第14話 小さな宝物
夕飯の後、部屋には静かな時間が流れていた。
窓の外では夕焼けが名残惜しげに空の端にとどまり、街の灯りが少しずつ灯り始めている。
ラドリーはソファの定位置に腰を下ろし、片手に湯気の立つコーヒーカップを持ちながら、テレビの音を聞き流していた。
足を組み、ふうっと小さく息をつく。
そんな何気ないひとときを、彼は密かに気に入っていた。
一方で、部屋の中をそわそわと落ち着きなく歩き回る影がひとつ。
ソラだ。時おり玄関の方向をちらりと見ては、またくるりと踵を返し、しっぽをふわふわ揺らしている。
すると、軽やかな羽音と共に窓の外から小さな機械音が響いた。
宅配ドローンがぴたりと玄関ポートに着地する。
小さな箱を残し、再び空へと舞い上がっていった。
「きたーっ! ありがとう、ラドリー!!」
箱を受け取ったソラは顔をパッと輝かせて、ラドリーのもとへ駆け寄った。
箱の中からは、カラフルに並んだカラーペンのセットが顔をのぞかせる。
昨日、ネットショップでソラが見つけて欲しがっていたものだ。
安かったので、ラドリーが買ってやったのだった。
ソラは弾む足取りでリビングの端へ向かうと、あらかじめ用意しておいたチラシの裏に、さっそく描き始めた。
まず、どんと真ん中に大きなたい焼き。
まるまるとしていて、つぶらな瞳と愛嬌のある表情。
たい焼きからはふわふわと湯気が立ちのぼり、空へと昇ってやがて雲になる。
雲の上には、手描きのやわらかい文字で「おいしいね」とひと言添えた。
その隣には、ラドリーと自分。並んで笑っている姿。
空の色は、あの日の夕焼けのように、やわらかな金色で塗っていく。
「……ふふっ」
小さく、ソラが笑った。
はじめてたい焼きをもらった日の、あったかい匂い。
ラドリーがくれた「大丈夫」の言葉。
「帰るぞ」と言ってくれた時の、胸の奥がぽかぽかした感じ。
思い出が色になって、絵の中に流れ込んでいく。
最後に絵の隅っこに、少し考えた後で「たいようび」と書き込んだ。
「できたー! 見て見て! たい曜日の絵!」
テレビを流し見していたラドリーが、面倒くさそうに体を起こす。
カップをテーブルに戻し、肩をひとつ回してのそのそと立ち上がった。
「……ん、なんだそれ」
「たい曜日の絵!」
「なんで、“たい曜日”なんだ。曜日じゃねぇだろ」
「うん、でもね。たい焼きと、たいせつと、曜日をあわせたの! たい曜日! たいせつな記念日だから、ボクのカレンダーに、つけとくの!」
ソラは胸を張って言い、しっかりと目を合わせた。
その目の奥には、どこか誇らしげな光が宿っている。
ラドリーは呆れたように息をつくと、チラシの絵を手に取ってじっと見つめた。
少し不格好だけれど、線の一本一本に気持ちがこもっているのが伝わってくる絵だった。
金色の空の下。
湯気を立てるたい焼きと、その隣で笑っている自分とソラ。
その光景は少し照れくさくて、けれどどこか心をくすぐるような温かさがあった。
「……なんだ、これ」
「ラドリーとの、うれしいの絵!」
ソラは得意げにそう言った。
ラドリーはしばらく黙っていたが、やがて小さく鼻を鳴らすと、絵を持ってキッチンへ向かい、冷蔵庫の扉に磁石でぴたりと留めた。
「え……いいの?」
ソラが目を丸くして尋ねると、ラドリーは振り向かずに答える。
「捨てるのが、面倒だっただけだ」
それだけ言って、またソファへと戻っていった。
ソラはラドリーの背中を見つめたまま、ぱっと笑顔を咲かせた。
絵の中のたい焼きの湯気のように、胸の奥がふんわりとあたたかくなった。
「じゃあ、次はパンケ曜日つくろうね!」
「……名前だけは考え直せ」
テレビの音がまた部屋に戻ってくる。
その中に、くすくすという笑い声が混じっていた。
冷蔵庫の扉に貼られた一枚の絵が、キッチンのやわらかな灯りに照らされて、金色の空をほんのり輝かせていた。
それは、何気ない日常の中に生まれた、とても特別な記念日。
——たい曜日。
嬉しさをちゃんと覚えておくために、ソラが描いた小さな宝物だった。




