2章〜裏市:モダスオペランディ〜
用語集
Ar、A
・・・金銭単位。1Ar=1000A。1A≒10円
Vde、Wde
・・・重さの単位。1Mde=10000Vde
1Vde=100Wde、1Wde≒1g
ラブラの大通りは、隠語で裏市と呼ばれており、その名の通り違法薬物、法外製品の販売が行われている。
ただ、先ほどまでの恐怖心は、かなり薄れている。
「よぉ兄ちゃん、幻想草買わねぇか?」
「だ、だだ、大丈夫です!」
「そうか。おぉいそこの嬢ちゃん.............」
その場からかなり離れ、小さな路地に入り、息をつく。
「….....や…やっぱラブラ怖ぇ…」
全く耐性はつかなかった。
だって、みんな目がギラギラしてるし、すんごい不機嫌そうな人もいるし…!
いくら能力があったからって、特に悪意のない人を殺すわけにもいかない。
「何にも手掛かりもないしなぁ…」
突然、肩を叩かれた。
「うわっ!」
「おっと、驚かせたみたいで悪かったね。で…」
三十代半ばの女が立っていた。
「反鉄鋼いらないかい?」
そこにもこじんまりとした屋台があった。
ー反鉄鋼は、溶かして液体にしやすく、それもまた麻薬の一種なので、このように売られている。
「あ…いや…結構です」
「とってもクスリをしたそうな顔だけど?」
(いや、どんな顔だよ!)と突っ込みたいのは、我慢した。
「いや、本当に間に合っているんで。……あと…最近反鉄鋼を買った人って覚えてます?」
その言葉を言った途端…女の顔から笑顔が消えて、表情が険しくなった。
「あんた…法の者かい!」
「い、いや違うんです…えっと…個人的な興味というかなんていうか…」
「あぁ…闇探偵か?」
「ま、まぁそれに近いですね」
「・・・・・・・」
女は、深く考えていた。
「教えてもいいよ、確かにあんたが探してるだろう奴に心当たりはある」
長い無言を破り、女は答えた。
「ありがとうg…」
「ただ、条件がある」
そう言って女は、両手を差しだした。
「情報料を払いな」
…がめつ…
「……分かりましたよ。どれぐらいですか?」
「おおまけにまけて、3Arだな」
女は、悪い顔で、ニヤリと笑ってそう言った。
……3Arというと、大体ラブラでの1ソム分の食費くらい。当然、手痛い。
…ただ、今のところ思いつく情報筋は、ここしかない。…だったら、3Arぐらいなら。
「3Arですね……払いますよ」
そう言って、財布から、1Ar硬貨を3枚取り出して手渡す。
「交渉成立だね、坊や」
そうニヤリと笑い話し始めた。
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そうね、これは、10ツム程前のことだったかしら。
今日は、もう終いにしようと私は、店を閉じようとしていた。
ただ、その時フードを深く被った男が、路地を曲がってきて私に言った。
「反鉄鋼は、まだ残ってるかい?」
「あぁ。まだあるわよ、ギリギリだったわね」
「すまんな。それはそれとて、反鉄鋼を10Vdeほどくれるかい?」
「10Vde?多くないかい?」
「いや、仲間と飲むからな」
…私は、心の中では不思議に思いながらも、ロクなことにならないので、首を突っ込まなかった。
「分かったわ。少し待って」
「助かる」
……
「あ、あともう一つ。この辺にいい裏鍛冶屋は、いないかい?」
「裏鍛冶屋?悪いけど、私はそっち方面には、少し疎くてねぇ」
「そうか、ありがとう」
「はいよ、反鉄鋼10Vdeね。代金は、1Arと60Aね」
男は、財布からちょうど出し。
「また頼む」
と言って帰っていった。
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「っていうことよ。変な話」
「変?」
「反鉄鋼は、一回に5Wdeしか飲まないから、二百回分も買うのは変でしょ。錆びてしまうこともあるのに」
