第15話 噂の料理
窓の外には、夜の気配が静かに広がっていた。
群青色に沈む空に、星の光がちらちらと瞬いている。
食卓には二人分の夕食が並び、スープの湯気がゆるやかに立ちのぼっていた。
ソラは手に持ったスプーンで器用にスープをすくい、それをふうふうと真剣な顔で冷ましている。
やがてひと口すすり、ぱっと表情が輝いた。
「ねぇラドリー、“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”って知ってる?」
向かいに座っていたラドリーは、フォークを持った手を止めて眉をひそめた。
パスタの皿の上で、ミートボールの影がランプの光で微妙に揺れている。
「……は? 今なんて?」
「“新ユランダ風・夜明けのビリュイ〜夢見るエルネストゥールの囁き〜”!」
ソラは勢いよく繰り返し、言い終えるとちょっと誇らしげに胸を張った。
ラドリーは顔をしかめる。
「長いし、意味がわからん。呪文か?」
「ちがうよ! 今日ネットで見たの! 幻の旧世界レシピを現代風に再現した一皿なんだって! 話題になってたの!」
言いながらソラは、テーブル脇に置いてあった小さなタブレット端末をタップし、画面をラドリーの方へ向けた。
「見て見て! これこれ! すごいよ、ほら、ソースが……光ってるの!」
ラドリーは画面をちらりと見やり、思わず眉を上げた。
「……これ、肉か? 魚か? なんか、ゼリーみたいにも見えるんだが」
「エルネストゥールっていう旧世界の食材なんだって。もう採れないらしいけど、これは代用品で再現してるらしいよ」
「つまり、どっかの培養肉で誤魔化してるってわけか」
「うーん、まぁそうだけど。でも、この新ユランダ風の光るソースがすごいんだって。昔の味をそっくり再現してるって話!」
「“新”なのに“昔の味”って、どういう理屈だよ」
「いいの! 美味しいらしいの! レビューもみんな絶賛してたんだから!」
ソラは再びスープをすくい、頬を染めるような顔でうっとりと呟いた。
「お口のなかでね、エルネストゥールがふわってして、ソースがきゅんって甘酸っぱくて、ビリュイがじゅわ〜って広がって……」
ラドリーは呆れたように苦笑し、肩をすくめた。
「お前、まだ一度も食ったことないんだろ? なのにそこまで語れるの、逆にすげぇわ」
「夢くらい見たっていいでしょ!」
ソラはむっと頬をふくらませて、スプーンを口に運ぶ。
スープの湯気が、ふうっともう一度ふたりの間に漂った。
ラドリーは自分の皿に目を落とし、さして特徴のないミートソースパスタを見つめながら、ふと口元をゆるめた。
「ま、これも“ラドリー風・今宵の赤い誘惑”とか名前つけたら、それっぽく見えるかもな」
「えっ、それいいね! じゃあボクのは“光のスープ・ソラの青風味”!」
「風味ってなんだよ、色の話か?」
ふたりは顔を見合わせ、思わず声を上げて笑った。
些細なことで笑い合える、その時間がなんだかとても贅沢に思える。
外は静かで、窓越しに遠くのネオンのざわめきが微かに聞こえる。
けれど、室内にはあたたかな光と、ふたりの笑い声があった。
いつもの夜。
だけど、ほんの少しだけ特別な味がするような——そんな時間だった。




