第23話 たい焼きモンスター現る?
夜がすっかり更けていた。
街の喧騒はとうに静まり、建物の窓には灯りもなく、ただ淡い月といくつかの星が夜空を優しく照らしていた。
風は凪ぎ、木々の葉すら揺れず、静けさがまるで毛布のように街を包み込んでいた。
そんな夜の部屋の片隅——
もそり、と小さな山が揺れた。
ラグの上に転がっていた毛布がふくらみ、やがてその中から小さな猫型の影がむくりと起き上がる。
「……ん……?」
ソラだった。
淡く光る瞳をしぱしぱと瞬かせながら、ぼんやりと宙を見つめ、そしてゆっくりと窓の方へ顔を向けた。
さっき、何かが動いたような——そんな気配がしたのだ。
月明かりが差し込むカーテンの隙間。
そのすき間の向こう、わずかに揺れた影が確かにあった。
「……ラドリー……?」
ソラは毛布の山に小さく囁いた。
けれど返事はない。
微かに聞こえる呼吸の音が規則正しく続いているだけだった。
ラドリーは完全に夢の中だ。
「……ボクが行くしか、ないね……」
小さく気合いを入れて、ソラはそっと毛布から抜け出した。
床に足をつけると、足音を忍ばせながら慎重に歩く。
カーテンの前で立ち止まり、息を止める。
——そぉっと、すき間から外を覗く。
……夜の街は、まるで絵本の中の世界のように静まり返っていた。
舗道の街灯がぽつんと灯り、その下を……黒い影がさっと横切った。
「——っいたっ!!」
思わずソラは飛びのいた。
しっぽがぶわっと膨らみ、ぴょこんと逆立つ。
「ほ、ほんとにいたよ……たい焼きモンスター……たい焼きの形してたもん……!」
ぷるぷると震える耳としっぽを落ち着かせながら、ソラはラドリーの元へ戻った。
小さな手で、遠慮がちに肩をぽんぽんと叩く。
「……ねえ、ラドリー……たい焼きモンスター、きたかも……」
「……んー?……今、何時だと思ってんだよ……」
ラドリーが、かすれた声で身を起こす。
片目だけうっすら開いて、寝癖だらけの髪をくしゃっとかき上げながら、眠たげにソラを見た。
「……夢でも見たんだろ……」
「ちがうの! ほんとに、いたんだよ。カーテンの向こうに! 黒くて、たい焼きみたいな……しっぽも……しっぽも、あんこの匂いしてたかも……!」
ソラは小さな声で、必死に身振り手振りを交えて説明する。
ラドリーは目をこすりながら、深いため息をついた。
「……どんだけ、たい焼きに取り憑かれてんだ、お前は……」
それでも渋々と腰を上げ、よろよろと窓に向かう。
がばっとカーテンを開けた。
——その瞬間、街灯の下に現れたのは、一匹の黒猫だった。
薄明かりに照らし出された影が、モンスターのように伸びて揺れる。
金色の目が月の光を反射して、闇の中でギラリと瞬く。
こちらをちらりと見て、「ニャー」とひと鳴き。
そしてすぐ、くるりと向きを変えて細い路地へと音もなく消えていった。
「……お前の同類だな」
ラドリーがぽつりと呟いた。
「……あ……ほんとだ……黒猫だったんだ……」
ソラは肩をがっくり落とした。
けれどすぐに、ぱっと顔を明るくして笑った。
「でも、なんかちょっとモンスターっぽくて……どきどきしたね!」
「……はぁ……もう、寝ろ」
ラドリーは再び布団に戻ると、無造作に毛布をかぶり背を向けて目を閉じた。
ソラはそろそろとその隣に戻って、ぺたんと座る。
毛布の端をちょっとだけつまんで、そっとめくる。
「ねえ……ボク、もうちょっとだけ起きてていい?」
「だめだ」
「んー……じゃあ、寝ながらたい焼きの歌を……」
「歌うな。寝ろ」
即答だった。
ラドリーは、文句を言いながらもソラを毛布の中に引きずり込んだ。
ソラは小さく笑って、ラドリーの胸の中で丸くなる。
「……んふふ……たい焼き〜たい焼き〜およいで……あ、やっぱ歌わない……」
「……いい子だ……」
そんなやりとりも、夜の静けさに溶けていく。
外は変わらず静かだった。
モンスターなんて、やっぱりいなかった。
——たぶん。
でも翌朝、ソラの手描きの「モンスター図鑑」には、新たなページが一枚加えられていた。
《黒猫型モンスター・第1種》
特徴:たい焼きに似ている。
夜に出没。
ちょっと「ニャー」って鳴く。
こわかわいい。
それは、夜の小さな冒険の確かな証だった。




