第10話:咆哮した火竜
――森の中――
水の魔人が鋭い視線で睨みつけてくる。
全身から漂う濃密な警戒心が、嫌なほど伝わってきた。
――……まずいな。
胸がどくどくと高鳴り、冷や汗が背筋を伝う。
全身には相変わらず眩い紋様が派手に浮かび上がっているが、何の効果もない。ただの演出だ。
この状況が長引けば、いつハッタリがばれるか分からない。
――……くそっ
次の一手を考えたいのに、頭は真っ白だ。
火竜は派手に羽ばたいてるけど、攻撃力なんてゼロ。見た目だけの巨大な張りぼてだ。
だが――その時だった。
上空で火竜が大きく口を開き、
強烈な閃光と凄まじい爆発が森を貫いた。
爆風が木々を悲鳴のように揺らし、砂埃が視界を覆う。
――爆発……!? なんだよ、今のは!?
パニック寸前。
だが、それを絶対に表に出すわけにはいかない。
爆風の余韻で視界が揺れ、耳鳴りが残る。
だが、その刹那――ふと閃いた。
――そうか……!
“火竜の暴走”ってことにしてやればいい……!!
「くっ……暴走か……!
これ以上は、俺でも抑えきれないぞ……!」
苦しげに呻いた瞬間。
待っていたかのように、背後から鋭い気配が前に出た。
パオタロだ。
その背中越しに伝わる静かな威圧と揺るぎない自信。
いつの間にか、こいつは完全に状況を理解していた。
「見ただろう?
ヒカル自身、あの火竜を完全に制御できているわけじゃない。
このまま挑発を続ければ……いずれ本当に手がつけられなくなる」
低く、冷たい声音。
その刃は、水の魔人ではなく――操者へ向けられていた。
――そうだ。
あいつは今、操者に向けて“直接警告”してるんだ。
「ラァラを置いて今すぐに去れ。こんなところでお互い死んでも面白くないだろう? これ以上はお互いに詮索しない、追わない。……引き分けってことでどうだっ?」
その言葉に、水の魔人が僅かに揺らいだ気がした。
数秒の、心臓を締めつけるような沈黙が流れる――。
水の魔人は静かにラァラを地面へ降ろした。
そして何も言わずに、ゆっくりと森の奥へと姿を消していった。
「ラァラ!」
慌てて駆け寄り、倒れていたラァラを抱きかかえる。
その身体は冷たかったが、確かな鼓動が胸に伝わってきた。
「ヒカル……」
弱々しい声だ。だが、意識はある。
「……ちゃんとラァラのそばにいてって言ったよね?」
小さな指が俺の袖をぎゅっと掴む。
そのか細い力に胸が締め付けられる。
「ああ、わかったから……ごめんな」
――よかった……。本当によかった……。
胸に押し寄せる安堵感を噛みしめる。
そして魔力が底をついたかのように、小さく息を吐いた。
意識的に魔法を解除する――。
全身を覆っていた光の紋様がすうっと消え、
咆哮していた火竜も、燃え尽きるように空へ溶けた。
――うん、これでよし。
ほっとしたのも束の間、背後に佇むパオタロの視線に気づいた。
――そういえば、あの爆発ってパオタロがやったんだよな?
それを確かめようと振り返った時だった。
「あの火竜の爆発に俺たちまで巻き込むつもりだったのか?
まぁ今回は運よく助かったが、次からはもう少し穏やかな魔法を頼むぜ」
パオタロは肩をすくめて軽口を叩いたが、
その口元には薄い笑みが浮かんでいた。
その奥に――確かな理解があった。
――こいつ、完全に気付いてる……。
ハッタリだとバレてるのは明らかだ。
だがパオタロは、この場であえて口にしないつもりらしい。
――まぁ、どこで誰に聞かれているかわからないしな……。
その意図を受け取り、小さく頷いた。
ハッタリは通じた。
だが、ハッタリに力を与えたのは、
パオタロの冷静な判断と、あの一撃だった。
パオタロがいなかったら完全に終わってた。
まぁ……でも――
どうせバレてるのなら、次もパオタロに頼ればいいか?
そうしよう。
――とはいえ、もう少し俺も上手い魔法の使い方を考えておかないとな……。
頭の中で魔法の組み合わせを巡らせていると、
不意にポカッと頭を叩かれ、はっと我に返った。
「もう、ヒカル聞いてるの!?」
ラァラが頬を膨らませて怒っている。
どうやら話しかけられていたのを、完全に聞き流してしまったらしい。
まぁ、それだけ元気が戻ったってことか。良かった良かった――。
「ちょっとラァラちゃん、ヒカル様の頭になんてことするんですか!?」
エミリが慌ててラァラを止めようとするが、
ラァラはその手を振り払って俺を睨んだ。
「ラァラを無視するヒカルが悪いんだから!」
「でも頭を叩くのはダメですっ!」
二人が言い争いを始めるのを横目に、パオタロが苛立たしげに声を上げた。
「おい、お前らいい加減にしろ!
まだ完全に安全ってわけじゃないんだ。急いでここを離れるぞ」
緊張感が戻り、表情を引き締めた。
「悪かったよ、ラァラ。でも今は前に進もうぜ」
――でも俺、そんな怒られるようなことしたか?
いや、ていうか俺、けっこう頑張った方じゃないのか?
内心、釈然としない気持ちが渦巻いたが、口に出すのはやめておいた。
ラァラはむっとしたままそっぽを向いているのに、袖をぎゅっと掴んだ手だけは離さない。
「警戒しながら進む。俺の後に続け」
パオタロが先頭に立ち、鋭い視線で周囲を警戒しながら砂利道を進み始める。
「状況報告の魔鳩を飛ばしますね」
エミリは素早く魔鳩を呼び出し、短く状況を伝えて飛ばした。
黒い魔鳩は、夕陽の光を受けながら小さく羽ばたいて消えていく。
「あ、シュレ! シュレー!」
ラァラが草むらに呼びかけると、すぐに小さな毛玉がひょこひょこと姿を現した。
「よかった……無事だったんだね」
ラァラはシュレを抱き上げ、ようやく安心の色を見せた。
その横顔に、胸の奥がふっと温かくなる。
――それにしても、少しずつ仲間らしくなってきたな。
木々の隙間から夕陽が差し込み、道を金色に照らしていた。
それぞれが役割を果たしながら、俺たちは足早に砂利道を辿り、森を抜けるように進んでいく。
目指す先は――王都シングウだ。




