6章〜東の国《ラモング》へ〜
2ベル程すると、汽車はスピードを上げ、闇を切り裂くように進んでいった。
外の夜景は程なくして見えなくなり、今は、変わり映えのない農村地帯を通っていた。
「暇だ…」
農村の景色は、すぐに飽きてしまい窓を閉じる。
「3ツム間、この状態か…」
部屋の外に出れば、ラウー公認の賭場や車内食以外のもののレストランがあるが、この列車に乗るまでで残すお金は、3ツムの車内食代の50Aと、到着した後の貯金の150Aしかないので、出ても危険を増やすだけだった。
この後の3ツムを考えるのも嫌になり、俺は少し硬いベッドに倒れ込み、眠った。
ベッドが大きく揺れて危うく落ちそうになり、目を覚ました。もう日は高く部屋の時計を見ると7ナルだった。
2ツム目。街からは遠く離れ、山岳地帯に入った。当然景色は良くないし、左右に大きく曲がるためベッドも揺れて気持ちが悪い。
「はぁ、多少お金があれば…いや、女装したくもないな…」
部屋でダラダラしていることしかできない。
リュックの奥に銃や針、弾丸をいかに上手く隠すかを試行錯誤したりしていたり、護身術の練習をしていたが、4ナル程で、限界が訪れた。
「女装…するか…」
来ていたパーカーとズボンを脱ぎ、女装する。
「…やっぱ、何回きても落ちつかねぇ…」
それでも、部屋の退屈には抗えず、貯金の5Aを持って部屋の鍵を掛けた。
蒸気機関車は、16両編成になっていて前二つが運転室、石炭室で、3両目以降は煤の飛びやすい手前から安い順に部屋が連なっている。
当然、格安の部屋なので、俺の部屋は3両目だ。
えっと…カジノなんかは後ろの方か。
足はだいぶ調子が戻ってきていて、わずかな痛みを残しながらも普通に歩けるようになっていた。
途中人とすれ違う時も、小股で会釈をし顔を見せず、印象に残らないことを心がける。
16両目に近づくにつれて、部屋の扉は綺麗になっていき、1車両ごとの部屋数も減っていった。
16両目の扉を開けるや否、大きな歓声が聞こえた。防音扉だったらしい。
「おい!あいつ何連勝してんだよ!未来見えてんのか!」
「いやいや、(00)の2連なんかそうそう起こらないだろ!」
カジノ場と観客席が観客席が設けられおり、カジノ場には、多くの男の中で、一際目立つ長身の男が立っていた。
盛り上がっている観客席に静かに入り、後ろの目立たない席に座る。
観客は、全員その男に目が入っており、気づく人はいなかった。
「プレイスユアベット(賭けてください)」引き攣った顔で、ディーラーが言う。
どうやら、ルーレットをやっているらしく、男が連勝中らしい。
「00」
3回連続らしい00のコールに観客席も盛り上がる。
「100Arベット」
そばに積まれている大量のギャンブルコインを、00に置く。
その大胆な賭け方にさらに歓声が上がる。
「スピニングアップ(ボールを転がし入れること)」
ディーラーは、顔面蒼白のままルーレットを回しボールを転がし入れる。38の3乗分の1確率としては、限りなく低い。賭け場の多くの者がどう転がるか見つめる中、男は勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。
ボールは、ルーレット上を大きく回り…
不審な軌道を全く描かずに「00」に入った。
観客が、大声を上げ、ディーラーは愕然とする。男は38000Arという大金のチップを持ち、手を上げ歓声に応えながら観客席を向く。
そして、観客席を見渡し最後に隅の俺と目があった。
……!?…なぜか、蛇に睨まれているのかのように背筋に寒気が走る。
3ピル後に目を逸らすと、男は礼儀正しく一ディーラーに一礼してカジノ場を出ていった。ディーラーの顔に安堵の表情が見られる。観客の多くも男が帰ると同じように部屋に戻っていく。
少し、間を開けて俺もカジノ場を出た。
あいつは…知り合い……な訳がない。偶然…の可能性もあるけど…
考えながら歩いていたせいで、14号車目のドアを開けた瞬間大きな体とぶつかり後ろに倒れる。
「す、すいません」とっさに言葉が出たせいで、少し高い声になる。
「すまない嬢ちゃん。怪我はないかい」
女性のガタイのいい車内警備員が、手を差し出してくる。
「あ、大丈夫です…」
声を高くし、立ちあがろうとする。
「あっ…!」
痛みの声が漏れる。腿の刺し傷が広がっていた。
「だ、大丈夫かい」
「い、いえ元から怪我してたので」
「それは、すまないことをしたな。部屋まで私がおぶろう」
「…お願いします」
足の痛みも酷かったのでお言葉に甘えて、おぶってもらうことにした。
「ありがとうございました」
「…君、年は?」
「シュルフミドルクラスです…」
「そうか…まぁ発育の速度は人それぞれだからなぁ…」
…全てを察した。
「は、はぁ」
「女装かい?」
…!なぜその結論にいった!?