「…確かに」
「どーせ、何か作るんでしょうけど。鉄鍛冶のことを聞いてきたし」
…あの針…間違いなくあんな形状のものが売ってあるはずがない。危険だし、溶かして飲むのに向いていない。加工して作ったのなら、その男が瑠璃を…殺した可能性も十分ある。
「ありがとうございました」
礼を言って、路地を後にする。
「あぁ、テツ(反鉄鋼の隠語)が欲しくなったら、いつでもおいで」
夜も遅くなっていったので、ラブラを出ないとまずい時間になった。
夜のラブラは、銃器などが、一般的に発砲されていて危険だし、いるメリットがない。
17ナルを回った頃に、元の道を戻り、都心部に出た。
シュープリー連合国、三代中枢都市の「キサラギ」は、夜の酒場の開店と重なったらしく賑わっていた。
…明るい滑車電灯に照らされた、人々は、皆思い思いの人々とその時を楽しんでいた。
ここから、数十m離れた先で起きていることなど全く気に溜めずに楽しんでいた。
…そんな前にいる人々が……ラブラの現状を知らないからか…大切な人が隣にいるからか………なぜか、とても憎たらしく思ってしまう自分がいた。
そんな思いは、顔に出さないように中央の道路を歩いて家に帰って行った。
後ろから、横から、前から、笑い声が聞こえる。
その声から逃げるためか、少し早足になった。
なんとか都心部を抜け、だいぶ人が少なくなった時に、正面から法の者が来た。
何か事件があったのか?
「君?」
すれ違いざまに会釈して、通り過ぎようとすると呼び止められた。
「はい?」
まだ、深夜徘徊の時刻でもないし…
「先程、この近くで、殺人が起きた。何か見ていないか」
殺人?また?
「特に何も」
「そうか…一応名前と職を言ってくれ」
「あ、はい。名前は、藤堂流羽人で、シュラールハイクラスの学生です」
「分かった。何か不審な人間を見たら、通報してくれ」
「はい。ちなみに殺人は、どこで?」
「その先二個目の左の路地だよ。死体もあるから触るなよ」
「はい、では」
立ち去り、法の者が見ていないことを確認する。
こっそりと路地に入ると法の者の言う通り死体があった。
20代の女性らしく、おしゃれな格好をしているが、頭の切り傷から流れる血で、黒く染まっていた。
…
人の死に慣れたのだろうか。死体を見ても感情が湧きにくくなった。
特に収穫は、なさそう……?
後頭部に赤いものが見えた。近寄ってみると、間違いなくそれは赤いまち針で、光が反射していた。
もしかして…同じ犯人?
「君!そこで、何をしているんだ!」
先程のラウーが、鑑定官を連れてきていた。
「あっ、いや、実は、このお姉さん見たことある気がして…」
「それは構わんが、死体には、触っていないな?」
目を鋭く光らせ聞かれる。
「は、はい…」
「そうか、ならいい」
ラウーは、女性の体を寝ころばせた。その時、まち針を見つけて、抜き、じっと見た。
そして、顔を顰めポケットに入れた。
「少年ももう遅いから家に帰りなさい」
そのラウーは、先程とは、対照的な優しい微笑みを浮かべ、気遣うように言ってきた。
小さく頷きゆっくりと去る。
その時も、しっかりと聞き耳を立てていた。
ラウーは、俺が聞いていないと判断したらしく、鑑定官に言った。
「例の組織犯罪の件だ」
…!
組織犯罪…?
家に帰る道で考えた。
あのラウーは、赤いまち針を見てから、態度が変わった。早く俺を離れさせたかったらしい。
おそらく、あのまち針が、その組織のサイン。
つまり…瑠璃を殺したやつの特定が難しくなる…
昼に聞いた男が、その組織である可能性は非常に高くとも、殺した人物とは、別人の可能性が大いにある。
今日得た収穫よりも、影響が大きく、また振り出しに戻った気分だ。
「ただいま」
癖で、暗闇に言う。
そして、疲れに加え、大きな落胆もあって、服も脱がずに、ベッドに倒れ込んだ。