしれない――

 そんな疑いを悟られたら、そこで終わりだ。


 心の奥で改めて決意した。


 ――ヒヨリさんが襲撃者かどうか、今ここで見極めてやる。


 そのために、俺がこっそり発動してる魔法があった。

 『好きな人と、嫌いな人がわかる魔法』――名前の通りの、どうしようもなくストレートな代物だ。


 正直、何を考えてこんな魔法を作ったのか理解に苦しむ。

 けど、今の俺にはこの効果が必要だった。


(ちなみにこの魔法は、女性の社交辞令を真に受けて魔鳩をブロックされまくっていたコウゲツを救うために作られたものなのだが――もちろん、そんな裏事情をヒカルが知るはずもない)


 仕組みは単純だ。

 相手が「好きな人」を思い浮かべたら、氷の欠片が軽くぶつかったような、澄んだ“鈴”の音が響く。

 逆に「嫌いな人」なら、胸の奥へ沈むような“不吉な鐘”が低く鳴る――もちろん、音は俺にしか聞こえない。


 “好き”か“嫌い”か、その二択しかない。中間はなし。

 微妙な好意とか苦手とか、そういう便利機能は付いてない。


 ――ヒヨリさんが王血部隊の英雄として本当にこの国を想っているのなら……。


 世界を脅かす魔女に対しては“嫌い”の音が鳴るはずだ。

 もしその音が聞こえなかったら――その時点で、疑うしかない。


 さっき“ユラ”“サラ”の名を口にしたときは、確かに鈴の音が鳴った。


 ――つまりその双子は、ヒヨリさんにとって心から“好きな人”。


 そこに嘘はない。


 問題は……魔女だ。


 呼吸を整え、何気ない雑談を装いながら、俺は慎重に切り込んだ。


「……あの、ヒヨリさん。

 『魔女の嫉妬』という現象は、やっぱり魔女と関係があるのでしょうか」


「魔女と関係があるかどうかかぁ……」


 彼女は一瞬、言葉を探すように視線を天井へ向けた。


 鼓動が早まる。

 耳が研ぎ澄まされ、室内の音が消えたように感じた。


 そして――その瞬間。


 重苦しく、不吉な『鐘の音』が、腹の底を震わせるように低く、長く響いた。


 これで、ようやく息がつける。

 肩の力が抜け、こわばっていた指先がじんわりと温かくなる。

 とりあえずよかった――魔女を強く嫌っているのは間違いない。


 ――まあ、これで魔女側って線はだいぶ薄くなったな。


 ……まだ完全に白とは言えないけど。


 当然この鐘の音は、俺以外に聞こえていない。

 彼女はすぐに屈託のない笑顔を取り戻し、優しく説明してくれる。


「魔女がこの世界に現れてから起き始めた現象だからそう呼ばれてるだけで、

 本当はまだはっきりしてないんだよぉ」


 そして、そっと秘密を打ち明けるように身を乗り出し、

 俺の耳元で囁いた。吐息がかすかに触れ、柔らかく包み込むような香りがふわりと漂う距離で。


「だけどね……フフ、実は今まさにそれを解明しようとしてるところなの。

 でもまだ誰にも内緒だよぉ……ね、転移者様っ?」


 ……っと、その瞬間。

 ヒヨリさんの豊かな胸元が、視界いっぱいにドーンと迫ってきた。


 しかも至近距離。逃げ場、ゼロ。


 ――ち、ちきしょう……!

   これが王血部隊最強と言われる……防御不能の一撃か!


 顔が一気に熱くなるのを必死に押し殺し、慌てて視線を逸らす。

 ……が、逸らした先でエミリと目が合った。うわっ、やばいやばい!


 エミリは氷の針のような視線でこちらを射抜いてくる。

 逃げようと視線を外そうとしても、刺さったまま離れない。


『転移者様ともあろう方が、そのようなことで動揺なさるなんて信じられません』


 そんな無言の説教が、その目に全部詰まってる気がした。


 ――ち、ちがうんだ! これは事故だ、事故!

   俺は何も……っ!


「ヒヨリお姉さまに『転移者様』とまで呼ばれて、

 ずいぶんとお近づきになられたのですね」


「そ、それは誤解だ! べ、別に俺は――」


 だが、その弁解を遮るように、ヒヨリさんが不思議そうな顔で口を挟んだ。


「エミリちゃん、どうしたの……何か怒ってる?」


「いえ……怒ってなどいません。ただ、少しだけ――」


 エミリの瞳が、氷の刃のように細められる。

 背筋にぞくりと冷気が走る。


「……ヒカル様が、危険な“罠”に惑わされないよう、

 警戒していただけです」


 淡々とした口調とは裏腹に、エミリの瞳ははっきりと訴えていた。


『ヒカル様、油断しすぎです!』


 耳の奥で響いた気がして、思わず背筋が伸びる。


 ――はいはい……って、いや、でもアレは事故だろ。


 そう思いながらも、エミリの無言の叱責に小さくうなずくしかなかった。


「そ、そうなんだぁ……」


 一方のヒヨリさんは、二人の微妙なやり取りにまったく気づいていないらしく、

 首をかしげてきょとんとしている。


 はぁ……天然だったか。いや、そんなことより――。


 ……胸元なんかに気を取られてる場合じゃない。気を引き締めろ、俺。


 笑顔と無邪気さだけ見れば、とてもじゃないが信じられない。

 だけど、自分たちを襲撃し、ラァラを追い詰め、皆の記憶からラァラを消し去ったのは――

 間違いなく、この目の前の人物なんだ。


 それに、“嫌い”って反応が出たからって、魔女と無関係とは限らない。

 脅されてるとか、強制されてるとか……そういう可能性だってある。


 ラァラの姿がふと脳裏に浮かんだ。

 襲撃者から必死に逃げようとして、顔を引きつらせていたあの彼女を。


 胸の奥で、じわじわと熱がこみ上げてくる。


 ……もう、これ以上は振り回されない。必ず真相を暴いてやる。


 拳を握りしめ、俺は、改めて彼女を見据えた。


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