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第11話 行方知れずの『最後の証拠』

「それは……自白と取ってよろしいですか」


 私は声を尖らせた。


「あなたは祝宴が始まる前、私が控室を離れている間に〈強制調査の魔法〉を使い、鍵を開けられた。私のカバンから短剣をかすめ取り、複製元としてリリアンさまにお渡しした。つまり、この事件の黒幕だったのですね」


 底冷えするような悪寒が身体を横切った。手が、震えていた。

 ミルは私を止めなかった。私が間違っていないことを無言で認めていた。


「動機――こんなことをした理由は、リリアンさまとの『真実の愛』なるものを成就させるため。……私が……邪魔になったから!」


 泣きたくなるような衝動を抑え込み、おくびにも出さないようにしながら語気を強める。


「私は《聖女の指輪》の魔法使い。これでも世界を救った女です。ご自身のみの力で手にかけるのは無理筋と思われた。だからあなたは計画を立てた」


 動揺を悟られないように、左手で服代わりのボロ布をぎゅっと握りしめる。


「私に悪しき風評をかぶせたうえで、令嬢殺害の罪を着せて、大義名分を作った。兵たちを動かし『悪役令嬢』を囲み、絞首台に吊るすため……!」


 絞首台の近くでは、王子直属と思われる黒装束の騎士たちが控えていた。彼らは互いに顔を見合わせ、短い視線のやりとりが走った。

 第三王子の言とはいえ、彼らにも背負う家名と誇りがある。度を越した命令は許されない――だがエゴールは、自分のワガママを通す『力加減』をわかっていたのだろうか。このくらいなら、やれると。


「つまり。この茶番劇は、私の『公開処刑』などではない。ドス黒い悪意による『殺人計画』だった! あなたは――認めるのですか!」


……「まさか王子さまが…嘘だろ……」

 「おい、兵士たちは何をしてるんだ」

  「止めないのか?」

 「なあ、さっきの短剣のトリック…」

   「あれは本物だったのか?」

 「ベルトランさま、どうかしてください!」

  「誰が味方なんだ、いったい!」……


 ざわめきが広がり、誰もが好き勝手な言葉を吐く。

 大勢がささやきあう混沌が生まれた。

 やがて、騒ぎが静まりかけたころ、エゴールは――




「バカか? どうしてそうなるんだ?」




 大げさに両手を挙げ、肩をすくめた。


「今のはぜんぶ、妄想と想像。仮の話というやつだ。で、諸君。なんの証拠もない作り話を真に受けて、この第三王子に何を言うつもりだ? 本当に俺が何かしたとでも?」


 答えとともに、ぐしゃり、と鈍い音が響く。

 ベルトランが杖を振り下ろし、リリアンの右すねを潰さんばかりに圧した。


「ぎ――――……!」


 石を爪でひっかくような悲鳴が鳴り響く。エゴールの眉がほんのわずかに跳ねた。


「殿下」ベルトランは杖を握る手にぎりりと力を込めた。「申し訳ありません。少々、耳が遠くなったのか、おっしゃる意味がわかりませぬ。証がないから自分は無実だなどと、さような言い訳が通じる状況とお思いか!」


 彼の叱責(しっせき)を、エゴールはわざとらしい溜息で払いのけた。


「頭が悪いと大変だな。思ってるに決まっているだろう。こんな妄想を俺にぶつける時点で斬首ものだ。聞く耳を持ってやるだけありがたく思えよ」


 エゴールはゆっくりとした動作で、ミルに指を向けてくる。


「俺はアルアリエルの控室になど入っていないし、短剣も盗んでいない。そして、わかるか。これをもって、リリアンも潔白ってことになるんだよ」


「……は?」


 あっけにとられた。

 私の頭が、言葉の意味を受け止めるのを拒んだ。


「何を、言って……?」


 語尾がかすれた。


「《黄金の宝鍵》はなかなかに魔力(リソース)を食う道具でな。リリアンは、魔法技術は大したものだが、魔力量はさほどでもない。確かめてもらってもいいが、あいつは〈強制調査〉を使えない」


 魔法三原則。

 魔法には……『ふさわしい魔力と技術が必要』。


「この場で扱えるのはベルトランくらいだろう。が、今ずいぶんとお前に協力的なツラをした伯爵サマが短剣を盗んだというのも変な話だ。すなわち、お前の部屋に侵入できる者などいなかった。ならばアルアリエル、お前の小賢しい推理は全部ウソっぱちだ」


 何を。何を言い出すのだ、この男は。


「ふざけないで! そんなの暴論です! 証がないというだけで、すべてなかったことにするおつもりですか!」


「ああ、すべてぶち壊しだとも」


 エゴールは両手をわざとらしく振って笑った。


「短剣の盗難がなければ、リリアンは氷の短剣を作れない。お前の控室にいたはずの侍女たちに聞けばいい。もし俺が〈強制調査の魔法〉を使って眠らせたなら、連中には何も記憶が残らないが――リリアンが単独で盗みに入ったというなら、誰の目にも止まらず済むはずがないだろうよ」


 王子の背後に並ぶ騎士たちの空気が一変した。重い鎧がギリ、ときしみを立て、数本の剣が鞘から半歩抜き出される。淡い光が刃先に宿る。


 ふと、私は気づいた。この場にいる「兵力」は、明確に二つの派閥に分かれている。


 一方は、白い鎧をまとったベルトラン伯爵配下の兵士たち。

 もう一方は、黒い鎧を身につけたエゴール王子の私兵たち。

 リリアンが捕らえられた今、彼らの利害は一致していない。


 ベルトランと兵士たちは即座に身構えたが、戦力差は歴然としていた。剣を構えながらも動けなかった。この魔力、この空気。手を出した瞬間、全員が死ぬ。兵士たちは本能で理解していた。


「分かってるじゃないか。血迷った真似はやめておけ。俺は部下思いなんでな。一人ひとりの顔と家名、しっかり覚えてやっているぞ」


――明らかなウソをぬけぬけと。


 エゴールは勝ち誇った笑みを浮かべた。


――私。わたし、こんな男のことを……!


