4章〜逃走:エヴァネシェント〜
用語集
ブルースター
・・・月に近しい物。1リム(400日)周期で、形を変える。
ブルースターが空に光る。
2ナルほどすると、ラウーの声は聞こえなくなり、都心部からも人が、引いていった。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになる。
体の流血はもう止まっていたが、弾丸は、肩に突き刺さっており、動くたびに、ナイフで刺されているのとは、なにか違い、体の内部から破壊されるような痛みが襲った。
「っ痛って!」
自分で、弾丸を抜くことを試みたが、少し抜くたびに肉が削れ、何度も意識を失いそうになる。ビルに落ちていた、壁の破片を使って何度も位置を少しずつ動かす。
「ぐはぁっ!」
ただ、その破片も尖っているので、誤って、肉の内側を刺してしまうことも多くあった。その度に、血が溢れ出てきて、弾丸の位置がわからなくなる。
誰もいないビルの中で、何度も叫び、弾丸を取り除いた頃には、自分の足元は、血まみれになっていた。
「ハァ…もうやだ…死にたい…」
先ほどは流れなかった涙が溢れてくる。もう、立ち上がる気力もなかった。
…目を閉じ、座ったまま眠りに落ちた。
朝起きると、元の家だった。
ベッドを起き、リビングに向かうと瑠璃がいた。
「瑠璃!」
瑠璃が、微笑んで立っている…!
瑠璃へと駆け寄る。
「瑠璃!」
ただ、抱きついた次の瞬間、瑠璃の体は、ふっと力が抜け冷たくなった。
顔が青白くなり、頭から血が溢れだす。
「瑠璃っ!」
最後、瑠璃は、俺の方をむいて口を動かした。
声にはならないが、偶然か長年一緒にいたからか、完全でなくとも、何となく言っていることは分かった。
"大好きだよ。お兄ちゃんーー"
「瑠璃っ!」
起きると、当然あの廃ビルだった。日は高く昇っており、朝の7ナルは、過ぎていた。
「夢…か………そうだよな」
手の中には、なぜか冷たい感覚が残っており、先ほどまでの瑠璃の感触が、恐ろしいくらい手に感じられる。
夢なのに夢じゃないそんな感覚だった。
今日も朝から、都会は、賑わっていた。
ビルの屋上から見た感じ、ラウーの捜査も続いているらしい。
このまま出歩くと顔も見えるし、血だらけの服装の少年がいたら、当然目立つ。
「せめて、Another Worldが使えたらいいんだけどな…」
素早く動けるし、ラウーにも太刀打ちできる。
「Another World」
廃ビルの壁に向かって、能力を撃ったが、昨日と同じように何も起こらなかった。
何が原因なんだ?
自分の能力は、二度は打てたが……
…………………あのナイフをくらって以降使えなくなった?
自分の左の腿を見てみる。
昨日ナイフが深々と突き刺さった位置に大きな刺し傷があり、今も痛みがある。
毒の類の何かでも使ったのか…?
…?
その傷口が、少し光に反射したように見えた。
「気のせいか?」
また反射した。
!
「痛っ!」
傷口を押すと確かに中に何か入っていた。
痛みに耐えながら、少し傷口を開けてみると、鏡のようなものが刺さっていた。
…ゴクリ。
唾を飲み込み、覚悟を決める。
「痛ぇ…」
再び、傷口を抉る作業を行った。先ほどと違って角が鋭く、今も血が多く流れていた。
そして、出てきた血だらけの鏡は、しばらくの間黄色く輝いていたが、程なくして光が消え、やがて粉のようにサラサラと崩れていった。
これが…原因?
