7章〜パトリア〜
体が空を切って落下していく。とても、短い時間のはずなのに…それは、とても長く感じられた。
それでも、地面に体が近づき…受け身の体制を取る準備をして、怖くても激突まで目を開け続けた。
体が、地面に激突する。
受け身の体制を取るが、衝撃は受け止めきれず一回転し体に強い衝撃を受ける。しかし、このまま転がって衝撃を殺せばいい。
土手に落ちている石が、パーカーを破り肌を切り裂く。
そのまま、土手を降りていき、勢いが止まりかけていた。
が、最後大きな石に頭をぶつけて血が出た。
そして、そのまま立ち上がることもできず、意識は途絶えた。
体が、空を浮いてるような、川を流れていくような不思議な感覚だった。
意識が朦朧とする中立ち上がると、あたには何もなく明るい水色の空間がどこまでも広がっているだけだった。
「死ん…だのか?」
頭に手をやるとそこに傷跡などはなかった。
「…ここは?」
「私のイデアですよ。お兄さん」
「!」
後ろを振り向くと、幼い少女が立っていた。
「端的に説明すると。あなたは、死にかけています」
「そんな…まだ…」
「ただ、貴方は強い意志があった」
「アニムス?」
「えぇ、妹さんの復讐…ですね。そのアニムスが貴方を生と死の境のこのイデアになんとか留めた」
「…じゃあどうすれば戻れるんだ?」
「貴方のアニムス次第です」
「?」
どういうことだ?アニムス次第?そんなの答えは決まってる。
「貴方はここで選択肢を得られます」
「そんなの生きるの一択だよ」
「いえ、貴方に提示するのはこの二つです。このまま怪我だらけのまま戻るか、妹さんが亡くなった日に戻ってこのまま組織と関わらない生き方をする」
…このまま戻る。即答はできず、言いとどまった。
帰る。京太、姫咲教授らとまた話す。ラウーに追われることなく生活する。あんな風に人を脅し、記憶を改変させることもないあの日常に。
「…戻れるのか…?」
「はい。貴方の時を戻し、その後の記憶を消して戻れます」
心が揺れ動いた。前にシュルフにも同じことを問われた。ただ、あの時とは状況が違う。
ラウーに追われ、自分の人脈を捨て、故郷を捨て、人間性を捨て…そんな状況でのこの問いだった。
……今だったら、あの日に戻って全てをやり直したい。
意志を理想が越え始める。
妹の復讐はただの自己満足だ。俺が、復讐をしなかったといって責める人なんかいない。
あの日に戻って…全てをやり直したい。
「俺は…あの日にm…」
言おうとした途端、目の前に目の虚な瑠璃が倒れていた風景が、シュルフが力を与え愉快そうに笑った顔を。そして、ラモングへの逃亡に最も力を貸してくれたあの男の顔が浮かび上がる。
…!自己満足なのは、間違いない。
もちろん失ったものもある。
でも、今このルートを選んだからこそ得たもの、出会った人がいた。
「俺は…俺は戻る!あの飛び降りた場所に…瑠璃の復讐のためにも!」
「それが、貴方の選択ですか」
「あぁ」
「ふふっ。イデリアスに勝ちましたか。分かりました」
少女は、空中に古めかしい杖を出現させた。
「汝にその意志の強さをもって、生を与える」
杖の先が緑に光り、俺に光が降り注ぐ。
俺の体が、透明になっていく。
その時、少女は満面の笑みを見せた。
「じゃあ、頑張ってくださいね。復讐とやらを」
「あぁ。ありがとう」
曇った空から溢れる朝日が、目を覚まさせる。
「生きてる…?」
目を開けると、間違いなく昨日の土手だった。近くの石は血に染まっている。
「夢…か?にしては、リアルだよな」
そういって、自然に頭に手をやる。
……傷がない?
傷跡なんかどこにも無かった。
それは、左腿や左肩も同じことで、血どころか傷跡ひとつなかった.
