第16話 どこまでホント?
翌日の昼下がり。
淡い日差しがガレージの窓から差し込んで、埃の粒を金色に照らしていた。
壁際には整然と並んだ工具と部品。
油の匂いと金属の微かな香りが入り混じり、「作業場」らしい空気を醸している。
静かなその空間で、ラドリーは作業台の前に座り、道具の手入れに没頭していた。
小さなレンチを細かく回しながら、古びたスパナの歯の噛み合わせを調整し、グリスを塗っては丁寧に拭き取る。
どこか儀式めいた慎重さは、彼の性格そのものを映しているようだった。
その静寂を破るように、ソラが軽快に駆け込んできた。
しっぽをピーンと立て、耳はワクワクとした角度でピンと張っている。
「ねぇラドリー、昨日言ってた“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”、だけどさ!」
ラドリーは手元の作業を止め、工具をそっと置いて顔だけ向ける。
「……ああ、あの長ったらしい名前のメシの話か?」
ソラは勢いよく首を縦に振った。
「うん! あれね、偽物だったんだって!」
「……は?」
「ネットの情報、間違ってたの。あれ、旧世界の幻のレシピでも何でもなくて、現代のレストランで出してる、ただの普通の肉料理なんだって!」
まるで陰謀を暴いた探偵のように、ソラは鼻先をピクリと上げた。
「しかもね、エルネストゥールって、昔の珍しい“動くショットガンキノコ”の名前を使ってるだけなんだって!」
ラドリーは眉をひそめ、椅子にもたれ直す。
「は? ……動く……ショットガン……キノコ?」
「そうそう!」と大きく頷いたソラは、くるりと回ってしっぽを振る。
「ぴょこぴょこ跳ねて、捕まえると“きゃっ”て鳴いて、胞子をポコポコ飛ばしてくるんだよ! 映像見たけど、もう、めっちゃ可愛いかったよ!」
「いや、怖ぇだろそれ……動くし鳴くし胞子飛ばすって、完全にホラーじゃねぇか。そんなもん料理名にすんなよ」
「美味しすぎて震えが止まらなくなるんだって! 筋肉にくるらしいよ!」
ラドリーは鼻で笑った。
「……そりゃ中毒症状だ。キノコで異常出んのは、完全にヤバいやつだ」
「でも“感動で腰が抜けた”って人もいたんだよ!」
「毒で痺れて立てなくなっただけだろ……」
ソラは「うーん……」と首をひねりながら、楽しげにくすくす笑った。
「でもさ、面白いよね。動くキノコの名前がついてるのに、出てくるのはただの肉料理なんて」
「面白いっていうか、普通に詐欺だな」
ラドリーは呆れたように笑い、使い終えた工具をゆっくり布で拭き、箱に戻し始めた。
「……つーか、お前の情報源、大丈夫か? それもまた嘘だったりしてな」
「えっ!?」
ソラの耳がピクッと跳ね、目をまんまるくする。
「じゃあ、“動くショットガンキノコの肉を模した現代風料理に、旧世界の名前をかぶせた創作グルメ”って話も……嘘!?」
ラドリーは肩をすくめた。
「全部が嘘とは言わんが……まぁ、嘘のロールキャベツってとこだな。それも“新ユランダ風”とか言って煮込んだ、味のよくわかんねぇやつだ」
「うわぁ……ボクの夢の料理が、偽情報のミルフィーユだったなんて……!」
ソラは項垂れ、そのままぺたんと床に座り込んだ。
足先で床のネジをつつきながら、小さくため息をつく。
「……でもさ、名前は好きなんだけどな。“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”……かっこよくない?」
ラドリーは布で手を拭きながら、ちらりとソラを見た。
「名前だけ一人前でも、中身が迷子じゃ意味ねぇだろ。料理ってのは、見た目や名前より、ちゃんと食えるかどうかが大事だ」
「じゃあさ!」
ソラがぱっと顔を上げ、目をキラキラさせる。
「ボクたちでも作ってみようよ! 名前だけ超豪華で中身はパンケーキ!」
「……どうせまた、“星のかけら風・ふわふわクッション焼き”とか言い出すんだろ。却下だ」
「えっ!? なんでわかったの!?」
「お前の考えることくらい、だいたい読める」
ラドリーは苦笑しながら肩をすくめた。
その顔は、どこか楽しげでもあった。
ソラは一瞬不満そうに耳を尖らせたが、すぐに表情を変えると、にっと笑った。
「じゃあ次は、もっと予想外の名前にするね!」
「……程々にな」
作業場の空気は、再び穏やかさを取り戻していた。
情報の波に振り回されるこの世界で、本当に大切なのは——
見た目や言葉に惑わされず、自分の舌と頭で確かめること。
ラドリーの言葉は控えめながらも、きっとソラの心にピリリと効くスパイスになったはずだ。