「Another World!」
…先ほどのことが、嘘だったように光が放たれた。
「いけた!」
ここ最近にしては、珍しく笑みが溢れる。なんとかいけそうだ。
「さてと」壁を使って立ち上がる。
傷も治りかけて、能力も戻ったなら、ずっとここにいても埒があかない。そろそろ、行動を再開したい。
当然、突然逃げ出したので、お金の類は、ポケットにある1Ar50A程しか持っておらず、所持物といえば、ローグウェイとピストルそして、ポケットにあったあの赤いまち針、抜いた弾丸だけだった。
この装備では、どう考えても戦えない。あの家は、おそらくラウーがいるだろう。
「ん?」
加えて、ローグウェイの通知が、すごいことになっていた。
京太や教授を初めとする、多くの知人から本当に人を襲ったのかとメールが来ている。
多くが、心配してくれる声や話を聞くとしてくれる声だった。
…ただ、姫咲教授の物は、違った。…
「僕は、教授だ。人を正しい道に導く義務がある。もし、君から無実という説明がなければ、僕は、すべての情報を公開する。君の端末位置情報も含め。僕のアドレスを消そうとも君の持つ全ての知り合いに提供させる。期限は、明日の13ナルだ」
…教授らしかった。間違いを間違いという、それが仲のいい人物でも。
ただ…
これからするべき事を分からされ、絶望する。現時刻は、おそらく12ナル過ぎ。ためらう時間はなかった。
端末位置情報。ローグウェイのアドレスを知った者同士が、緊急時に互いの位置を把握できる機能。
教授が、簡単に判断を覆すとは、思えなかった。
端末位置情報を断つ方法は、一つしかない。
俺は、自分の最後のつながりであった、全てのアドレスの消去を始める。
同じ講座をとっていた後輩。いつもお世話になっていた先輩。
それらの一つ一つを消すたびに、彼ら彼女らとの思い出を捨てているかのようだった。
▶︎「姫咲教授」のアドレスを消去しますか?
はい
化学実験、大陸史、生物学、社会学。多くの講義の思い出が、思い浮かんでは消えていた。
▶︎「京太」のアドレスを消去しますか?
は……い
これには、かなりの時間を要した…
シュラールに入る前から、仲が良くいつも遊んでいた。彼との一個一個の思い出は、簡単に忘れる物ではないが、アドレスを消すだけで、全てが、消えていく気がした。
残っているアドレスは、瑠璃と死んだ両親。そして、5ナルの間、自分のアドレスに保存されている謎の番号。
ただ、自分は、プロテクトをかけていた。今まで、何度か消そうとしたが、なぜか大切なものに思えて、消せず、今回もそうだった。
涙が、頬を伝っていく。
それを隠すように、また自分の顔を見られないよう少し俯き加減で、流羽人は、廃ビルを出て行った。
向かう先は、一つしかなかった。
ラウーの存在が薄く、買い物ができる場所。
ラブラだ。
「兄ちゃん、テツいらねぇかい?」
いかつい男に話しかけられる。
でも、なぜか前ほどみんんが怖くない。
「って兄ちゃん大丈夫か?これはひどい」
「あぁそうなんだ。いろいろと訳あって…服屋はない?」
ここでは、タメ口が、親しみを込めた礼儀だということを前来て学んだ。なんとかタメ口で、シュラールにいるときのような感覚で話す。
「おぅ。訳ありってやつか。ラウーか?」
「…実は」
「そうかそうか。ん?その銃弾は何だ?」
「?」
その男は、俺が左手に持っていた銃弾を見ていた。
「冷銀製だ。この辺じゃぁ東の国でしか作ってねぇもんだぞ。ラウーに加えて、ラモングの奴らにも追われたわけか。災難だな」
「…これ、ラモング製なのか!」
「ん…あ、あぁ恐らくな…あんたを襲った連中は、ラモングにルーツがあるんだろ。じゃなきゃこんな暴発しやすい冷銀製の弾丸なんか使わねぇよ」
「あぁ。情報をありがとう。それとて、服屋はあるか?」
「この先をちょいと行ってもがったらあるぞ。じゃぁな兄弟。うまくやれよ」
「あぁ。ありがとな」
ラモングにルーツがある。
恐らく指名手配されているシュープリー連合国内にいるのは、危険だ。
なら、ラモングへと行けば、一石二鳥だ。
問題は、どうやって行くかという点だが。
服屋は、すぐに見つかった。
「客か?」
目つきの悪い、やや金髪の男が店番をしていた。
「あぁ」そう答えた途端相手の頬が緩む。
「おぅ。どんな服がお望みだ?…っつうかひでぇ格好だな」
「あぁ。訳あってな。ラモングに行きたいんだが、指名手配されててな…バレない服はないか?」
「変装…か」
男は、少し考えていった。
「できなくはない。ただ金はあるのか?」
「これくらいだ」
全ての金銭を出す。
「ほぅ…まず、旅費で最安850A、食費で50A、その他諸々150Aぐらいか?…なら450Aか…チッ」
「…厳しいか?」
「…まあ…ちょうど良いと思ってもらうしかないな」
「?」
「女装なら足りるぜ」