第15話:英雄に香る魔女の影
「俺が追ってるのは、その『イチイセン』の班長――
王血部隊最強と言われる人物だ」
パオタロの表情は険しかった。
――は? 王血部隊最強だって?
ちょっと待て、優しい香りの奥に何隠してんだよ。
そんなヤバい奴だったのかよ……!
その衝撃的な事実に言葉を失った。
エミリが震える声を上げる。
その瞳は潤み、明らかに動揺している。
「ヒヨリお姉さまが……そんなことを……!?
ま、まさか……そんなはずありませんっ!」
エミリの反応を見る限り、よほど信じがたいことなのだろう。
「どういうことだ、エミリ?」
「だってヒヨリお姉さまは、陛下から英雄勲章を授かった方なんですよ!
数々の功績を挙げていて、国民からも絶大な人気を誇る英雄なんですっ!」
襲撃者にしては優しすぎるその香り――。
英雄と呼ばれる人物が襲撃者だったなんて、確かに違和感しかない。
エミリは涙をこらえるようにしながら続けた。
「ヒヨリお姉さまは、一年前の大規模テロを未然に防ぎ、
陛下のお命を救ったんです!
王都で起きた謎の爆発事件でも誰より早く駆けつけて、
たくさんの人を救って……
ほんの数週間前に食料輸送車が襲撃されたときだって、
本当に信じられない速さで駆けつけて、皆さんを守ったんですよ!」
その瞳には憧れと尊敬が入り混じっていた。
しかし、黙って聞いていたパオタロは、わずかに視線を逸らし――
逡巡するように、小さく呟いた。
「……その通りだ。ヒヨリさんはいつも、『誰よりも早く』現場に現れる。
まるで――事件の発生を、最初から知っていたかのようにな」
その一言に、エミリの表情がはっきりと曇った。
「ど、どういう……こと……?」
パオタロは苦い表情で、エミリをまっすぐ見返した。
「考えてみろよ、エミリ。俺だって本当は信じたかった。
だが……あまりにもタイミングが良すぎると思わないか?
まるで事件の発生を事前に知っていたかのような行動ばかりだ。
それで……俺は潜伏魔法を使って、彼女を監視してみることにしたんだ」
パオタロは少し言葉を詰まらせたあと、重苦しく続けた。
「……結果は、残念ながらビンゴだった。
多くの事件で、なぜかヒヨリさんが“事前に”現場にいたことがわかったんだ」
――つまり……そういうことかよ。
ヒヨリさんが事件を“起こさせていた”って言いたいのか……。
嫌な予感が、じわりと胸の奥を満たしていく。
パオタロは具体例として、つい先日あった
『甲種所属のハルナが『魔女の嫉妬』に巻き込まれた事件』
を挙げた。
本来、甲種では新魔法の開発は禁止されている。
だがヒヨリは、開発を進めるハルナを止めようとしなかったらしい。
それどころか――ハルナが“魔女の嫉妬”に呑まれても、
まるで最初からこうなると知っていたかのように冷静だったというのだ。
「ヒヨリさんとハルナさんは同期の間柄だったんだがな……」
パオタロの言葉を聞くほどに、胸の奥がじわじわと冷たくなっていく。
エミリも同じように見えた。
彼女の瞳には、信じたい気持ちと疑いの色が滲んでいる。
―――だがちょっと待て……もしこれが本当だとしたら……
この国の“英雄”そのものが敵になるってことじゃないか。
……冗談だろ。
「はっきり言わせてもらうが――」
パオタロは僅かに声を落とし、鋭く続けた。
「“魔女の嫉妬”が絡んだ事件でこうも不可解な動きを取っている以上、
ヒヨリさんが魔女本人か、あるいは魔女と繋がっている可能性を疑わざるを得ない」
「……っ!?」
心臓が、嫌な音を立てた気がした。
隣でエミリが息を呑む気配が伝わる。
ラァラという存在をまるごと消し去った“あの力”――
もしあれが魔女の力だというのなら、すべてが繋がってしまう。
だけど――。
「ま、待てよ。魔女はまだ封印されてるはずだろ?
予言じゃ、封印が解かれるのは数年先って話だったよな?」
その問いに、パオタロはゆっくりと首を横に振った。
「ああ、予言ではそうなっている。だが、誰かが悪意を持って意図的に封印を解いていたとしてもおかしくない。それに――」
「それに?」
「そもそも、その予言をした『大賢人』という男自体、本当に信用できるのか疑わしいんだ」
「どういうことだよ……?」
そこで、ためらいがちにエミリが再び口を開いた。
「実は、その『大賢人』という方は、先代国王陛下の前に突然現れて、
わずか一分にも満たない間に一方的な言葉を残して消えた……
ただそれだけの謎の存在なんです……」
「――!」
予言の通りに封印が保たれる保証なんて、どこにもなかった。
――どんな予言なんだよ……。
というか……大賢人って“ジュリジュリ”のことだよな。
その瞬間、背筋に嫌な汗が流れた。
――ちょっと待て、じゃあ……ラァラも疑わなきゃいけないってことか?
いやいや、それはないだろ……。
でも、ジュリジュリが怪しいっていうなら、ラァラまで怪しくなるよな。
――そういえばラァラって……魔女の国から来たんだったよな。
ジュリジュリ。ラァラ。
あの教会。シシン隊長の誘導。
王都で起きたテロ。
そして――ヒヨリ。
――もしヒヨリさんが魔女と繋がっているとしたら……?
