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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第7章 選ぶということ

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第30話 始まりの歩幅

「じゃ、これが今日の巡回ルートな」


 朝の薄明かりが地面を照らす中、マイロが掲げた端末の画面には、街を囲むように点在するチェックポイントが光っていた。

 小さなピンが数十箇所、まるで点と点を結ぶパズルのように並んでいる。


「……おい、これ初回だぞ?」


 ラドリーは半眼になって端末を睨んだ。

 ベンチに浅く腰掛けていたが、その姿勢を崩して身を乗り出す。


「ラドなら余裕だろ? モンスター討伐じゃないんだからさ。出てもせいぜい、ハト型イタズラ機くらいよ。な?」


 マイロは肩をすくめて笑いながら、缶コーヒーのふたを開けた。

 風に乗って、微かに甘い匂いが流れてくる。


「そういう、フラグみたいなこと言うなよ……」


 ラドリーは渋い顔をしながらも端末を受け取る。

 その手の中で画面がピッと反応し、ルートの詳細が表示される。


 道幅の狭い裏路地、人気のない工業地帯、そして街の外縁部にある古びた施設。

 ふと視線を横に向けると、青空のような色をしたベストを着たソラが歩道の端を軽やかに跳ねていた。


「ねぇ、ねぇ! 今日からお仕事なんでしょ? ボク、お手伝いするね!」


 瞳がきらきらと輝いている。

 声も動きも、まるでスキップそのものだった。


「いや、おまえは留守番で——」


「やだーっ! お手伝いしたいの!」


 言うが早いか、ソラは両前足でラドリーの足にぎゅーっとしがみついてきた。

 その毛並みはふわふわとしていて、ほんのり暖かい。

 まるで冬の朝に出された毛布のような優しさが、じんわりと伝わってくる。


「……おまえなぁ……」


 ラドリーはため息をひとつ。

 だが、怒るような声ではなかった。

 むしろ、諦めと、どこか微笑みが混じっている。


「連れてけよ。どうせ途中で、ソラに助けられる展開だろ?」


「協力員初日ってのは、もっと軽くやるもんだろ」


 マイロは笑い、ラドリーは小さくぼやいた。


   ◇


 巡回ルートの中盤、街外れの工業区へと足を運ぶ。

 風が少し強くなり、鉄の匂いが鼻をかすめた。

 かつて生産の拠点だったその場所は、今では誰も近づかない静寂の塊となっていた。


 巨大なパイプが蛇のように絡み合う施設跡。

 錆びついたタンクと、崩れかけた柵。

 すべてが時の流れに侵食され、朽ちていた。


「ここ、なーんか、ひんやりする……」


 ソラがぴたりとラドリーの隣に寄る。

 金属板を踏む足音が、空気を切り裂くように響く。


「昔のプラント施設跡らしい。旧世界の技術のなごりってやつだ。今はもう使われちゃいねぇけどな。たまにモンスターが棲みつくことがある」


 ラドリーが説明しながら端末を操作し、施設の現在位置と状態を記録していく。


 ふと見上げると、遠くには街の高層建築が霞んで見えた。

 いつも見ていたはずの街並み。

 だが、視点が変われば景色もまた違って見える。


「……変な感じだな」


「え? 何が?」


「……いつもは壊す側だった。ハンターってのは遺跡に踏み込んで、奪って、逃げる。そういう仕事だった。でも今は……」


 言いながら、自分の言葉に驚くように声が小さくなる。


「守ってるんだね!」


 ソラが弾けるような声で言った。

 その目は、迷いなく真っ直ぐラドリーを見上げていた。


「……かもな」


 ラドリーは静かに、そして確かに答えた。

 ふいに胸の奥が温かくなる。

 言葉では説明できない何かが、ゆっくりと輪郭を持ち始めていた。


 空は晴れていて、風はどこまでもやさしかった。

 施設の金属板が風にきらりと光った。


「次のポイント行こっか! ね、ラドリー!」


 ソラがしっぽを立てて先に立つ。

 地面を蹴って、ぴょん、と跳ね、道の上をスキップのように進んでいく。


「しっかりついてこいよ、協力員補佐」


「わーいっ! ボク、ほさー!」


 まるで歌うように跳ねるソラ。

 その背中を追いながら、ラドリーはゆっくりと歩き出す。


 肩に乗った風が軽く、歩幅も、心も、少しだけ前へと伸びていくようだった——まるで、これからの道を測るように。


 ——これはきっと、彼にとっての始まりだった。


 壊すための足取りではなく、守るための歩幅。

 その意味を、彼は少しずつ歩きながら理解しはじめていた。

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