「……つまり、証拠を出せということですね」


 だが、ミルは余裕を失っていなかった。


「問題ありません、アルアリエルさま。すでにあなたは、『最後の証拠』を見つけています」


「証拠だと?」エゴールは首飾りに手をやった。顔をしかめ、低く笑う。「できるわけがない。言ってみろ! 特別に聞いてやる……!」


「四回」


 ミルは唐突にそう言い、ゆっくりと指を四本立ててみせた。


「あなたがその首飾りに手をやり、握りしめた回数です」


 エゴールの顔色がじわりと変わる。

 彼が手に握る首飾り――全体は円形というより、ゆるやかに波打つラインを描いている。小さな輪が互い違いに重なり合い、動くたびにわずかに光を跳ね返す。

 細い銀鎖に小粒のガラス玉が連なっている。色は鮮やかな青、緑、黄の、透きとおる水晶球がひとつずつ、バランスよく散りばめられている。大ぶりな宝石ではなく、どれも親指の爪ほどの大きさ。

 装飾の凝った貴族の宝飾品とは違い、質素で控えめ。けれど、さりげなく目を引く。色使いと配置に不思議なセンスがある。どこか愛嬌があって、派手さよりも可愛らしさを感じさせる首飾りだった。


「どうやら、殿下。あなたはストレスを感じると、そいつを無意識にいじるクセがあるようですね。ずいぶんと大切にされているようだ。でも、いささか不思議です。王子が身につけるものにしては、素材が妙に安っぽい。デザインは素敵だと思いますが」


「――――どこで、手に入れたのですか」


 私は聞いた。声色はだいぶ冷たかったと思う。察しはつく。昨日まで、エゴールはあんなものを身につけていなかった。ベルトランたち、ほかの列席者も見覚えがない様子だった。


「そのご様子だと、昨夜まではシャツのウラにでも隠し持っておられたのでしょうね。今日になって堂々と見せびらかせるようになった……まあ、そういうことです。ですが、しかし」


 ミルはすっと人差し指をエゴールに向けた。


「殿下、気をつけたほうがいいですよ」


 彼は忠告する。


「見るからに、パーツが外れかかっていますから」


「……話を逸らす魂胆か?」エゴールはそう言って、周りの部下を見渡す。


「違います。今あなたは困っているはずだ――あるものを、なくしてしまったことに」


 ぎくりとエゴールの表情が歪む。

 彼だけではない。

 視界の端で、地に伏せたリリアンもかすかに身じろぎする。


 彼が大切にしていたもの。

 なのに、なくしてしまったもの。

 それは、いったい?


「あなたの首飾りには、不完全な点がある。安物なのにやけにセンスがいい。『定番』をわかっている人が贈ったものだ。であれば、もっとも目立つ『あるパーツ』が、今そうなっているのはおかしい。では、その『おかしさ』はなぜ起きたのか。そして――その結果、何が起こったのか」


「バカな……! 俺は、何も、心当たりなどッ……!」


「なくて結構。あなたには期待していません」


 ミルはぴしゃりと言い切り、私に視線を向ける。


「アルアリエルさま。いかがですか? あなたなら、わかるはず」


 エゴールが握りしめる首飾り。荒波に揺れる小舟のごとく、手は震えている。

 その姿を見ながら私の心が脈打った。

 ひらめきが走り、思考の霧がすっと晴れた。

 答えが、まるで向こうから歩み寄ってきたようだった。


 『なくしてしまったもの』。

 『おかしいパーツ』。

 『なぜ、そうなったのか』。


 そして――


 『結果、何が起こったのか』。


 まさか――――!


「殿下」


 そうか。


「ご覧の通り、この者は私の従者。よって、私にも見えておりますわ。あなたは、もう、おしまいだと」


 見つけてくれていたのだ。

 本来、私が一番に気づくべきだった場所。

 でも、それにしたって、なんて……バカらしい。

 マヌケすぎる。思わず笑いが出てしまう。

 本当に何なのだろう、このバカは。

 黒幕めいた顔で格好つけて本性を現して!

 それでオチがこれだというの!?

 ぐしゃっと手で顔を押さえてこらえようとしたけれど、でもダメ。

 いいえ、よく考えたら隠す必要もないのよ。


「……ぷっ」


 嘲笑ってさしあげますわ、殿下。


「プ、フ、フフ……ハハハハ。あーっはっはっはははははははッ!」


「な……」


 エゴールが、口を半開きにして私をじっと見つめていた。ああ――おかしい。おかしい。おかしい! こんな男に私は人生を賭けてしまっていたなんて。こんなやつのために、今まで振り回されていたなんて! くだらなさすぎて涙も出ない! 


「なんだ……お前っ……! 気が狂ったか!」


「すぐに分かります。ああ、嬉しいわ――! あなたの絶叫が、もうすぐ見られるなんて!」


 王子がまるで興味を持てておらず、

 ゆえにまったく意識を向けていない場所。

 ミルの言う通りだ。

 答えをすでに、私は手に入れている!




「さあ、おしまいにしましょう!

 殿下! これが!

 あなたに引導を渡す『最後の証拠』です!」




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