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「んー、説明しづらいが少し胸のつき方が女子らしくなかったからな」
「………はい…」
「まぁ、気にすることはない。不一致性は悪いことじゃない。突っ込んで悪かった」
少し困惑はしたが、部屋では再びだらけていた。女装を脱いで、やることもなく気づけば昼寝していた。
「車内放送を申し上げます。菅宮 流華様。菅宮 流華様。お手数ですが車掌室においでください」
車内放送で起きると、もう16ナルだった。
「…?」
なんか落としたか…?そんな呼び出しの覚えもないし。
女装をして、8号車の車掌室に向かうと、ラウーの制服を着た男と車掌が立っていた。
「ラウーさんから話があるそうです」
「流華さんと言ったかな?先ほど報告を受けたのだが、君の左腿の怪我を見せてもらえないかな?」
「…!男性の方にですか…?」
「君が男ということは聞いている」
「いや違うんです!女性の方を呼んでいただけませんか?」
「…まぁ、見せるならいい。分かった。君の意見を飲もう」
恐らくこの傷を見られたら、間違いなく終わりだ。
…なんとか時間を稼いだが…2ベルもかからないだろう。
…
「…Another World、壊し尽くすっ!」
「!」
ラウーが反応したが、もう遅かった。手に電気を込め突きを放つ。
ラウーは感電し1撃で倒れ込む。
そして、車掌に向き直る。
「俺は、何も!」怯え切って座り込んだ。
「ごめんなさい」
彼に罪はないが、仕方がない。弱い電気を浴びせ失神させる。
逃げようとしたが気づいた。このままでは、藤堂流羽人が、女装していること。ラモングに向かったことがバレてしまう。
ノック音が鳴る。
「失礼します。車内警備員の大花です」
先ほどの警備員の声がした。
…俺の女装を知っているのは、恐らくこの三人だけ…
「どうぞ」
鍵を開け、大花さんが中に入った途端、手を引き護身術で中に倒れ込ませる。
鍵を素早く閉め、状況の理解できていない大花さんを向く。
大花さんは、キョトンとしていたが、倒れているラウーと車掌を見て俺が倒したことを察したらしい。
「貴様っ!」
拳が飛んでくるが、電気を飛ばし体を痺れさせる。
こんなことはしたくない。でも、するしかない。
自分ができる中で、最も冷たい目で彼女を見る。
「あなたは、僕に勝てない。死にたくないなら、情報を吐いてもらう」
「そんな…」
それでも立ちあがろうとする彼女に、再び右足に電気を放つ。
「ぐっ」
「吐くか、それとも死ぬか?」
「…は…吐きます」涙目になって彼女は言った。
「俺についての情報。女装していることについて、どれだけ吐いた?」
「こ、ここにいるラウーさんだけです…」
「そうか…都合がいいな。乗客のリストはどこだ?」
「そ、そこの棚の上から二番目です…」
「ん…これか」
確かに全員の名前がある。
ペン消しで菅宮流華の名を綺麗に消し、元の棚に戻した。
「複製は?」
「な…無いです…」
「そうか、助かった」
「じゃぁ私は…」少し、顔に笑みが戻る。
「ごめんなさい」
そういって、失神する程度の電気をぶつける。彼女も倒れた。
さてと、こっからが本題だが…ラウーの頭に手を当てる。
今からやることは、出来るという確証はない。
ただ、なんとなく出来る気がしていた。それは、偶然かもしれないし、雷神:シュルフの力かもしれんかった。
手を当て、程よい電流を流す。ラウーは、ぴくりと震える。
その瞬間俺は、ラウーの記憶の俺に関する物を全て消した。
できた。…なんとなく、できると感じていたのだが、電流で人の記憶の消去もできるようだ。
同じ要領で、二人の記憶も消す。
これで、俺がここにいたという記録はほとんどない。
車掌室を出て、3号車に戻り荷物を全て持ち、ベッドなどの使った形跡を綺麗にして消した。
そして、来た時のように窓を開けた状態にした。
完全消去。
仕上げに、俺は窓から身を乗り出した。外は暗く、とても強い風が吹き付ける。列車は、山岳地帯を抜け自然豊かな田舎の高架を通っていて、民家が遠く下に見えた。
部屋に戻り、女装を脱ぎ、汚れていいパーカーに着替える。
いつもなら、怖がっていた。
ただ、今は恐怖心が薄れていた。
いくか。再び窓から乗り出す。
列車が土手に差し掛かったタイミングで、俺はすごい速度の列車から身を投げ出し、受け身を取ろうとしながら、10m弱下の土手に向かって落ちていった。