第13話 ちょっと黒いパンケーキ
「見て見てラドリー! これ、すっごいよ!」
「うるせぇ、耳元で叫ぶなって……」
ソファにもたれかかっていたラドリーが片目を開けると、目の前に猫型自動人形——ソラがぴょんっと飛び乗ってきた。
タブレットを掲げたソラは、興奮気味にしっぽを揺らしている。
「これね、ひっくり返すときに、ぽいって飛ぶんだよ! すごくない!?」
覗き込むと、妙にテンションの高い料理動画が流れていた。
タイトルは『ふわふわで、ぶっ飛ぶ幸せ!パンケーキ』。
「朝から何回リピートしてんだよ」
「5回……あ、違う、これは6回目! いや、途中で一回巻き戻したから……6.5回?」
「……そんな正確な報告いらねぇよ」
「だってね、この“ぽい”って飛ぶ瞬間、何回見ても飽きないんだよ! ほら、ぽいって! 見て見て、ラドリー、もう一回飛ぶから!」
「やめろ、タブレットをこっちに突きつけんな……画面が近すぎんだよ」
「ほら~、バターがじゅわってして、ぷつぷつってなって、ぽいっ! うわぁ~、たまんないっ!」
「お前……朝からテンション無駄に高ぇな……」
「パンケーキだよ? 幸せの食べ物だよ? テンション上がらないわけないじゃん!」
「俺は起きてからずっと下がりっぱなしだ……」
「しかもね、このお姉さんのしゃべり方クセになるんだよ! 『ほら見てください~、ふわふわですよ~、ぶっ飛びますよ~』って!」
「……もうその声、耳にこびりついて離れねぇよ……」
「ラドリーも一緒にやろうよ! 飛ばそうよ、パンケーキ!」
「嫌だ。俺は寝ていたい。朝から飯を飛ばす趣味はねぇ」
「ボクね、レシピ完璧に覚えたよ! 材料はパンケーキミックス、牛乳、卵、それから——」
「はいはい、分かった分かった。お前、いつの間に料理AIになったんだよ」
「違うもん! パンケーキAIだよ!」
「……どっちでもいいけど、うるさいのは変わんねぇな……」
ラドリーが肩をすくめたその時、玄関のチャイムが鳴った。
「よう、ラドリー! パンケーキの材料持ってきたぞ~。昨日の約束、忘れてねぇよな?」
満面の笑みで現れたのは、旧友のマイロだった。
手にした紙袋には、パンケーキミックス、卵、牛乳、そしてちょっと奮発したという蜂蜜の瓶。
「……マジでやる気だったのか」
「当たり前だろ。『明日非番だから買ってきてやる』って言ったじゃねぇか」
「冗談で済ませとけよ……」
「ボクも! ボクも! ボクね、食べる準備は完璧なんだからっ!」
ソラがくるくるとラドリーの足元を走り回る。
「な? ここまでその気にさせといて逃げる気か? ハンターの心得として、依頼はきっちりこなせよ」
「依頼って言うな……俺にとっては試練だ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ラドリーは渋々キッチンへ向かう。
「動画では中火って言ってたからな。強火にすると焦げるぞ」
「分かってるよ」
「ひっくり返すタイミングは、ぷつぷつ泡が出てきたら~だよ!」
「……もう黙って見てろよ、解説AIどもが」
ラドリーはぎこちない手つきでフライパンを熱し、生地を流し込んだ。
じゅわっと音がして、ソラが思わず声を上げる。
「わあっ! 本物っぽい! 泡が出てきた~!」
「ラド、手震えてねぇか? 緊張してんのか?」
「うるせぇ。俺は料理人じゃねぇっての……よし、ひっくり返すぞ」
くるんっ。
「——あ」
「……黒いな」
「これは……ちょっと焼き過ぎたな……」
ソラは固まり、マイロは冷静に指摘し、ラドリーは動じた様子もなく誤魔化す。
「ちょっと……? これは……えっと、“こんがり強め”ってやつだね!」
ソラが懸命にフォローするが、マイロは現実を突きつける。
「……それ、ただ“焦げた”って言葉をオブラートに包んだだけだろ」
「でも、いい匂いするよ。食べてみていい?」
「マジで食うのか?」
「うん!」
ソラは皿の上の焦げたパンケーキをしばらく見つめた後、にっこり笑って蜂蜜をとろりとかけた。
「いっただっきまーす!」
ぱくりと一口。
もぐもぐ……にこっ。
「おいしいっ!」
「本気で言ってんのか?」
「うんっ! だってラドリーが作ってくれたんだもん! 世界一のパンケーキだよっ!」
その言葉に、ラドリーは思わず視線をそらした。
——隣でマイロがこっそり動画を撮影していたことには気づかずに。
「なぁラド、今の……すげぇいいシーンだったな」
マイロがスマホを掲げる。
「……お前、録ったのか?」
「記念用にな。あとでソラに渡してやろうかな。“世界一のパンケーキ記念日”ってタイトルで」
「消せ」
「次はもっと上手く焼けよな、ラドリー・シェフ」
「お前は黙ってろ、マイロ」
そう言いつつも、ラドリーの表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
少し焦げたパンケーキの香ばしい匂いが、部屋中にふんわりと広がっていた。
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