思考がぐるぐる回り、最悪の可能性が、一気に一本の線で繋がってしまった気がした。
だが同時に、必死に否定する自分もいる。
――いや、待て待て待て!
さすがにそんな、都合よく全部繋がったりするか!?
……ダメだ。ここでじっと考えてても埒が明かない。
どっちにしろ、真実を確かめるためには、ラァラに会うしかない。
そのためにはまず、ヒヨリさんから情報を引き出すしかないんだ。
だけど――想像以上に深刻な状況であるのは間違いなかった。
いつ大結界が崩れ、魔女が襲ってきてもおかしくない。
そんなのヤバすぎるだろ……!
息を整える間もなく、パオタロが口を開く。
「――とにかく、このシナリオの場合、ハルナさんは“消された”ことになる。
急がなければこの国の人間に未来はない」
パオタロは重々しく言葉を続けた。
「本音を言えば、今すぐにでもヒヨリさんを捕らえたい。だが、それは不可能だ」
「不可能? どういうことだよ?」
パオタロは静かに頷く。
「ヒヨリさんは文字通り『王血部隊最強』だ。
今の俺たちじゃ、束になっても瞬殺されるだけだろう。
それに、他に助けを求めようにも、魔女の影響がどこまで及んでいるかわからない以上、迂闊には動けない。
特に一期生の先輩たちは、ヒヨリさんの単独行動を知りつつ黙認している節がある」
パオタロの苦渋に満ちた表情を見て、改めて状況の深刻さを思い知らされた。
一瞬、息が詰まる。
――これはもう、手遅れになりかねない。
隣ではエミリが小さく息を呑み、強張った表情で地面を見つめている。
「本当は、今は動くべきタイミングじゃない。
だが事態は一刻を争う――これが、手を打ちたくても俺が手を打てずにいる理由だ」
「じゃあ、なんで俺に協力を求めてきたんだよ?」
その問いに、パオタロは鋭い眼差しを向けてきた。
「お前なら――『転移者様』であるお前の力なら、もしかしたら何とかできるかもしれないと思ってな」
「なるほどな……まぁ大体のことならできるけど」
さらっとハッタリをかましてしまった俺は、悠然とした表情を崩さないまま小さく頷いたが、内心では盛大に後悔していた。
――しまった……あのリスト、燃やさなきゃ良かった……!
「ちょっと考えさせてくれ」
余裕を見せつけるように、ゆっくりと歩き出す。
『ゆっくり歩いてるだけでただモノじゃない感が出る魔法』をさりげなく発動し、
堂々と歩きながら、内心では全力で時間を稼いでいた。
当然、その裏では、必死になって記憶を掘り返していた。
――えっと……『無駄に前向きになる魔法』、『無策なほど深謀遠慮な策士に見える魔法』……ああ、どれもダメだ、もっとまともな魔法は――!
焦る中、ようやく使えそうな二つの魔法が脳裏に浮かび上がった。
――『そんなの見ればわかるだろ』ってバカにしてたけど、
こういう状況でこそ役立つのか……。
内心で深く頷く。
――本人確認程度なら『嗅覚』は一つあれば十分。
あとは……やっぱり『ハッタリ』が一番汎用性高いよな。
二重で発動させていた『嗅覚が30倍になる魔法』の片方を解除し、新しい魔法をそこに上書きする。
さらに『ゆっくり歩いてるだけでただモノじゃない感が出る魔法』も解除し、もう一つの魔法を重ねた。
密かに二つの魔法を切り替え終え、得意げに口角を上げる。
「パオタロの言う通り、『王血部隊最強』のヒヨリさんと正面から戦うのは無理だ。
だけど俺なら、パオタロが一番懸念してること――つまり、ヒヨリさんが魔女と繋がってるかどうかを見破ることくらいなら……たぶん、いや、きっとできる」
パオタロはその言葉に目を丸くした。
「なぜか、お前がそう言うと本当にやってくれそうな気がするが……例のハッタリを効かせる類の魔法を使ってるのか?」
――ギクッ……! 意外とこいつ鋭いんだよな……。
内心では冷や汗をかきつつも、表情だけは崩さず余裕の笑みを浮かべた。
「ハッタリかどうかは、結果を見ればわかるだろ?」
パオタロはじっと俺を観察したあと、小さく息を吐いた。
「……まあ、今はそれでいいさ。
だが俺は、お前のことをまだ完全に信用したわけじゃないからな」
パオタロの言葉に、エミリがむっとした様子で口を挟んだ。
「パオタロ、その発言はヒカル様に対して失礼じゃないかしら?
それにいい加減、ちゃんと『ヒカル様』と敬称でお呼びなさい」
パオタロは軽くため息をつき、肩をすくめた。
「こいつに敬称なんて必要ないが――
もし真の転移者様だと俺を納得させられたら『ヒカル様』と呼んでやってもいいぜ?」
敬称なんて、ほんとどうでもいいけどさ……。
でも、なんかこいつにだけは意地でも『ヒカル様』って呼ばせたくなってきた。
……それでその時は、返事してやるんだ。
とびきり偉そうなドヤ顔でな。




