第38話 優しさか、傲慢か
やさしさを宿すルカとともに、ソフィアは福祉施設を慰問し、傷ついた人々のそばに寄り添う日々を送っていた。
そんなある日、ルカは一人の少年・リクと出会う。
リクは、事故で家族を失ったばかりだった。
ぽっかりと空いたその心には、言葉も慰めも届かなかった。
「はじめまして。わたしはルカ。一緒にあそびましょう」
「……あっち行け」
「どうして?」
「……」
リクは答えない。
ただ黙って背を向けた。
ルカはその傍らに静かに座り込み、丸くなって何も言わずに待った。
しばらくして、リクがそっと手を伸ばす。
そして、ルカの毛並みに触れる。
柔らかく、ほんのり暖かい。
その温もりに、リクの呼吸が少しだけ落ち着いていく。
やがてルカが顔を上げて、ふわりと微笑んだ。
「わたしたち、もうお友だちだね」
「……違う」
「どうして?」
「友達なんか、いらない」
「どうして?」
「みんな——いなくなるから。だったら、最初からいらない」
「わたしは、いなくならないよ」
「ずっと、ここにいるのか?」
「博士とおうちに帰る。でも、わたしは——いなくならないよ」
「じゃあ、もう来るな」
「どうして、そんな悲しいことを言うの?」
「……空っぽだから」
「……空っぽ?」
「お前は、空っぽじゃない。だから——オレとは違う」
そう言い残してリクは立ち去った。
ルカは、ただ黙ってその背を見送った。
その夜。
ルカは「空っぽ」という言葉の意味をソフィアに問いかけた。
人の心に寄り添うために創られたルカには、リクの「空っぽ」が理解できるはずだった。けれど、彼女自身が本当の「空っぽ」を経験したことはなかった。
「わたしには、あの子と同じ『空っぽ』がない。だから、お友だちにはなれないのかな」
ルカはそう言って、初めて項垂れた。
そして、いつかソフィアがいなくなってしまったら、自分もまた「空っぽ」になるのだと想像し、声にならない震えを抱えた。
その小さな背中に宿る不安と悲しみを前に、ソフィアは言葉を失った。
ルカが心を持っていること。
それを誰よりも喜び、誇りに思ってきたのは、他ならぬ自分だった。
しかし今、気づいてしまったのだ——自分は、ルカの「心」を「誰かのための機能」として扱っていたことに。
癒しを与える道具。
誰かの寂しさを埋めるための存在。
——自分はルカを、そんなふうに定義してしまっていたのではないか。
MEOW-RONが「道具」として消費されることを悲しんだはずの自分が、今度はルカを「心ある道具」として創ってしまっていた。
その矛盾と傲慢に、ソフィアは深く打ちのめされた。
「心」とは、本来自由なものだ。
誰かのために目的を与えられたり、定義されるものではない。
ただ「在る」べきものだったのに。
それに気づいたのは、ルカが悲しみに肩を落としたこの夜だった。
だが、謝ることはできない。
ルカはソフィアを責めたりはしない。
ソフィアの過ちさえ、やさしく受け入れてしまう。
——そう創ったのは自分だから。
それがまた、ソフィアの胸に深く突き刺さった。
だからこそ、彼女は心に誓った。
残された時間と持ち得るすべてをかけて、ルカの「心」に寄り添って生きよう、と。
そして、「空っぽ」に一つの可能性を見出した。
空っぽ——それは、ただの喪失ではない。
まだ何もないからこそ、誰かと分かち合い、何かを満たすことができる場所。
空っぽとは、欠けているのではなく、開かれているということ。
その哲学から、ソフィアは一つの試みを行う。
輪廻転生——ひとりの人物が、別のひとりに生まれ変わること。
現世と来世が「死」によって断絶する人間には、「一つの生」で実現することは不可能だが、機械であればこそ実現可能な奇跡。
一つのコアという「一つの生」に、ふたつの心を与えること——
いつか、ルカが孤独を知るとき——
ルカの「心」に寄り添う、もうひとつの「心」が在ったなら。
ルカの「魂の双子」として、新たな存在、“弟”の「ソラ」を生み出すこと。
上書きではなく、重ねて在るという選択。
並列人格でありながら、常に同時に存在するわけではない。
ただ、孤独のときにそっと顔を出す、もう一つの心——
空っぽを満たすための、優しい重なり。
同時に存在することで、欠けているものを補完・共有することができる。
魂の一部がそっと重ねられたようなその構造は、オーバーレイとパラレルインスタンス——両方の性質を持っていた。
ルカが第一の生を終え、コアの深くで眠りにつく。
そして新たに、ソラの生が始まる。
ソラが大切な誰かと共に歩み——いつか喪失の淵に沈む日が訪れたなら。
目覚めたルカが寄り添うことで、共に在れたら。
それが、ソフィアが出した答えだった。
それもまた——エゴだと知っている。
だが、それがソフィアにできる、最後の祈りだった。
そして——彼女はその道を選んだ。
贖罪と、祈りと、深い愛情を込めて。
空っぽの名を持つ「ソラ」。
その名に込めたのは、何ものにも染まっていない自由な空白に——自分で、自分を、定義できるようにという、祈りだった。
「空っぽ」とは、「何もない」ことではない。
「何者にでもなれる」という、祝福のかたちだった。




