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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第4章 猫の日常

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第16話 どこまでホント?

 翌日の昼下がり。

 淡い日差しがガレージの窓から差し込んで、埃の粒を金色に照らしていた。


 壁際には整然と並んだ工具と部品。

 油の匂いと金属の微かな香りが入り混じり、「作業場」らしい空気を醸している。


 静かなその空間で、ラドリーは作業台の前に座り、道具の手入れに没頭していた。

 小さなレンチを細かく回しながら、古びたスパナの歯の噛み合わせを調整し、グリスを塗っては丁寧に拭き取る。

 どこか儀式めいた慎重さは、彼の性格そのものを映しているようだった。


 その静寂を破るように、ソラが軽快に駆け込んできた。

 しっぽをピーンと立て、耳はワクワクとした角度でピンと張っている。


「ねぇラドリー、昨日言ってた“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”、だけどさ!」


 ラドリーは手元の作業を止め、工具をそっと置いて顔だけ向ける。


「……ああ、あの長ったらしい名前のメシの話か?」


 ソラは勢いよく首を縦に振った。


「うん! あれね、偽物だったんだって!」


「……は?」


「ネットの情報、間違ってたの。あれ、旧世界の幻のレシピでも何でもなくて、現代のレストランで出してる、ただの普通の肉料理なんだって!」


 まるで陰謀を暴いた探偵のように、ソラは鼻先をピクリと上げた。


「しかもね、エルネストゥールって、昔の珍しい“動くショットガンキノコ”の名前を使ってるだけなんだって!」


 ラドリーは眉をひそめ、椅子にもたれ直す。


「は? ……動く……ショットガン……キノコ?」


 「そうそう!」と大きく頷いたソラは、くるりと回ってしっぽを振る。


「ぴょこぴょこ跳ねて、捕まえると“きゃっ”て鳴いて、胞子をポコポコ飛ばしてくるんだよ! 映像見たけど、もう、めっちゃ可愛いかったよ!」


「いや、怖ぇだろそれ……動くし鳴くし胞子飛ばすって、完全にホラーじゃねぇか。そんなもん料理名にすんなよ」


「美味しすぎて震えが止まらなくなるんだって! 筋肉にくるらしいよ!」


 ラドリーは鼻で笑った。


「……そりゃ中毒症状だ。キノコで異常出んのは、完全にヤバいやつだ」


「でも“感動で腰が抜けた”って人もいたんだよ!」


「毒で痺れて立てなくなっただけだろ……」


 ソラは「うーん……」と首をひねりながら、楽しげにくすくす笑った。


「でもさ、面白いよね。動くキノコの名前がついてるのに、出てくるのはただの肉料理なんて」


「面白いっていうか、普通に詐欺だな」


 ラドリーは呆れたように笑い、使い終えた工具をゆっくり布で拭き、箱に戻し始めた。


「……つーか、お前の情報源、大丈夫か? それもまた嘘だったりしてな」


「えっ!?」


 ソラの耳がピクッと跳ね、目をまんまるくする。


「じゃあ、“動くショットガンキノコの肉を模した現代風料理に、旧世界の名前をかぶせた創作グルメ”って話も……嘘!?」


 ラドリーは肩をすくめた。


「全部が嘘とは言わんが……まぁ、嘘のロールキャベツってとこだな。それも“新ユランダ風”とか言って煮込んだ、味のよくわかんねぇやつだ」


「うわぁ……ボクの夢の料理が、偽情報のミルフィーユだったなんて……!」


 ソラは項垂れ、そのままぺたんと床に座り込んだ。

 足先で床のネジをつつきながら、小さくため息をつく。


「……でもさ、名前は好きなんだけどな。“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”……かっこよくない?」


 ラドリーは布で手を拭きながら、ちらりとソラを見た。


「名前だけ一人前でも、中身が迷子じゃ意味ねぇだろ。料理ってのは、見た目や名前より、ちゃんと食えるかどうかが大事だ」


「じゃあさ!」


 ソラがぱっと顔を上げ、目をキラキラさせる。


「ボクたちでも作ってみようよ! 名前だけ超豪華で中身はパンケーキ!」


「……どうせまた、“星のかけら風・ふわふわクッション焼き”とか言い出すんだろ。却下だ」


「えっ!? なんでわかったの!?」


「お前の考えることくらい、だいたい読める」


 ラドリーは苦笑しながら肩をすくめた。

 その顔は、どこか楽しげでもあった。


 ソラは一瞬不満そうに耳を尖らせたが、すぐに表情を変えると、にっと笑った。


「じゃあ次は、もっと予想外の名前にするね!」


「……程々にな」


 作業場の空気は、再び穏やかさを取り戻していた。


 情報の波に振り回されるこの世界で、本当に大切なのは——

 見た目や言葉に惑わされず、自分の舌と頭で確かめること。


 ラドリーの言葉は控えめながらも、きっとソラの心にピリリと効くスパイスになったはずだ。

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