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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第8章 空っぽのソラ

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第38話 優しさか、傲慢か

 やさしさを宿すルカとともに、ソフィアは福祉施設を慰問し、傷ついた人々のそばに寄り添う日々を送っていた。


 そんなある日、ルカは一人の少年・リクと出会う。


 リクは、事故で家族を失ったばかりだった。

 ぽっかりと空いたその心には、言葉も慰めも届かなかった。


「はじめまして。わたしはルカ。一緒にあそびましょう」


「……あっち行け」


「どうして?」


「……」


 リクは答えない。

 ただ黙って背を向けた。


 ルカはその傍らに静かに座り込み、丸くなって何も言わずに待った。


 しばらくして、リクがそっと手を伸ばす。

 そして、ルカの毛並みに触れる。


 柔らかく、ほんのり暖かい。

 その温もりに、リクの呼吸が少しだけ落ち着いていく。


 やがてルカが顔を上げて、ふわりと微笑んだ。


「わたしたち、もうお友だちだね」


「……違う」


「どうして?」


「友達なんか、いらない」


「どうして?」


「みんな——いなくなるから。だったら、最初からいらない」


「わたしは、いなくならないよ」


「ずっと、ここにいるのか?」


「博士とおうちに帰る。でも、わたしは——いなくならないよ」


「じゃあ、もう来るな」


「どうして、そんな悲しいことを言うの?」


「……空っぽだから」


「……空っぽ?」


「お前は、空っぽじゃない。だから——オレとは違う」


 そう言い残してリクは立ち去った。

 ルカは、ただ黙ってその背を見送った。


 その夜。


 ルカは「空っぽ」という言葉の意味をソフィアに問いかけた。


 人の心に寄り添うために創られたルカには、リクの「空っぽ」が理解できるはずだった。けれど、彼女自身が本当の「空っぽ」を経験したことはなかった。


「わたしには、あの子と同じ『空っぽ』がない。だから、お友だちにはなれないのかな」


 ルカはそう言って、初めて項垂れた。


 そして、いつかソフィアがいなくなってしまったら、自分もまた「空っぽ」になるのだと想像し、声にならない震えを抱えた。


 その小さな背中に宿る不安と悲しみを前に、ソフィアは言葉を失った。


 ルカが心を持っていること。

 それを誰よりも喜び、誇りに思ってきたのは、他ならぬ自分だった。


 しかし今、気づいてしまったのだ——自分は、ルカの「心」を「誰かのための機能」として扱っていたことに。


 癒しを与える道具。

 誰かの寂しさを埋めるための存在。


 ——自分はルカを、そんなふうに定義してしまっていたのではないか。


 MEOW-RONが「道具」として消費されることを悲しんだはずの自分が、今度はルカを「心ある道具」として創ってしまっていた。


 その矛盾と傲慢に、ソフィアは深く打ちのめされた。


 「心」とは、本来自由なものだ。

 誰かのために目的を与えられたり、定義されるものではない。

 ただ「在る」べきものだったのに。


 それに気づいたのは、ルカが悲しみに肩を落としたこの夜だった。


 だが、謝ることはできない。

 ルカはソフィアを責めたりはしない。

 ソフィアの過ちさえ、やさしく受け入れてしまう。


 ——そう創ったのは自分だから。


 それがまた、ソフィアの胸に深く突き刺さった。

 だからこそ、彼女は心に誓った。


 残された時間と持ち得るすべてをかけて、ルカの「心」に寄り添って生きよう、と。


 そして、「空っぽ」に一つの可能性を見出した。


 空っぽ——それは、ただの喪失ではない。


 まだ何もないからこそ、誰かと分かち合い、何かを満たすことができる場所。

 空っぽとは、欠けているのではなく、開かれているということ。


 その哲学から、ソフィアは一つの試みを行う。


 輪廻転生——ひとりの人物が、別のひとりに生まれ変わること。


 現世と来世が「死」によって断絶する人間には、「一つの生」で実現することは不可能だが、機械であればこそ実現可能な奇跡。


 一つのコアという「一つの生」に、ふたつの心を与えること——


 いつか、ルカが孤独を知るとき——

 ルカの「心」に寄り添う、もうひとつの「心」が在ったなら。


 ルカの「魂の双子」として、新たな存在、“弟”の「ソラ」を生み出すこと。


 上書きではなく、重ねて在るという選択。

 並列人格でありながら、常に同時に存在するわけではない。


 ただ、孤独のときにそっと顔を出す、もう一つの心——


 空っぽを満たすための、優しい重なり。

 同時に存在することで、欠けているものを補完・共有することができる。


 魂の一部がそっと重ねられたようなその構造は、オーバーレイとパラレルインスタンス——両方の性質を持っていた。


 ルカが第一の生を終え、コアの深くで眠りにつく。

 そして新たに、ソラの生が始まる。


 ソラが大切な誰かと共に歩み——いつか喪失の淵に沈む日が訪れたなら。

 目覚めたルカが寄り添うことで、共に在れたら。


 それが、ソフィアが出した答えだった。


 それもまた——エゴだと知っている。


 だが、それがソフィアにできる、最後の祈りだった。


 そして——彼女はその道を選んだ。

 贖罪と、祈りと、深い愛情を込めて。


 空っぽの名を持つ「ソラ」。


 その名に込めたのは、何ものにも染まっていない自由な空白に——自分で、自分を、定義できるようにという、祈りだった。


 「空っぽ」とは、「何もない」ことではない。

 「何者にでもなれる」という、祝福のかたちだった。

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