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猫、猫、猫!──機械の猫に心を与えるのは罪ですか?  作者: 綾白
第3章 ハンターの日常

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第12話 ハンターの常識、猫の非常識

「よぉ、ラド。開けろー。差し入れ持ってきたぞー」


 夜の帳が落ちた頃、いつものようにマイロが現れた。


 片手に酒瓶、もう一方には湯気の立ちのぼる包み。

 ジャケットをラフに着崩し、機嫌よく玄関先に立っている。


 ラドリーが無言でドアを開けると、ふわりと香ばしい肉まんの匂いが鼻をくすぐった。


「ほらよ、お前の好物な。今日は贅沢に二種盛りだ。肉汁ブシャー系と、クリームあんまん」


「……どういう組み合わせだよ」


「魂に訴えかけるやつだな。で、例の猫っころは——」


「マイロー! おかえりー!」


 言葉の途中で、ソラが奥から跳ねるように飛び出してきた。

 勢いよく包みに飛びつき、器用に前脚で紙をめくり始める。


「おい、落ち着け。これはお前のじゃ——」


「ボクのだもん! 今日ね、すっごく頑張ったんだから!」


「ほう?」


 マイロがニヤリと笑みを浮かべた。


「そいつは聞き捨てならねぇな。さあ、肉まんを貢ぎ物にしてご報告いただこうじゃないか、冒険者ソラ殿」


 ソラは肉まんを抱えてソファに飛び乗り、誇らしげに背筋をぴんと伸ばした。


「えっとね、でっかいシャークが工場の奥にいて、ボクが天井をひゅん!って走って、それで敵の注意をひゅんひゅんって集めて、ラドリーがバーン!って撃ったら、どーん!って爆発して、ボクがひょいってかわして——!」


「そりゃあすげぇ! アクロバティック・ソラの大活躍じゃねぇか!」


 マイロは大げさに目を見開いてみせ、持ってきた酒をぐいっとあおった。


「……そのテンションで走ってたら、そのうち配線切れるぞ」


 ラドリーがやれやれと言わんばかりに呟く。


「へーき! ボク、自己修復機能あるから!」


 胸を張るソラ。

 猫なのに、妙に誇らしげだ。


「じゃあ祝杯だな。なあ、ラド。お前もなんか作れよ」


「は?」


「いやさ、お祝いごはんって大事だろ。活躍には報酬ってのが基本だ。……パンケーキとかどうだ? 甘くて丸くて、猫も人もにっこりってな」


「発想が雑すぎだろ」


「ラドリー、パンケーキ作れるの?!」


 ソラの目がぱっと輝いた。


「……そんなスキルはない」


「できるって! ラドリーなら、ふわっふわで夢みたいに甘くて、食べたらしあわせになっちゃうパンケーキ焼けるよ! ラド印・ふしぎな幸せパンケーキ!」


「長い。しかも重い……」


「ほらほら早くー! ボク今日は、がんばった猫なんだから!」


 堪えきれなくなったマイロが、腹を抱えて笑い転げる。


「ぷっはは! なあ、ラド。今のお前、完全に飼い主の顔してたぞ」


「してねぇ」


「いやいや、これはもう立派な家族だろ? 一緒に戦って、食って、甘やかして……最後にパンケーキ焼く。これぞハンターの常識ってやつだ」


「そんな常識があってたまるかよ」


 呆れながらも、ラドリーは冷蔵庫の扉を開けた。

 だが、中は見事なまでの空っぽだった。

 調味料とパンの残りがぽつんとあるだけだ。


「見ろ。材料がねぇ。パンケーキはまた今度な」


 そう言って逃げるように扉を閉め、ソファへ戻ろうとしたその時——


「じゃあ俺、明日非番だから買ってきてやるよ。粉も卵もミルクも……ついでにはちみつもな」


 背後から聞こえた悪魔の囁きに、ラドリーはぴたりと動きを止めた。


「……っ!」


 その背中からは、言葉にならない絶望と諦めがにじみ出ている。


「やったー! マイロ大好き!!」


 ソラが弾けるように跳ね上がり、壁を駆け、天井をするりと滑りながら部屋中をぐるぐると駆けまわる。


「明日は、スーパースペシャル・ドリーミーパンケーキ祭りだーっ!」


「おい! やめろ! 落ちるぞっ! 天井抜けるぞ! やめろって……!」


「パンケーキ! パンケーキ! ラドリーのしあわせ味~♪」


「歌うな! 跳ねるな! マイロ、てめぇ……っ!」


 マイロは声を出して笑いながら、酒瓶を片手にラドリーの肩をぽんと叩いた。


「はははっ! いやぁ、これは……いい。最高に面白ぇな……ははは!」


 ラドリーは頭を抱えたまま、深々とソファに沈み込む。


「……くそ、なんでこうなった……」


「それは、お前が猫を拾ったからだよ」


 マイロはそう言って、楽しげに笑った。


 ソラは天井からひらりと飛び降り、ラドリーの肩に軽やかに着地する。


「ラドリー、約束だからね!」


 その一言に、ラドリーはまた深く、長いため息をついた。

 けれど、その音さえも——どこか暖かな夜に溶けていった。


 マイロはそんな一人と一匹のやり取りを、言葉もなく見つめていた。


 かつて、こんなにも穏やかな時間がやってくるなんて想像もできなかった。

 目の前の猫がその奇跡の鍵を握っているかもしれないなんて、もっと——思いもしなかったのだ。

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