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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第4章 猫の日常

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第18話 青く光る幻のはちみつ

 星たちが遠く光り、雲の隙間で囁くように瞬いていた。

 夜の静けさが、ふたりの部屋をまどろみのなかにやわらかく包み込んでいる。

 ポータブルランプの穏やかな光が天井に揺れる影を映し出し、淡い明暗を描いていた。


 部屋の隅——お気に入りのラグの上で、ソラはタブレットを手にじっと固まっていた。

 小さな耳はぴんと立ち、水色の瞳は濡れたようにきらきらと輝いている。

 しっぽは緊張したように真っ直ぐ伸び、ぴくりとも動かない。


「ラドリー! これ見て! すっごいよ!!」


 興奮を抑えきれない声が、静かな部屋に弾ける。


 ソファに体を預けてくつろいでいたラドリーは、テレビに目を向けたまま気のない返事をした。

 画面の中では、コメンテーターが古代都市の再発見について語っている。


「またネットのガセネタか?」


「違うよ! これ、本当かもしれないんだってば!」


 ソラはちょこちょことソファに駆け寄ると、ぴょんっとラドリーの隣に飛び乗り、タブレットを勢いよく差し出した。


 画面に映っていたのは、夜の深い森。


 しっとりと湿った葉のあいだから月明かりが差し込むなか、ひっそりと佇む神秘的なガラス瓶。

 その中には、まるで夜空を閉じ込めたかのような澄んだ青色のはちみつが、仄かに光を放っていた。


「ルミネティアっていうんだって! 青く光るはちみつ! 旧世界の技術で作られた特別な蜜源から採れるんだよ!」


「……はちみつが光るかよ。化学薬品でも混ぜてんじゃねぇの?」


「違うよっ! ほら、ここ。ちゃんと“天然由来の蛍光成分”って書いてあるもん!」


「それ、ただのマーケティング用語だろ」


 ラドリーの素っ気ない返事にも構わず、ソラは熱を込めて話し続ける。


「しかもね、年に一度だけ旧世界の遺構が残ってる森の奥で採れるんだって! 養蜂管理ドローンっていう旧時代の機械が今も動いてて、それが幻の蜜を守ってるんだよ!」


「ほぉ……ドローンまで出てきたか。次は女王蜂が喋るとか言い出すんじゃねぇのか?」


「えっ、それってあるの!?」


「あるかよ」


 しばらく真剣に考え込んでいたソラは、ぱんっと手を打った。


「でもさ、もし本当にあるなら、絶対すっごく美味しいよね! ちょっと舐めるだけでエネルギー満タンになって、ぴかーって光っちゃうくらい!」


「お前が光ったら夜道でバレバレだな。モンスターの的になるぞ」


「でも、ラドリーがすぐ見つけられるよ?」


「……うまいこと言いやがって」


 ラドリーはくっと笑い、ソラの頭をぽんっと撫でた。

 ソラはくすくすと笑いながら、得意げにしっぽをふわりと揺らす。


「いつか一緒に探しに行きたいな。青いはちみつ。ボクが元気いっぱいになって、ラドリーにもお裾分けするんだ。きっとすごくいい味がすると思う」


「どんな味だよ」


 ソラは少し首を傾げ、小さな声で言った。


「ちょっと……宇宙っぽくて、ちょっと……さみしい味」


「さみしい味って、どんなだよ」


「わかんないけど……青く光るってことは、夜に似てる気がするから……。夜ってきれいだけど、ちょっとだけ、さみしいでしょ?」


 ラドリーは黙ってソラを見つめた。

 機械のはずのその瞳に、なぜか星空のような遠さと優しさが宿っているように見えた。


 しばらくして彼は立ち上がり、大きく伸びをする。

 ふうっとひと息ついたあと、テレビのリモコンを手に取り、音量を二つ下げた。

 画面の中の喧騒が静まり、部屋にほんの少しの静けさが戻る。


「……そうだな。さみしい夜には、甘いもんが合うかもな」


「うんっ!」


 ソラはぱっと笑顔になり、タブレットの画面を嬉しそうに見つめた。


「だから、ちゃんと調べてみるね。どこにあるのか、どうやったら見つけられるのか」


「ま、程々にな。……どうせ、そのうち“月のハチが作った”とか言い出すんだろ」


「月にハチがいるの!? すごいねそれ!」


「……冗談だ」


 ラドリーは苦笑しながらソファへ戻る。

 するとソラも、まるで当然のように彼の膝に乗った。


 タブレットの画面には、青く光るはちみつが——まるで星の涙のように——暗い森の中で、静かに瞬いていた。


 ラドリーは何も言わずに、ソラをそっと撫でた。

 柔らかな毛並みに指先を滑らせると、ソラは目を細めて心地よさそうに丸くなった。


 ふたつの温もりが、穏やかに溶け合っていく。


 窓の外では、雲の切れ間から月が顔を覗かせていた。

 青白い光が、夜の街をやさしく照らしている。


 ——遠い森の奥深くで、ひっそりと守られた青い蜜。

 そして、誰にも触れられぬふたりだけの夜。


 どちらも、そっと静かに光を宿していた。

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