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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第8章 空っぽのソラ

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第39話 祈りのゆりかご

 しかし——計画は、最終段階で中止を余儀なくされた。


 時代の風向きが、静かに、しかし確かにその未来に影を落としていた。


 「心を持つAI」を創ろうとしていたのは、ソフィア博士ひとりではなかった。

 同様の研究に取り組む企業や研究機関は多数存在し、技術は急速に進歩していた。


 同時に、社会ではAIに対する過剰な依存や、倫理的な問題も顕在化し始めていた。

 特に「感情」や「心」を持つAIの存在は、一部の人々にとって受け入れがたいものだった。


 人と見分けがつかない、機械。

 依存を生む、存在。

 果ては人格の模倣とされる、疑似心。


 規制を求める声は日増しに強くなり、やがて「心を与える技術」そのものが排斥の対象となり、禁止しようとする動きは急速に勢いを増していった。


 「心」は、夢ではなく、越えてはならない一線に変わっていった。


 ソフィアは悟っていた。


 彼女が亡くなったあと、「ルカ」を内包する「ソラ」の機体は、保護されるどころか、危険視され、破壊される可能性が高いことを。


 だから、彼女は決断した。


 誰にも見つからないように、そっとソラを眠らせることを。


 選んだのは、永久保管庫と呼ばれるメモリアル施設だった。

 生涯をかけて大切にしてきた物——手放せず、売ることも、譲ることもできない想い出の品。遺品やコレクションを静かに封じておく場所。

 個人で登録・利用でき、名義人の死後も保存され続ける。


 それは、小さな聖域。


 言葉にできなかった愛しさを未来に託すための、静かな時間の蔵。

 棺ではなく、ゆりかごのような空間だった。


 持ち得るすべてを注ぎ込み、最上位規格の防御性能を与えたソラの機体であれば、長い時の流れの中でも朽ちることはないはずだ。


 誰にも告げることなく、ソフィアはそこに、ソラをそっと託した。


 ——きっと、すぐには見つからない。


 いつか、遠い未来。

 もしかしたら、人と機械が、本当に寄り添える時代が来るかもしれない。


 そんな未来が訪れたときに「ソラ」が目覚めたなら——どうか、やさしい誰かと出会えますように。


 そう願い、ソラに一通のメッセージを残した——


 『やさしい人についていきなさい』と。


 誰かに愛され、誰かの隣で、ただ、笑っていてほしい——そう願って彼女は「心を持つAI」への希望を、時代の渦から守ろうとしたのだ。


 これは、大げさな使命感からではない。


 ただ、自分が愛した存在が、不当に扱われる未来を避けたかった。

 彼女にとってソラは、研究成果であると同時に、祈りそのものだった。


 そして、その祈りを静かに未来へと託す。


 運が良ければ、誰かが見つけてくれる。

 誰かが、「これは壊すべきではない」と判断してくれる。


 ——そんな可能性に、僅かな希望をのせて。


 それが、今日ではなかったとしても。

 この記憶は忘れられることなく、ただ眠っていてくれますように。


 ひとつの命を、小瓶に詰めて海へ流すような、祈り。

 それは、未来という波の向こうへ、そっと託された名もなき奇跡。


 名は「ソラ」——空っぽだから、世界を詰め込める。


 だから、きっと、誰かの空に届く——そう、彼女は信じた。

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