夢ではなかった。どんな原理なのかは知らないが、事実から考えてそうとしか考えようがなかった。
そして、最後に彼女が見せた満面の笑み………いや、気のせいか。
幸い荷物は無事で、川のほとりに転がっていた。
パーカーも破けていたが、着れない程度ではなかった。
ただ、問題なのはどうやってラモングに向かうかだった。
3日目の朝に着く予定のところを降りたので、汽車で半ツムの距離が残っている。
とうてい歩ける距離ではない。
人に聞くしかなさそうだ。
少し遠くに民家が多く見えたので、そちらに向かうことにした。
一番近い家をノックする。
「ん…誰じゃぁ朝早くから」
少し訛った声が聞こえて扉が開く。
「すいません…少し道を聞いてもよろしいですか?」
農作業をしているからか、もうそこそこの年に見えるが、元気そうな男性が出てきた。
「あ…あぁ見慣れん服だな…都会のもんか?」
「い、いえ少し旅に近いものをしていて…」
嘘ではない。
「…ふーん…服もボロボロじゃぁ、まぁ上がれや」
「かぁさん。客じゃぁ。茶を頼む」
おじさんは、左手の部屋に入っていった。
中には照明以外の電気器具はなく、その電気も旧式のものだった。
「で、どうしたんだ…その格好は」
前には、座卓を挟んで夫婦が座っている。
「実は…昨日の夜あちらの道を歩いていたら、土手で滑ってしまったのです」
「そうか、それは災難だったな。それで道を聞きたいというのは?」
「ラモングに向かいたいのですが…150Aで乗れるラモングへ行けるものってあります?」
「それなら、地元鉄道を使えば行けますよ」
先ほどまで、一言も話さなかったおばさんが答える。
「そだ。かぁさんのいうとおり、ここからすぐ向こうの地元鉄道の駅から、2ナルで行けるべ」
「…その地元列車というのは…?」
「買い出しに行く農民がたまに使う列車じゃあ。一日三本しかないから次は……10ナルか」
「値段は…」
「20A」
「え?」
20A…?安っ!
「あぁ。…それから、時間もあるし飯も食ってきな」
昨日は、夕食抜きだったから腹ペコだった。
でも、そこまでしてもらうわけにはいかない。
「いや結構d…」
食事のことを考えていたせいか、大きなお腹の音が鳴った。
「はっはっは。気にせんでいいけぇ食ってきな」
「ふふ。その方がいいと思いますよ」
食事は素朴だったが、とても美味しくすぐに食べてしまった。
食後は、夫婦が都会の話を聞きたいといってきたので、街の様子を話していると、すぐに地元列車の時間になった。
おじさんが駅まで連れていってくれた。
2両しかない地元列車は、もう停車していて数人のみが乗っていた。
「じゃぁな。また、暇だったら来いよ。久しぶりに長話ができて楽しっかったよ」
「こちらこそ。朝食ごちそうさまでした。あと、昼ごはんありがとうございます」
「気にすんな。じゃな」
「さようなら」
列車がけたましいベルの音を立てて動き出す。
俺は、おじさんに見えなくなるまで手を振っていた。
周りの人はみんな眠るか、窓の外を眺めていた。
俺は、おばあさんが作ってくれたおむすびをすぐに食べてしまうと、外を眺めていた。
しかし、程なくして山岳地帯のトンネル地帯に入り、他の客と同じように眠っていた。
「お客さん。つきましたよ」
肩を叩かれ目を覚ます。
車掌は、他の客にも声をかけていった。
列車を下りる場所で、箱に2Aを入れて、駅を出た。
「寒っ」
ラモングに出ると、先程までいた田舎とは比べ物にならない人の数だった。
人々は、皆やや厚着である。
俺のパーカーはとても安かったので、それ相応に薄く…風邪をひきそうだった。
…俺が、このパーカー以外に持ってる服は、一つしかない…
Aother Worldの区切りとして、ここまでが第一部〜逃亡〜です
次回からはAnother World第二部東の国編開幕です