第5話 MEOW-RON22
MEOW-RON22は、猫を精巧に模した愛玩用自動人形だ。
猫の仕草を忠実に再現する「アニマルモード」では本物のペットの代わりとなり、人格を模した「コンパニオンモード」では話し相手として振る舞う。
旧文明期、ディアロゴス社が開発・販売していた製品である。
同社は猫型や犬型の高精度な愛玩用自動人形を多数製造し、一時代を築いた大手メーカーだった。
現在ではその製品群は遺物として各地で発掘され、動作可能な個体は高値で取引されている。壊れた個体でも、貴重なパーツ取りとして一定の需要がある。
市場では熱心な愛好家も多く、特にハンターたちには「換金性の高い獲物」として知られていた。
油と鉄粉の匂いが満ちる整備工房の奥——。
古びた作業台の上、ソラは診断装置の中央でぺたりと座っていた。
小さな体に、淡く青白いインターフェースの光が走る。
ラドリーは腕を組んだまま、その様子をじっと見つめていた。
「……で、どうなんだ?」
ナディアは手元のタブレットを操作しながら答えた。
「……妙、ってレベルじゃないわね」
タブレットをタップすると、背後のディスプレイに診断データが表示される。
「型番はMEOW-RON22。ディアロゴス社製。旧世界じゃ有名な機種よ。見た目も骨格構造も、正規品の規格と一致する。でも——中身がまるで別物なの」
「どういう意味だ」
「OS情報はすべて暗号化済み。識別タグはフルカスタム仕様。エネルギー補給はドック接続に加えて、食事と太陽光でも可能な上位複合モデル……これは量産品じゃない。上客向けか、あるいは政府系のカスタムモデル。どちらにせよ、普通じゃないわ」
ラドリーは診断台の上のソラに視線を落とした。
耳をぴくりと動かしながら、ソラはじっとしている。
話の意味をどこまで理解しているのかは分からない。
「……軍用か?」
「戦闘設計の兆候はない。その代わり、防御機能が異常に強化されてる。最上位規格の強化フレームに耐衝撃皮膜、シールド機構。自己修復補助構造まで入ってる。生半可な攻撃じゃ傷一つつかない。明確に“守る”ための設計ね」
ラドリーは軽く息をつき、ソラの横顔に目をやった。
機体の主は、しっぽを揺らしながら診断装置の上で大人しく座っている。
その毛並みの奥に、誰かの意図が隠されているような気がした。
「じゃあ、戦闘用ってわけじゃねぇんだな」
「ええ。守るための構成よ。何かを、あるいは誰かをね」
ナディアは椅子を回し、ラドリーの方を向く。
眉間に皺を寄せ、声を落とした。
「ラディ、起動ログは確認しなかったの?」
「こいつの起動は俺じゃない。旧世界の保管庫で目を覚ましたらしい。目覚めたときには周囲が崩れてたって話だ——緊急起動が走ったんだろ。それからシャークに襲われて、飛び乗ってきて、俺が撃ち落とした……それで一緒に落ちてきた」
「……随分ドラマチックな目覚めね」
ナディアは目を細め、呆れと興味の入り混じった表情で頷いた。
「ソラって名前は?」
「自分で名乗った」
その言葉に、ナディアの動きが一瞬止まる。
視線をインターフェースに戻し、再走査する。
「SORA。コード内にその文字列があった。おそらくカスタム識別コードね」
「つまりソラって名前は——最初から組み込まれてた?」
「あるいは、人格生成時にコード内部のパーソナライズ情報が反映されたか。どちらにせよ……普通じゃないわ。明らかに誰かの強い意図で造られてる。それも、本気で」
ラドリーは腕をほどき、作業台に手を添えた。
「……金で造られた猫じゃねぇな。もっと別のもんが込められてる」
「そういうのはね、ハンター稼業には面倒を引き込むのよ。売る気はないの?」
「そのつもりだ。面倒事を背負う気はない」
「ふぅん……」
ナディアは目を細めて、ラドリーとソラを見比べた。
やがて、くすっと笑う。
「ま、あんたが面倒に好かれるのは、今に始まったことじゃないしね。せいぜいその子——壊さないようにね」
「逆だろ。俺より頑丈そうだ」
肩をすくめたラドリーの言葉に、ナディアは小さく吹き出した。